1話:グレイ・ハット・ハッカー
二度寝を繰り返すほどに、見る夢は悪夢へと変わっていくのはなんでだろう。喉がカラカラになって不快感のあまり、ペットボトルを手にとって飲み干す。開封して3日が過ぎたからだろうか、鉛筆削りのようなにおいを含んだ懐かしい味がする。それから携帯に目ををやって、今が16時だと知る。寝たのは確か昼の12時頃だから、たった4時間しか眠っていない。まぁ、眠い時はいつでも寝れるから睡眠不足なんて大した問題じゃない。これがニートの特権だ。
私はニューセン用のイヤホンを耳につけて目を閉じ、いつものようにネット空間の中へと移動する。
Welcome to the New Century
ニューセンチュリー、ニューセン これほど素晴らしいブラウザを発明した人類は偉大だ。自分好みのアバターの姿とハンドルネームを使って、ネット空間を歩きまわることが出来る。そのうえ、同時に現実(リアル)で起こっていることも認識できるので、ニューセンにいながら料理をしたり、テレビを見たり、要するに『ながらニューセン』も出来るのだ。
そして私は、ツイッター空間へと移動をする。
宇雨 フォロ― 2596 フォロワ― 10万
私は2500人以上の人をフォローしているが、今日は平日のまだ16時だ。一般的な会社の終業までにはまだしばらく時間があるからだろうし、学生はまだ部活動の時間だからか、200人程しかこの空間にはいない。アニメキャラクターを模したようなファンシーなアバターや、ウケを狙ったような鼻眼鏡のアバター、現実にいてもおかしくないような地味なアバター、様々なアバターがひとりで呟いたり、誰と会話を楽しんだりしている。
ざわざわ、といつもに増して騒がしい方向に顔を向けると頭からつま先まで全身真っ黒男のアバターを沢山のアバターが囲んで、彼の話を聞いている。あの全身真っ黒男はいわゆる「まとめサイト」のツイッターアカウントであり、アフィリエイト野郎だのなんだの叩かれてはいるが、なんだかんだいつもみんな彼を情報源として頼るのだ。
速報、米露戦争に日本参戦決定! 2.5万リツイ―ト 4500いいね
アフィリエイト野郎の叫びを聞いて私は落胆する。今日のツイッターでは昨日の深夜アニメの話題を楽しみにしていたのに、戦争なんか始まったら戦争の話題ばかりになっちゃうじゃん。肩を落として、周りを見回すと案の定、戦争の話題で持ち切りだ。
―それって、日本は今戦争してるってこと?ヤバくね?
―日本が戦争するの○○年以来、○年ぶりだってよ
―え?戦争始まったって…明日学校休み?
―いやいや、日本が戦場なわけじゃないし、結局普段と何も変わらないって
まだ中学生だという、ちぃさんとまりもさんの会話が聞こえる。学生って大変だな、ことあるごとに「明日学校休み!?」議論になるのだから。休みもね、半年を超えるとだんだん辛くなってくるよ。引きこもり歴3年の私が言うんだから大体は間違いない。
―てか、アメリカどころか、ヨ―ロッパまで味方なワケなんだし負けるわけないし、大した問題じゃない
―勝ち負けの問題じゃない、日本はアメリカに振り回され過ぎ
―ついに第三次世界大戦がはじまったと盛り上がってるけど、やっぱ第二次世界大戦がはじまったときのニュ―センの盛り上がり具合もすごかったんですかね? 3596リツイ―ト 870いいね
いかにも、アニメオタク、という感じのツインテールのゴスロリアバターの呟きがRTでまわってきて、TLにドっと笑いが広がる。
『戦争って、やっぱり日本人兵士も死ぬってこと?』
私は、周りに合わせるように戦争ネタを呟いてみる。フォロワーたちはこちらをチラリ、と見てから目を伏せるようにして通りすぎてゆく。
『てか、これからは日本人も外国人から恨みの対象になるってことだよね?安心してニューセン楽しみたいなら国籍情報非公開にした方がいいかもしれないね』
