異世界Bankers

児島安宗

新入社員編

第1話 異世界の銀行に就職することと相成りまして(前編)

 社会一般における、人間ないしは人生の価値とは一体何で決まるのか?

 その答えは千差万別、種々雑多である。

 ある時、大学の教授に尋ねたことがある。

 人の価値とは何ぞや?と


 ある教授は、財産でその人間の価値が決まるという。

 ある教授は、知徳でその人間の価値が決まるという。


 間違いではないだろう。

 財産も、知識も、徳も、どれもその人間の価値を決定づける大切な要素だ。

 結局は人それぞれ、自分で答えを見つけるしかない。


 だから僕もその答えを見つけた。


 僕はこう思う。


 人は“しごと”によって価値づけられると……。






 会場には極度の緊張した空気が流れていた。

 張りつめた糸のようなキリキリとした、なんとも形容しがたい空気に何人もの人間が呑まれている。

 人間と言ってもその姿は様々だった。

 筋骨隆々の小人“ドワーフ”

 眉目秀麗の耳尖人“エルフ”

 人面獣心じみた獣人“セリアンスロウプ”

 他にも名すら知らぬような半人が所狭しと会場に待機させられている。

 現代人が見れば、その光景に卒倒したであろう。

 しかし、ここは異世界。

 このような光景は日常風景で、些末なことである。


 そうして、周囲を見渡せばこのような様々な人種が入り乱れる場所にも、共通する物が見られる。

 それは集まった有象無象の中に、どこか知的なオーラを感じるという点だ。


 それもそのはずだ。

 今日この日、この会場では異世界最大メガバンク“ノーブル銀行”の就職採用試験が執り行われるからだ。

 集まった者たちは自身の知謀に自身を持つ者ばかりであり、その自信と気高さは周囲の空気に満ち溢れていた。


 そんな会場の片隅に一人ガチガチの面持ちで座り込む青年が一人。

 黒髪に地味な顔立ち、スーツにネクタイを締め如何にもまじめそうな、人種の青年だ。

 ここは異世界。

 当然スーツなんて服装は存在しない。


 スーツに身を包む青年は、手提げカバンを抱え込むようにして、会場で配布されているコップを握りしめている。

 コップに入った水は、常に振動している。

 否、水が振動しているわけではなく、コップを持つその手が震えているのだ。


 161の木製番号札を胸に付け異様な緊張を隠しもしない青年に周囲は温かい目を向ける。


「あぁ可哀そうに見慣れない民族衣装だが、田舎から箔付けのための記念受験か…。」


「可愛い坊や。王都に一人片田舎から夢を見て出てきたのね……。」


 そんな心配を胸に向けられた多くの視線が、青年に突き刺さる。

 それがなおのこと青年の緊張に拍車をかけた。

 なにせここは異世界。

 魑魅魍魎じみた風体の異形の者たちが一人の青年に視線を向けるのだ。

 今にも食われてしまうと青年の胸中は穏やかではいられない。


 そんな中、救いの声が挙げられる。

 面接の担当官からの声だった。


「161番のノボル・タカハシ様~!準備ができましたの面接室までおいで下さい。」


 その声に飛び上らんばかりの勢いで立ち上がる青年。

 凄まじい速さで魑魅魍魎の集団を抜けていき面接室に向かう。

 そんな青年にやはり視線は集まる。


「変わった名だ。どこの出身だ?」


「不思議な姓ね。聞いたことないわ……地方の貴族様かしら?」


 そんな視線に晒された青年はやはり生きた心地を感じ得ないのであった。






 大きく深呼吸をする。

 一息に空気を吸い込み。

 数回に分けて吐き出す。

 幼い時分より、身についた青年我流の緊張を和らげる方法だ。

 こんな方法でもルーティーンと言うべきか、青年は少しだけ緊張が和らいだのを感じ取り、面接室の扉をノックする。

 短く三回。


 コンコンコン


 やけに静かな空間にノックの音が空しく響く。

 唾を飲み込み扉を開けると、そこには簡素でやや座りにくそうな椅子が準備されていた。

 対面にも簡素な机と椅子があり、そこに腰かける3人の面接官がいた。

 3人のうち2人は普通の人間。

 もう一人は狼か狐かの獣人だ。

 全身に毛がもじゃもじゃと生えており、獣特有の表情からその感情をうかがい知ることは出来ない。

 ただ爛々と円らな瞳が輝いているだけである。


(もうやだ……異世界。帰りたい……。絶対、あの円らな瞳は俺のことをおいしそうとか思ってる目だよ……ほら心なしか目が輝いてるし……絶対食われる……母さんごめんな親孝行も碌にできないで、先立つ息子の親不孝を許してくれ……。)


「失礼します。」


部屋に入り青年は軽いお辞儀とともに椅子の前まで進み出る。

着席を許可されるのを待ち、相手の顔色をうかがう。

その所作を不思議そうに眺める面接官3人。


(だめだ。これやっぱ食われるわ。)



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