第3話 夏の願い①

 たかしにとって、今年の春から始まった大学生活というのは、本当につまらなく、意味がないものだった。勉学に励む訳でもなく、ただただ漠然と、慢性的に大学と家を往復しているだけだ。

 しかし、大学へ入学して、はや三ヶ月。たかし自身は全く変わっていないのだが、環境は一変していた。

 美人局の一件以降、あまりおおっぴらに、金持ちアピールをしてこなかったが、服装に気を使い出したことで、ファッションに敏感な女性たちが金の匂いを嗅ぎつけてきたのだ。さらにたかしの友人たちも、金の使い方の変化を敏感に感じ取り、あっという間に「たかしはお金を持っている」という認識が大学内に広まっていた。

 たかしはこの日も、大学の講義の最中にぐっすりと睡眠の時間を取っていたのだが、後ろからツンツンと、背中を指で刺される感覚がしたので目を覚ました。


「たかしくん、寝ちゃダメ。ここテストに出るらしいから」

「え、あ。うん。ありがと」

「あとでノート見せてあげるから、一緒にお昼食べるわよ。ありがたく思いなさい」


 たかしは動揺した。


「あ、いや。あれ、アケミちゃん。つい最近まで、俺のことバイキンの如く避けてませんでしたっけ」


 大学へ入学したての頃の話である。たかしは同じ講義を受けていたアケミちゃんをナンパした際、「は? あんたみたいなのとご飯一緒に食べるとか、なんの罰ゲームなんですか」と言われたことを覚えていたのだ。


「たかしくん。私、ツンデレだから」


 男だったらぶん殴っていたところだ。たかしはすんでのところで、殴りたいという欲求を抑えることができた。


「折角の誘い、ありがとう。でも先約があるんだ」

「ふん、それじゃあ仕方ないわね。べ、別に今度また一緒にご飯食べてあげてもいいんだから 」


 金の匂いを嗅ぎつけては、ツンデレを装って近づいてくるなんて、女とは恐ろしい生き物である。

 講義が終わった後、 中庭へと出た。目的は、ベンチに座って日向ぼっこをしているコレットだ。


「飯食べに行こうぜ」


 大学構内に設置されたコンビニは、いつもこの時間は繁盛している。お気に入りの唐揚げ弁当は、いつもすんでのところで売り切れてしまうのだが、この日は運良く手に入れることができた。コレットは物珍しそうに、陳列された品物を眺めながら、ひょいとたまごサンドを手に取り、たかしに手渡した。

せわしなくコンビニを出た二人は、近くにあるベンチに腰掛けた。静かにランチタイムにしけこもうとしたその時、たかしにとって幸か不幸か、またしても女性に声かけられたのだ。


「あ、たかしくん……お昼、一人なら……一緒に食べない……」

「イクコちゃん……? 驚いたよ。ずっと話しかけても無視されてたから。声を初めて聞いたよ」


イクコちゃんとも同じ講義を受けており、何度か話しかけたが、たかしはずっとシカトされていた。たかしはやはりこの事も根に持っていた。


「……ごめんなさい。私、口下手で無口だから……俗に言うクーデレなの……」


 今まで散々無視、シカトをし続けてきて、金を持っているとわかった瞬間、「私無口で口下手なクーデレ女です」と来たものだから、溜息しかでない。


「ご、ごめんね。イクコちゃん。ご覧の通り、先約がいるから」

「先約? ……たかしくんしか見えないけど」

「たかしくんしか見えないとか、そんなロマンティックな言葉を求めてるわけじゃなくて、一緒にもう食べ始めてるから」

「そういうキャラ付け……。そういうところも……かっこいいですね」


 イクコはそう言い残すと、遠巻きから眺めていた女子グループへと合流した。


「コレット、お前の姿は他の人には見えないのか? 」

「ええ、そうよ。初めに言ってなかった? 」

「聞いてねえよ。つまり俺は、ずっと空気に向かって話しかけているように見られていた訳か」

「つまりそういうことね。ま、いいんじゃない? あなたへの印象なんて、空気に向かって話しかけてる姿を見られたところで、プラスにもマイナスにもならないでしょ」

「どういう意味だよそれ」

「なんでもいいけど、いいの? せっかくの女性からの誘いを、無下にするような真似して」

「いいんだよ。あんなやつら。なにがツンデレ、クーデレだ、馬鹿にしやがって。あいつらは俺と飯が食べたい、仲良くなりたい訳じゃなくて、諭吉と飯が食べたいだけだ」

「へー。でも、さっきの子も、教室であんたに話しかけていた子も、二人とも美人じゃない」

「確かにその通りだ。ふたりとも、各々が女性としての魅力に満ち溢れている。アケミは茶髪のボブカット、派手に着飾っていて、適度な下品さがとてもいい。対してイクコは、清楚な黒髪が映える、地味目な服装がとても似合っている。ロングスカートを好んで履いて、尻軽さを感じさせないのも好ポイントだ。だが」


 たかしは熱弁のあまりに、箸を持つ手を止めていたが、やがて不機嫌そうに弁当を頬張り始めた。


「俺の求めていたハーレムじゃない」

「あんたの求めていたハーレムって? 」

「そんなの決まってるだろ。金を使うのは一時、以降俺に対して、恋愛感情をしっかり抱いてくれるような女を、三人、四人と囲いたいんだ」

「つまり結論としては、お金払わずセックスしたいってことね」

「その言い方は身も蓋もないが、結論としてはそういうことだ。なんせ一年後には無一文なんだからな」


 凛とした顔つきでそう話すたかしに、コレットはやはり溜息しかでなかった。


「どれだけ貧乏性なのよ。で、それじゃあ家にある残りの金はどうすんの」

「そうだなあ……」


 たかしは考えた。しばらく間を置いた後、神妙な面持ちでこう答えた。


「親孝行、これだな」

「あんた、やっぱり変なところ真面目よね」

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神戸一年恋物語  吉川灯 @tina-aka

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