ニューセンではどの言語もすべて母国語へと翻訳されて聞こえるので、言語の壁はなく、国籍情報を公開していなければ相手が何人なのかもわからない。これがいわゆる言語の壁崩壊、歴史の授業で学んだなと思いだす。仲良しのフォロワーが日本の敵国の人だったらどうしよう、今まで通り仲良くしてくれるか不安だな、と思う。
多少真面目な発言をした私のことを、真面目そうなアバターが5人くらいがまじまじと眺め、「お気に入りの発言」を意味するハートを投げつけてくる。そして何人かがリツイートをして、ハートがどんどん増えてゆく。
自分で言うのもあれだが、私は人気ツイッタラーだ。
ただ、一日中テレビなどを見て、ハッシュタグをつけて痛烈な皮肉付のツイートで実況する。それだけのアカウントだが、どういうわけか人気があり、有名人でもないのにフォロワーの数は10万人に届くという勢いだ。
私は検索エンジンを開いて、「第三次世界大戦、予想」と検索する。
『日本人は戦争と言うと、第二次世界大戦のような大敗を想像するが、今回はそうはならないだろう。なぜならば~』と頭の中に情報がドッと流れ込んできた。要するに、日本がこの戦争で負けるはずはないということだ。インターネットの情報は絶対。これ以上に信じられることは何もない。
安心できる話を読んでホッとすると、真面目な呟きをした自分が恥ずかしくなってきて、何か面白いことを言わないとな、と思う。
『どうでもいいけど、戦争特番でアニメが放送延期になるのだけは勘弁』
いつものように、冷めたようなふざけた発言をすると、バッ、とフォロ
ワーたちが一斉にこちらに振り返って、クスクスと笑いながらハートを投げつけてきて、私は横隔膜が温まるような、満たされた気持ちになる。
「明日美!明日美!」
現実からの鬱陶しい母の声がハッキリと聞こえて、私はわざとイヤイヤ、という態度をあらわにしてイヤホンを外す。
「なに?勝手に入ってこないでって言ったでしょ!?」
「アンタいい加減にしなさしよ!戦争のニュース、聞いたでしょ?」
「だからなに?」
言われることが予想できる、でもその話は聞きたくない、と思い私は布団をかぶって丸くなる。
「なに?ってアンタ…ヒカル…おにいちゃんも明日からロシアに行くんだから。」
「でも日本が戦争に負けるわけないし。日本人は戦争っていうと第二次世界みたいな大敗を思い出すけど今回の戦争は…」
「そうだとしても、しばらくお兄ちゃんに会えないのは事実なんだから、ちゃんといってらっしゃいの言葉を言いなさいよ!いつも優しくしてもらってるでしょ?」
そう、お兄ちゃんは優しい。引きこもりの私とは正反対で、学校での成績も良くて、軍に入って、軍での成績もよくて。それでこんなダメダメな私にもいつも優しい完璧なお兄ちゃん。でも、そこが嫌だ。もっと私のことを見下せばいいのに、イケメンぶってさ…。
「明日美?あ、やっぱりまだ寝てた」
布団越しにお兄ちゃんのくぐもった声が聞こえる。はぁ、ご本人登場ですか。明日からしばらくこの声を聞かなくても済むなんて、むしろ清々するくらいだ。
「うん…てか、さっき寝たばかりだし」
私は胎児ですらこんな丸まってないだろうなってくらい丸まって、タオルケットの中にもっともっと潜ってゆく。
「あいかわらず冷たいな~、明日美は。ほら、そんなミイラみたいになってないで顔くらい見せてよ」
そっか、私は胎児だなんて生き生きしたものじゃなくて、もっとミイラみたいな死体に近いものか。そこにあるだけで、何もできない上に汚い、だけど一応倫理的に考えて、処分もできないし、おまけに関わった人を呪うという迷惑すぎる機能つきっていうのは確かに私に似てるかも。
バッ!と突然、潔い音とともに私からタオルケットが離れてゆく。
「あ~す~み!」
