第8話 ありがとう

 朋子は毎週、週末になると泊まっていくようになった。

 それは楽しい時間だった。一緒にいると、ほっとしたような気分になる。

 もう、その気持ちは隠しようがなかった。直接言葉として口にしていなくても、好意は伝わってきた。俺の気持ちも朋子に伝わっているだろう。

 夏は過ぎ、秋が訪れた頃には、朋子は平日もちょくちょく泊まっていくようになった。

 そして年が明け、雪がちらつくようになった。

 そんなある日、朋子はセーラー服姿で、パンパンにした鞄を持って別荘に来た。

「もう限界……私、ここから学校に通いたい。ここで卓郎さんと生活したい……」

 そう言って泣き出した。

 朋子が落ち着いた後、事情を聴くと、「母が男と同棲するようになった。毎日のように乱暴されている。母が留守の時、レイプされそうにもなった。それも、何度も」と言う。母親に訴えても、逆恨みされるだけ。「男が出来たんだろ? そこに行っちまえ!」と、最後には罵倒されたらしい。

 俺は、来る時がきた。そう思った。

 朋子が俺の元に逃げ込んでくるだろう事は大方予想していた。それでも、卒業するまでは、あんな親でも面倒を見るのではと思っていたが……

 その晩、朋子は思い詰めた顔で言った。

「セックス、して下さい。

 本当に……私にはこれしかないから。こうなったら、もう友達じゃ駄目だから……

 愛人にして下さい。どんな事でも我慢するから……」

 分かっている。不安なんだろう。

 明確なギブアンドテイクの形にしたいのだろう。

「ああ、分かった」

 応えると、朋子は一瞬泣きそうな表情をしたが、すぐに覚悟を決めたように顔を強張らせた。

 俺は続けて、

「ただし、朋子が学校を卒業して、十六歳になってからだ。

 その時が来たら、俺は朋子に結婚を申し込むよ。俺は朋子が好きだ。愛している」

 朋子は目を見開いて、絶句していた。

 まあ、そうなるだろうな……

「まあ、嫌に決まっているだろうな。断ってくれていい。もちろんここに住んでも――」

「――私も好きです!」

 朋子は声を張り上げて、俺の言葉に被せてきた。

「私も卓郎さんの事、愛しています。私なんかで本当にいいのなら、結婚して下さい。

 って……まさか、そんな……私なんて、汚いのに……」

 感極まったのか、朋子は泣き出した。

 俺は朋子を強く抱きしめた。

「もう自分を汚れているなんて思うな。俺にとって、朋子は誰よりも清らかで美しい。素敵な女性だ。

 誰が何と言おうと、俺は朋子を綺麗だと言い続ける。それじゃ駄目か?」

 朋子は小さな声で、「ありがとう」と言った。


   *


 本当は、朋子が学校を卒業して、社会に出て、しばらく好きに過ごさせてから、告白すべきだったのかも知れない。

 だが、俺にはわざわざ朋子に悪い虫が付くかもしれない期間を作るなど、到底できなかった。

 朋子にその話をすると、「私は多分、卓郎以外に心を開く事は無いし、そんな期間はいらない」と言った。

 それは本心だと思う。朋子は病的なほど、他人を恐れている。

 だが、いつかは心が癒える時はくるだろうが。

 しかしまあ、今はそれでいい。

 俺は朋子を幸せにするために、全力を尽くすだけだ。いつか人生を振り返って、俺で良かったと思ってもらうさ。

 俺は少女に欲情を持つようになった。

 それに振り回された時期もあったが、今はただ一人の少女を幸せにしようと誓った。

 俺はきっと、朋子と愛し合うためにそうなったのだろう。

 そう思う事にする。何がどうだとて、これが俺の運命だったのだから。

 運命の人と、出会えたのだから。


 俺はパソコンを開いて、ブログの管理画面を表示した。

『オナ日記』はもう閉鎖した。

 いま綴っているのは、まだ十代の、うら若い妻に対する愛情の記録だ。

 ブログタイトルは……恥ずかしいから、教えない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オナ日記 園生坂眞 @sonousaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る