第一章 青春の『華』花 PART5
5.
……あんまり会いたくないなぁ。
嫌悪感が葵の心の中を漂う。どうやらこちらに気づいたようだ。蒼介は手を振りながらこっちに向かって歩を進めている。
「葵、今日は休みなのに神社に来るなんて珍しいな。ん? そっちの方はお友達かな」
蒼介は眉を寄せながらリーを観察している。蒼介の方が背が高いため、彼を見下しているような構図だ。
……何か策を練らなければ、後で小言をいわれたくない。
「椿原さんのお父さんですか。初めまして、リー・シュンといいます。中国から留学してきました。今日は神社の勉強に来させて貰っています」
「ほう、そうかそうか。それは感心だね」
蒼介は眉を寄せたまま葵の方に視線を向けた。
「葵にも男友達がいたんだな。ちなみにどこで知り合ったんだね?」
「僕が働いている――」
「お、お父さんっ」
葵は大声でまくしたてた。
「彼は私の友達の彼氏なの。彼女も一緒に来る予定だったんだけど、来れなくなったから私が彼の案内をしているだけよ」
「ふむ、そうなのか」
蒼介はリーを吟味しながら眉根の皺を解いた。
「神社に興味があるなんて中々真面目な学生さんだね。是非勉強していって下さい」
「ありがとうございます。たっぷりと勉強させて頂きます」
蒼介は小さくお辞儀をした後、踵を返し新殿に戻っていった。その足取りは先ほどとは違って軽くなっている。
「……ふぅ、ごめんね。リー君」葵は吐息をついた後、両手を合わせていった。「バーに行っていることは内緒にしといてね。私、今一人暮らししてるからさ、私が何しているか気になってしょうがないみたいなの」
「なるほど、そういうことでしたか」
リーは笑いながら手を振った。
「それにしても危ない所でした。あまりにも直接的に聞かれたので、そのまま話してしまう所でした」
「……ほんとよ」
肩をすくめて彼を威嚇する。
「リー君、正直すぎるんだもの。もうちょっと嘘も覚えた方がいいわね」
「……全くです」
リーは申し訳なさそうに頭を掻いた。
さあ、気を取り直して名物の椿がある場所に向かおう。そう思って一歩踏み込んだ時、リーが口を開いた。
「葵さんはもちろん伊勢神宮をご存知ですよね? 内宮と外宮に二つの神様が祀られていることも」
「もちろん知ってるわ」
葵は頷いた。
「正式には内宮は皇大神宮(こうたいじんぐう)と呼ぶけどね。代わって外宮は豊受大神宮(とようけのだいじんぐう)というの。さっき話した三種の神器・八咫鏡が祀られているのは皇大神宮の方ね」
「さすが、本職ですね。きちんとした言葉をご存知だ」
「一応巫女だからね」
葵は息を整えて続ける。
「付け加えるとすれば、伊勢神宮では四礼八拍手一礼を基本としているわ。天皇の神様が祀られているから、それなりに厳粛な態度をとらなければいけないの」
「すばらしい」
リーは嬉しそうに手を叩きながら話を進めた。
「では式年遷宮(しきねんせんぐう)という言葉もご存知ですね?」
「うん、来年行なわれる新しい宮に移動する儀式でしょ?」
式年遷宮。これは伊勢神宮の正殿を二十年に一度立て替える儀式のことだ。伊勢神宮が創建されてからずっと続いており、来年、2013年で六十二回目に当たる。
「では、なぜこの儀式が今でも行なわれているかご存知ですか?」
「それは天皇の神様だから、穢れを払うためよ」
彼女はびしっと指を立てて答える。
「神道では穢れを払うことを第一に考えているから」
「確かにそれも正解です」
リーの眼が突然怪しく光った。
「しかしそれ以外にも理由があるとしたらどうします?」
「ん? どういうこと?」
「椿原さんには受け入れられない話になると思いますが……それでもお伝えしていいですか?」
「うん、聞きたい。聞いてもいい?」
リーはゆっくりと口を開いて頷く。「もちろんです。ただし決して本気にしないで下さいね。怒るのもダメですよ」
こほん、と彼は空咳を入れた。その一間に周りの空気が凍り付いていくのを感じる。
「内宮には……」
リーは躊躇うような口調でいった。
「隠蔽された神が眠っている、という話です」
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