お兄ちゃんが勢いよくタオルケットを薙ぎ払ったのだ。少し冷たい部屋の空気が肌に触れて、不快感が身体中に広がる。私のお兄ちゃんに対するイライラはマックスに到達し、反射的に身体を起こしてお兄ちゃんに向かって叫ぶ。
「もうやめて!放っておいてっていつも言ってんでしょ!」
だけど、視界に入ったお兄ちゃんの顔は子供のように嬉しそうで、熱くなった身体はすぐにどんどん冷めてゆく。
「いってくるからね、明日美も元気でね」
「はいはい。ロシアのお土産まってるからはやく帰って来てよね」
「うん、一番明日美に似てるマトリョーシカ持って帰るから」
「は!?何それ超いらないんですけど!どうせなら食べられるものにして!部屋に常温で置いても長持ちするやつ!」
「うーん、ロシア名物ってなにかな~?あっ!そうだ!」
お兄ちゃんは考える仕草をした後、思い出したように表情をコロッと変えて言う。
「これ、明日美が小6のとき、日光で買ってきてくれたお土産!もってくから!」
お兄ちゃんが見せてきたのは私が小学校の修学旅行で買ってきた、日光全然関係ないだろとツッコみたくなるような、小さな瓶の中に黄色い砂の入ったストラップだ。
まだ、持ってたんだ。そんなもの今の今まで忘れてたよ。
そんなの荷物になるだけじゃん。
喉まで出かかったその言葉はお兄ちゃんの無邪気な顔を見たら、するする、っと横隔膜の当たりまで戻っていった。
「そ。ま、なんでもいいけど気を付けてよね」
「ありがと」
あー、もうホント、お兄ちゃんといると調子が狂う。どうしてこんなにいつも優しくて穏やかなのかな。
「これから、夕方アニメの実況しなきゃいけないから、二人とももう帰って」
私は奪われたタオルケットをとりかえして再びミイラになる。
「アンタねぇ…」
「いいよいいよお母さん。明日美は人気ツイッタラーなんだから。待っ
てる人たちがたくさんいるんだよ。じゃ、またね明日美」
私に呆れるお母さんの説教を制止して、お兄ちゃんはお母さんを連れて部屋から去っていった。
ドアが閉まる音がすると、私はハァ、とため息をついてニューセン用のイヤホンをつけて、いつもの、私の世界へと戻った。
いつも通り、アニメの実況ツイートをして、いつも通りたくさんRTされて、みんなが私の言葉を聞いて笑っている。それで、戦争なんてなかったみたいにいつも通りツイッターを楽しんだ。
秋も終わり、寒さはどんどんと増してくる。
お兄ちゃんからの連絡は1カ月前から一度もない。でも、軍はどこも忙しいらしいから別にめずらしいことではないと、この前匿名掲示板で話している人をみかけた。
ー速報:日本軍、キエフを制圧!戦争、勝利の道へ
121リツイート 13いいね
相変わらずツイッターは戦争の話題で持ち切りだ。
―やるじゃん日本、アメリカに全然負けてないじゃん
イライラ
―キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
―戦争始まってからのTL,何かに似てると思ったらオリンピックだった 89リツイート 22いいね
あー、イライラする。
―この先、「苦しんでいる兵士もいるのに、ツイッターで戦争ネタの大喜利をするなんて不謹慎です」という啓発ツイートをする不謹慎厨が大量発生すると予想 220リツイート 40いいね
―ワロタwwww
―いや、実際不謹慎でしょ。ツイッターの民度、いつからこんなに下がったんだ…
わざわざ相手にするようなことじゃないでしょ。
―戦争で亡くなった方々、ご冥福をお祈り申し上げます。
本当は割とどうでもいいくせに、良い子ぶってホントくだらない。
私たちはこの戦争をどうすることもできないんだから、わざわざ話題にするだけバカみたい。放っておけばいいんだよ。
―――これ、明日美が小6のとき、日光で買ってきてくれたお土産!もってくから!
