第2話 異世界の銀行で就職することと相成りまして……。(中編)

 短くも長くも感じる沈黙が、辺り一面を不毛な荒野に感じさせるほど気まずくなる中、登はやっとの思いで言葉を絞り出す。


「着席してもよろしいでしょうか?」


 言語道断ともいうべき行為。

 面接官に対して許可を求めるなど、まさしく就活生あるまじき行いだ。

 それは禁忌的とも取られておかしくない。


(あぁぁぁやっちまったよ!!つい口から出ちゃったよ!!もう終わりだよな!?帰ってもいいよな!?)


「あ、はい。どうぞ。」


 中央の面接官いぬが、気づきませんでした。すいません。と言わんばかりの声音で返事をする。


(お前が喋るんかぁぁぁいぃぃぃぃ!!)


「それでは面接を始めたいと思います。」


「よろしくお願いいたします。」


 中央の面接官いぬが喋ることに登は即座に適応する。

 いや、そうせざるを得ないのだ。

 左の面接官は顔立ちが非常に整った紅髪長髪の美女で、にこにこの鉄仮面を外さない。

 その表情は形こそ笑顔の物の、放つ圧は雷親父の数千倍で、一向に喋る気配は見られない。

 右の面接官は細く垂れた目に眼鏡を掛け、痩せこけた痩躯の几帳面そうな優男で、真顔でこちらを見つめてきている。

 今からこいつをどう料理してやろうかという、圧迫面接官ばりの空気をひしひしと漂わせている。


 登は考える。

 中央の面接官いぬが一番、良心的なのではないか?と。

 事実、先ほどの一言を即座に理解し機敏に反応してくれたことは、不毛な荒野に一滴の水を落とすがことく行為だ。

 決して無駄ではなく、登に幾ばくかの余裕を与えてくれた。


「変わった服装ですが、どちらの出身なのですか?」


「日本と呼ばれる異世界の島国出身です。」


「あぁ異世界人ですか……とすると私の外見はさぞ怖いことでしょう。」


(はい。そのとおりです。)


 思ったことをそのまま口に出しそうになるのを寸前の処で押し留まる登。


「いえ、とても愛らしい姿だと思います。」


 その一言に左の面接官鉄仮面右の面接官細たれ目が爆笑する。ゲラゲラと笑う二人に中央の面接官いぬが軽い咳ばらいをすると、ぴたりと元の表情と姿勢に戻った。


(こいつらキャラ作りしてやがるな……。)


 中央の面接官いぬは相変わらず無表情で淡々と言葉を紡ぐ。


「異世界人ならこちらの常識に疎いのかもしれませんが……こちらでは一般的に男性に愛らしいという褒め言葉は使いませんよ?」


(それはこちらも一緒です……。)


「大変失礼しました。何分、こちらにきて日が浅いものでして……。」


「いえいえ、次からは気をつけてくれればよろしいのです。」


 中央の面接官いぬが言うように、こちらの世界で異世界人と言うのはさほど珍しいものでもない。日本国内で聞いたこともないような国の留学生がいるような物だ。

 そして、異世界人には共通する特徴がある。


「異世界人と言う事は……タカハシ殿は特殊技能ユニークスキルをお持ちなのですか?」


「はい。所持しております。」


 特殊技能ユニークスキル


 この世界の人間は誰しも必ず技能スキルを持ち合わせている。

 それは、僅かな単語と1~9の数値で表される。

 剣技Lv.4

 知略Lv7

 といった具合にだ。

 これらの技能スキルは自身の中に意識を向ければおのずとそのLvを理解することができるし、その存在を確かに確認できる。

 現代人には到底理解できない感覚だが、そういうものなのだ。


 技能スキルはあくまで後続的に付くものである。

 鍛錬や修行を経て、身に付くステータスに近い。

 剣の修練を積めば、剣技スキルや体術スキルが身に付くし、学問を修めれば、知識スキルや知略スキルが習得できる。

 こうした、技能スキルはあくまで、身につけた技の補助的な役割でしかない。

 剣技を繰り出した時僅かにキレが増すだとか、見たことのある事象をすかさず思い出す事が出来るといった形で恩恵を授かる。


 しかし、特殊技能ユニークスキルはこうした技能スキルとは一線を隔す。


 こちらの世界の人間が何万人に一人と言う確率でしか持ち得ない特殊な技能スキル

 そんな神からの贈り物は転移者は自動的に一つ二つ所持している物だ。

 その大半がこの世界で生きていく上でまったく困らないもの。

 まさしく神からの贈り物。

 そして、ノボルが所持するユニークスキルは単純明快にその無能さを物語る。


「言語理解という特殊技能ユニークスキルを持っています。」


「言語理解……ですか。それまた珍妙な特殊技能ユニークスキルですね。」


「異世界からの転移者のほとんどが、この世界の言語を話せるのは語学という技能スキルを所持していると聞いていますが、僕の場合それが特殊技能ユニークスキルに変換されていると言われました……。」


「つまり、実質特殊技能ユニークスキルは所持していないということになるのですか?」


「そうなります……。はい。」


「では、特殊技能ユニークスキル以外であなたが我社に貢献できると思う要素はなんですか?」


「異世界の大学で金融学と経済学……それと異世界の言語を専攻していました。前者の二つは貴社の利益に貢献できると考えます。」


「異世界の金融知識ですか……ふむ。」


 面接官三人が耳元で話し合う。

 内容はノボルには聞こえない。


 しかし、それが好意的な物でないことはノボルには簡単に想像がついた。

 それもそうだ、特殊技能ユニークスキルを持ち合わせない異世界人などただの世間知らずの隣人にすぎないのだから。


 やがて、三人は内密の相談事……少なくとも面接者を前にしては話せないような内容を話し終えると、ノボルに向き直る。


「それでは、最後の質問です。あなたの、異世界の金融知識というものを試させてもらいます。」


 過度な期待を向けられているようで、ノボルは胃がキリキリと痛むの感じた。

 金融知識や経済知識があるとはいえ、それは異世界の物で、こちらの世界にどの程度有用なものかはわからないからである。


「はい……。」


 張りのない声でノボルは返事を返した。

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異世界Bankers 児島安宗 @papurica930

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