自殺相談所 -another story-
オオヤヒロミ
自殺相談所 -another story
シーンとしている2階建ての一軒家。いつもは家族の声や足音が聞こえるが、今は誰もいない。いるのは私1人だけ。
右手に小型ナイフを持った鈴木心菜美は玄関から一番離れた風呂場にいた。
ナイフの刃を自分の左手首に当てる。いわゆるリストカットだ。自分の体の中に自分でナイフを押し込んでいく。死ぬことへの恐怖はない。だって自分が望んだことだから。
さらにナイフを押し込むと左手首から大量の血が流れ始めた。
あと少し、あともう少し…。
しかしその瞬間、死への恐怖ではなく、見たことのない量の血に対する恐怖が沸き上がってきた。思わずナイフを持った右手が止まり、心菜美はショックでそのまま気を失ってしまった。
目を覚ますと見たことのない部屋に心菜美は横たわっていた。ほこりっぽくて思わず咳き込んだ。真ん中に事務机があり、その机の奥にはスーツ姿の1人の男がファイルを開き何かを読んでいた。
「あ、あの…。」
「お、やっと気がつきました。」
声に気付いた男は心菜美の方に歩み寄り、笑顔で話しかけてきた。
「ようこそ。自殺相談所へ。」
「は、はぁ…。」
「どうぞ、こちらに腰掛けてください。」
心菜美は男に誘導され席に座った。男も机を挟んだ向かい側の席に座る。
「じ、自殺相談所って言いましたっけ?」
「えぇ、そうです。」
「今さら自殺を止めようとしたって無駄ですよ。もう決めたことなんで。」
「えぇ、知ってますよ。自殺を止める気はないのでご安心ください。」
「は?」
「だってあなた自殺したいんでしょ?」
「え、えぇそうですけど…。」
「でも。さっき自殺に失敗しましたよね。」
そう言われて心菜美は思いだす。血が流れていたはずの左手首の傷はきれいになくなっていた。
「最近、何の知識もなく自殺をしようとする人が増えているんですよ。だから自殺の失敗とか未遂がかなり増えてましてね。そうなると警察とかが病院が大変なんですよ。まぁ、そんな時代ですからあなたみたいな自殺志願者に適切な自殺のプランを提供しようと立ち上げたのがこちらの相談所ってわけです。」
「へぇ…、珍しい相談所もあるんですね。」
「ちなみに私が担当した自殺志願者の自殺成成功率は100%です。」
男がドヤ顔でピースサインを作る。呆気に取られた心菜美は苦笑いで返した。
「すみません、話が逸れましたね。本題に行きましょうか。」
「それで自殺の動機は?」
心菜美はしっかりと男の目を見ながら話し始めた。
「私は聡太っていう2年前から付き合っている彼氏がいます。最近、付き合っているのが親にバレました。もともと私の親は私が誰かと交際することに反対していたんです。だけどそんな事が考えられなくなるくらい聡太の事を好きになっちゃったんです。でも、バレてから親が私に暴力を振るうようになりました。その度に聡太が私の親を必死に止めに来てくれて…。何度も何度も私と付き合うことを認めてもらえるようにお願いしてくれて…。だけどいつからかそんな聡太の姿が見てられなくなったんです。だったら自分がいなくなっちゃえばいいんだって思って…。私と聡太の関係を無理やり終わらせちゃえばいいんだって…。」
そう聞いて男は初めて困った顔を浮かべた。
「うーん…、あなたの場合は少し厄介なパターンですね。」
「そ、そうなんですか?」
「えぇ、恋愛が絡んだ事情で自殺する人は珍しくないんですが、ほとんどが後追い自殺なんですよ。でもあなたの場合は違う。逆に恋人を置いていくパターン。これだけで自殺の成功率がかなり下がるんです。」
「ど、どうすればいいんですかね…。」
「あなたに合った自殺プランを見つけるのはもちろん、この世に未練を残さないための処置が必要です。大丈夫、安心してくだい。そこらhねんの腕も保証しますから。」
「あ、ありがとうございます。」
「それで、どのような自殺プランをご希望ですか?」予算とか、自殺したい場所とか。」
「そ、そうですね。やっぱりあんまりお金はかけたくないです…。あ、あとは親を見返したいです。聡太との交際を認めなかった事を後悔させたいです。」
「なるほど。失敗した自殺プランってリストカットプランでしたっけ?」
「えぇ、そうです。」
「なかなか良いセンスしてますねぇ。あなたのご希望に1番マッチしているプランはリストカットプランなんです。ただちょっと準備が足りていなったようですね。」
「じゅ、準備?」
「リストカットプランの1番の失敗理由は死への恐怖ではなく、自傷への恐怖なんです。だから自傷への恐怖を取り除けばいい。」
「どうすればいいんですか?」
「まず、酩酊状態を作るんです。それであなたの判断は鈍る。それから恐怖を直接感じ取ってしまう視覚と聴覚をそれぞれ、目隠しと耳栓で奪ってしまえばいい。ちょっとお金はかかりますがこの状況を作ることができればほぼ成功できます。」
「な、なるほど。」
「まぁ、あと親への見せしめがしたいのであればご自宅で実行すれば大丈夫です。」