お兄ちゃん、今頃なにしてるかなぁ。あの人のことだからきっと、戦争でも大活躍で英雄扱いなんだろうな。あの人はそういう人だ。どこにいても輝いてしまう。そういう人だ。
あぁ、なんか冷めちゃったな。私はツイッターを閉じてホーム空間へと戻る。ツイッター、Youtube 、2ch 様々なアイコンが真っ白な空間を漂っているのを独りぼんやりと見上げている。そういえば、そろそろホーム空間、何か設定したいなぁ。豪華なホテル風もいいし、アメリカの大自然もいいかもしれない。でもニューセンをやってるときはほとんどどこかのSNSにいるし、あまりホーム空間にはっ戻ってこないんだよね。
ポコンッと久々に聞く音がして我にかえる。オンラインチャットの音だ。私はチャットのアイコンへと目をやる。
―ヒカルさんがオンラインです。
あ、お兄ちゃんだ。ニューセン開くくらいなら、連絡すればいいのに。お母さんが心配してうるさいんだから。
『お兄ちゃん!』
私はチャットルームの中に入り、おにいちゃんのアバターの後ろ姿に呼びかける。
お兄ちゃんは驚いたように振り向いてこちらを見る。
現実の姿とあまり変わりのないお兄ちゃんのアバター。リア充のアバターは決まって現実姿とほとんど変わりがない。なんだか、アニメの登場人物を模したようなファンシーな恰好の自分が恥ずかしくなる。
『ニューセン開く暇があるなら、お母さんに連絡しなよ。いつも心配してるんだから』
私はいつものように、少しキツめにお兄ちゃんに当たる。そしたら、お兄ちゃんはいつもみたいに困ったような優しい笑顔で笑いかけてくる…そう思っていた。でも、今日のお兄ちゃんはそうじゃなかった。思い詰めたような顔をして、私のことをジッと眺めた後に、ゆっくりと近づいてきて、私の肩に手をおく。
『お兄ちゃん…どうしたの?』
どうしたの?って、そりゃ戦争だもんね。辛いことだらけだって分かってるはずなのに、気が付かないフリをして思わず無神経なことを聞いてしまう自分が情けなくなる。
『ねぇ…もし俺がいなくなったらどうする?』
産まれてはじめて見るような、堅い表情でお兄ちゃんは言う。
『何言ってんのよ。冗談やめてよ』
『悲しい?誇らしい?』
『何それ…誇らしいわけないでしょ?どうしちゃったの?』
『国のため、命を投げ出した英雄だって思う?』
『なにそれ、思うわけないじゃん。そういう冗談やめてよ。おにいちゃんいなくなったら、私が働かなきゃいけなくなるでしょ』
『うっ…うう…』
お兄ちゃんの目はどんどん赤くなって、ついに泣き始めてしまった。こんなお兄ちゃん、はじめて見た。
『な、なんなのよ冗談だって!』
お兄ちゃんは顔を伏せて、ずっと泣いている。
―――ありがと
お兄ちゃんの無邪気な笑顔が頭の中に浮かんでくる。お兄ちゃんの何を思い出してもこんな泣き顔は記憶になくて、私まで悲しくなってくる。そんな顔しないで。いつもみたいにこっちの神経を逆なでするくらいに笑ってよ。
『もう、戦争嫌だよ。やめよ、こんなの。負けてもいい。負けて惨めな暮らしになってもいい。もう誰も傷つけたくないよ』
私は、いつかお兄ちゃんが私にしてくれたように、お兄ちゃんを抱きしめて出来るだけ優しく言ってみる。
『大丈夫だからね。私いつでもお兄ちゃんのこと想って祈ってるから。』
あぁ、そうなんだ。戦争はダメなんだ。でも、私にはどうすることも出来ないよ、お兄ちゃん。ごめん。私、どうしてこんなに無力なんだろうね。ホント、駄目だね。
ヒカルさんがログアウトしました。
あの日以来、またお兄ちゃんからの連絡はなくなって、毎日私の中でお尻が不自然な感じになるような不安が広がるようになった。
戦争 必要?[検索]
―戦争がいけない、と一概には言えない。
―戦争をしてはいけないのではない。負ける戦争をしてはいけないのだ。
―戦争勝利によってもたらされる経済的利益は…
じゃあ、勝算のある今回の戦争はしてもいいってこと?
