第2話

「しょーちゃん、ほんとに東京行っちゃうの?」

愛美の悲しそうな声が駅の待合室に響いた。この待合室には僕ら2人しかいない。春っぽい日差しが照らす昼下がり。

「俺みたいなカリスマは東京が似合うんだよ」

僕は自信満々の顔をしてこう答えた。そして、持っていた荷物を地面に置いた。愛美は僕の彼女だ。高校1年生の夏に告白してからずっと付き合ってきた。

「カリスマって…もう会えないのかな」

愛美は呆れている顔をしていた。でも、寂しさを滲ませてるのが痛いほど感じれてしまう。しかし、この手の質問は合格通知がきてからほぼ毎日されてきた。

ぼくは最近かけたばかりのパーマのうねり具合を確認するかのように髪の毛をさわった。こうすることで上京する自分を演じられそうな気がするからだ。

「お前が東京くればいいだろ、ほらGWとかさ。あと夏はこっち帰るよ」

「そうかもしれないけど…やっぱり、その…」

愛美は今にも泣きそうな顔でこっちを見上げた。この顔をもう何度も見てきた。

東京の大学を受験する意味など特になかった。愛美と離れたいと思っていたわけでもない。むしろ少し気掛かりなことであった。

なんとなく上京してみたかった。姉も母も父も、誰もしていない上京をしてみたかった。ただ、それだけである。幸いにも成績は県内でトップクラスだったし、上京することを誰も止めない。1人を除いては。

「毎日電話するよ、大学卒業して、社会人になって一人前になって迎えに行くよ。そしたらさ、一緒に暮らそ?」

ぼくは心の中でそんなに思ってない上っ面な言葉を並べた。そんな思いが本当にあるのかって聞かれるとあんまり自信がない。だけど、なんとなくこの人と結婚するんだろうなっていう気持ちはあった。

「うん…。もうバカ…。」

愛美はとうとう泣き出してしまった。このやり取りも、もう何度かしている。

待合室にアナウンスが響いた。乗るべき電車が間もなく到着するらしい。僕は最低にも泣いている愛美よりも、これから始まる新生活に心を踊らせていた。

「しょーちゃん!絶対、電話してね!!浮気したら殺すからね!!」

こんなことを堂々と叫べる愛美が僕は好きだ。なんだかドラマのヒロインになっている錯覚に堕ちいることができる。そんな感覚が自分にはたまらないのだろう。しかし、そんなヒロインよりも僕は新生活で新しくヒロインになれることに心が踊ってしまっている。

明らかに不釣り合いな電車が到着した。僕は愛美の手を握りながら乗り込んだ。見慣れている電車ははずなのに今日だけはなぜだか特別なものに見えてしまった。

この電車が僕を東京に連れて行く。

受験の時以来の東京に胸を膨らませている。

愛美はずっと泣いていた。母は愛美に気を遣って駅には来なかったが、泣いていることだろう。

電車の発車ベルが鳴った。僕は泣いている愛美をそっと抱きしめた。愛美は声をあげて泣いている。そして、そっと愛美を離した。

「向こう着いたら電話するわ」

そう言い終わった後、扉がしまった。愛美は少し笑って頷いているようだった。

さっきまで晴れていたのにだんだん空が曇ってきた。今日は雨が降るな。そう感じながら電車はどんどん進んでいった。4人掛けのボックス席に1人で座ると、途端に愛美のことを考えてしまった。都合いい男だな、そう感じて持っていたスマホで車窓の風景を写真を撮りカバンにしまった。外は曇り空のままだった。


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孤独な太陽 @jjjxxcostom

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