第二章 青の鼓動と赤の静寂 PART7

 7.


 家に辿り着いた後、再び現在の状況を火蓮と話し合う。一番の原因は薬だと推測されている。


 薬を確認し合うと、見た目には特に異常はなさそうだった。特別な成分が入っているようにもみえない。


「僕達が同時に薬を飲んだことが原因なのかな」


「それはいつでもあり得ることだ。それよりも……酒が関係しているのかもしれない。入れ替わった時に飲んだものは酒と薬のセットだ」


 昨日は4人で酒を飲み、帰ってきてから一緒に薬を飲んだ。その途端に眠気がきたのだ。


「そうかもしれない。けどポーランドで同じことをしても、人格は入れ替わらなかったじゃないか。朝起きてもお互い自分の体だった」


「入れ替わらなかったわけじゃない。入れ替わったけど、気づかなかっただけかもしれないぞ」


「どういうこと?」


 火蓮は目の前にあるソファーにどっぷりと腰を下ろしてから続けた。


「ポーランドで酒を飲んだ翌日、お互いに夢を見たといったよな? あれは本当に自分の夢だったのか?」


「うーん、どうなんだろう。確か母さんに怒られる夢だったな」


「お前は母さんに怒られたことはないはずだろう? 俺達が見たビデオの中ではお前が怒られているものは一つもなかった」


 記憶を辿る。確かに今まで見たビデオの中にはそんな映像はなかった。だが母親に怒られない子供はこの世にいない。


「実際の所はわからないけどね……」


 教育方針の違いというものだろうか。火蓮には父さんが、自分には母さんが重点的に教育を施しているように見えた。それはきっとお互いの癖を見抜いてのことだったのだろう。


 父親は指揮者、母親はピアニストだったからだ。


「つまりだ。お前はあの時、俺の夢を見ていた。そして俺はお前の夢を見ていた。意識こそないが俺達は入れ替わっていたんだ」


 火蓮の考えは妥当だ、この不思議な現象を考える上では。


「じゃあ、元の体に戻るためには……」


「……ああ、何もしなくても戻るだろう」


「そうかもね。兄さん、明日こそは病院に行った方がいい」


「そうだな……そうしよう」


 いくら双子とはいえ人格が入れ替わるのはまずいだろう。夜の街を見ただけでイメージが膨らんだように、お互いのプライバシーが筒抜けの状態にあるからだ。火蓮もまた、風花を見てきっと様々なイメージを働かせたに違いない。


 それに明後日には文化祭での演奏がある。ボランティアとはいえ後輩の前で演奏するのだ。下手な演奏はできないし、彼に任せるつもりもない。


「明日も早いし、そろそろ寝ようぜ」


「そうだね。明日には戻っていたらいいけどね」


 お互いの部屋に向かうため階段を上がり、おやすみと手を上げる。もちろん、お互いに部屋を間違えて苦笑いしたのはいうまでもない。


 火蓮のベッドの上で泥のように体を溶かしていくと、彼の匂いが優しく体を包み込んでいた。


 懐かしい感情が、感覚が、心の中で何度も何度も、沸き起こっていた――。

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