「わ、分かりました。」
「さて、もうひとつの問題を解決しましょうか。」
「この世に未練を残さないための…方法ですか…。」
「えぇ、でもそんなに難しく考えなくていいですよ。やることは簡単です。自殺する前のアクションを決めておけばいいんです。」
「どういうことですか?」
「恋愛関係で言うと例えば、彼氏初デートした場所にもう1度行ったら自殺する、とか。彼氏にプレゼントを渡した日の夜に自殺する、とか。まぁ言い換えると自殺開始の合図をあらかじめ決めておくんです。」
「な、なるほど…。」
「オススメは手紙を彼氏に渡した日に自殺実行のパターンですね。何か言葉を伝えてからっていうのも悪くないんですが、手紙は形として残りますから。以外と未練が残りにくいんですよね。」
「て、手紙ですか…。」
「あと最近、流行っているのがその手紙に自分が死んだら相手にやってほしいことを書くってやつですね。これを薦めてからまた成功率が上がったんですよ。でもこれが難しいところは手紙をすぐに読まれてはダメということ。見つかりそうだけど見つからない場所に隠すんです。それを考えるのもまた楽しいですよね。」
男は楽しそうに話す。心菜美は少し迷っているような表情を浮かべていたが、やがて意を決したように男の目を見て言った。
「わ、分かりました。その方法でやってみます。」
しかしその声は少しだけ震えていた。
「そうですか。手紙の内容も自殺開始の合図も決めるのはあなたです。成功を祈ってます。」
目を覚ますと心菜美は見慣れた家の風呂場にいた。変わっていたのは、傷つけたはずの左手首の傷がなくなり、飛び散っていたはずの血がなくなっていた事だけだった。
心菜美は何かに操られるように自分の部屋に向かい、紙とペンを取った。それから夢中で書いた。聡太の事を想いながら伝えたい事場を必死に繋いだ。二人で刻んできたページがものすごい勢いでめくられては最初のページに戻り、めくられては最初のページに戻った。
心菜美が我に返ったときには手紙を書き終えていた。顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
時間にはまだ少し余裕がある。誕生日に渡すはずだったアルバムを机の上に置き、スマートフォンを手に取った。
「もしもし聡太?今から会える?」
30分後。心菜美は聡太が住むアパートの玄関の前にいた。インターフォンを押すと聡太が部屋から出てきた。
「おう、いらっしゃい。今日、大丈夫なの?」
「う、うん…。今日は2人とも夜まで帰ってこないから。」
「そっか。」
いつも通りの時間が流れた。ただ二人で家にいて、ただ他愛もない言葉を交わすだけ。でも、二人にとってはかけがえのない特別な時間。会うたびにこの時間が止まればいいと思う。ずっと二人でいられればいいのにと思う。
しかし現実はそうではない。時間は止まらないし、ずっと二人でいられるわけじゃない。だからこそ心菜美は決心したのだ。
「じゃ、じゃあ私そろそろ帰るね…。」
「え、もう帰るの?」
「うん、私、家で親から任されてる事があるから。」
聡太は心配そうな顔を浮かべながら言った。
「じゃ、じゃあ途中まで送るよ。ちょっと待ってて。着替えてくるから。」
「分かった。ありがと。」
聡太が部屋を出て行った事を確認すると心菜美はバックからピンク色の紙を取り出した。
手紙を隠す場所は決めてある。初めて聡太と心菜美が手を繋いだときにとった観覧車の写真の裏。心菜美はそっと写真たてに手紙を挟んだ。
「お待たせ、じゃあ行こうか。」
「うん。」
先に玄関を出た心菜美だった。靴を履こうとしている聡太を見て言った。
「聡太。」
「ん、どうした?」
「やっぱり、今日は送らなくていいや…。」
「え、なんで…?」
「い、いや、ほら…、もし親に見つかったりしたら…ね…?」
そう言われる聡太は何も返せない。
「そ、そっか…。」
また心配そうな表情を聡太が浮かべる。
「だからさ…、笑ってよ、聡太。」
「え、何だよ、急に。」
「いいから!笑えって言ってるの!!」
照れを隠すように笑いながら心菜美は聡太の両頬をつまんで言った。
「いってぇ!マジでどうしたんだよ、心菜美!」
聡太の顔が面白かったのか心菜美は思わず声を出して笑った。それにつられて聡太も笑った。
「はぁー、面白かった。」
「いきなりつまんでくるんだもん。びっくりしたよ。」
「ごめん、ごめん。」
「じゃあ、帰るね。バイバイ聡太。」
「おう、またな。」
心菜美がずっと見てきた聡太の笑顔がそこにあった。
(手紙を隠して聡太の笑顔を見る。これが私が決めた合図。)
心菜美はそっと玄関を閉めた。
「バイバイ聡太。今までありがとう。」
聡太が心菜美を見送ってから3時間後。
聡太に心菜美の死が伝えられた。
自殺相談所 -another story- オオヤヒロミ @hiromi-oya
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