―――もう戦争、嫌だよ。
反芻するお兄ちゃんの言葉をかき消して、私はツイッター空間へと移動する。特に意味があるわけじゃない。座ってるときに脚を組み変えるような自然な感覚でツイッターを利用する。最早これは、癖だと思う。
『クラッキングされたスウィコムのサイトがヤバい…
https://www.swicom.ch/…』
『うわっグロ…』
『てかスウィコムって何?』
『スイスの携帯会社らしい』
『スイス?なんでまたスイスの会社なんてクラッキングされるかね』
―スウィコムというスイスの携帯会社のホームページがクラッキングにより改ざんされたー
今日の話題はコレか、と私は好奇心にかられ、貼られたURL先へと移動する。
URL先のサイトの空間は真っ暗で、戦闘機に乗った可愛らしい猫のドット絵がくるくると飛び回っている、おおよそ携帯会社のサイトとは思えないほどふざけたものへとクラッキングにより、改ざんされていた。
私はクスッと笑っていると突然ドットの戦闘機は爆弾を落とし、乗っていた猫もろとも吹き飛んでしまった。
―現実を直視しないことは、罪です。―
驚いていると、あたり一面が雪景色へと変わる。
ここはもしかして…
足元を見ると、血に染まった旗が転がっていた。ゾッとしてその先に目をやると血だらけの兵士がひとり、雑巾のように倒れていた。
やだっ!と私は思わず叫んで手で顔を覆うと前からも、後ろからも怒声が聞こえてきて耳をつんざく銃撃戦の音が聞こえ始める。
私は震えながらしゃがみこんで、耳をふさいで顔を伏せた。どれほど時間がたっただろう。気が付けばあたりは静まりかえっていて、私はおそるおそる顔をあげた。
血 死体 血 死体 血 死体 血 死体
視線だけ動かして、見渡す。それしかない。この空間は本物ではない。だけど私のつま先は凍るようにつめたくなり、脳は信号を伝えることをやめてしまったように、身体中が堅くなる。
お兄ちゃんは、こんな戦争をしているの?
こんな怖い想いをしているの?
あの優しいお兄ちゃんがどうしてこんな想いをしなきゃならないの?
私は死にもの狂いでこのサイトから逃げ出して、ツイッターへと戻った。
―あの映像、誰が撮影したんだろう?兵隊?
―てかヤバいよ…日本軍もいっぱい死んでたじゃん
―まじ?そんなの見てる余裕なかったわ…
―これって、反戦のメッセージだよね?
わかんないよ、こんなの見せられてどうしろって言うの!?
私の頭は混乱する。あんなところにずっといたらおかしくなっちゃう…どうしよう、お兄ちゃんがおかしくなっちゃったら。嫌だよ…もう嫌だ…。どうしてこんな戦争続けているの?
TLで聞こえてくる声を聞いているのかいないのか、自分でもよくわからないままツイッター空間でただただ座り込んでいた。
しばらくして、真面目そうなアバターの男の呟きがRTされて、聞こえてきた。
―2chでの書き込みですが、日本時間明日の14時に秋田県に向かってミサイルが放たれるそうです。ガセの可能性もありますが、同じコテハンの人物が全開もミサイル発射を言い当てているので、ガチな可能性が高いです。
普段の私なら、こんなの普通に無視していたのに、どうしてかこんなツイートを見て身体が冷たくなるのを感じる。ただですらあの映像で頭が混乱しているのに、更にそんな情報が頭に入り込んできて、頭がパンクしそうになってしまう。
は?なにそれ、日本にミサイルってそんなわけないじゃん。日本が戦場になるなんてあり得ないんじゃなかったの?
―うわっこわっ都民俺セーフ
―いやいや、ミサイルくらい迎撃出来るでしょ?日本
―今のロシアのミサイル、速すぎて迎撃不可能だよ。知らないの?
―日本終了キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
うるさい!うるさいうるさい!
私どうしようもなくイライラして、鍵付きの別アカウントへと逃げ込んだ。フォローもフォロワーも0人の私だけの世界。誰もいない部屋で呟くのと変わらないと思われるかもしれないけれど、ツイッターで呟くという行為が、現実(リアル)とは違う快感を私に与える。誰にも聞こえないの私の叫び声で満ち溢れた世界―。
『何もできないくせに、楽しんで呟いてるんじゃないっての!』
『あの映像見てもそんなつまらないこと言えるわけ?』
『秋田へミサイルなんてどうでもいいじゃん。どうでもいいこと呟くなよ』
『てか、秋田なんてホントに人すんでんの?』
私は誰もいない鍵垢で、声をからすくらいにひたすら叫んだ(まぁ、リアルに声がかれるなんてことはないのだけど。)
ハァハァ、と息を切らしていると、突然、ドンッ!背中に足の感触を感じて身体がふっ飛ばされた。状況を飲みこむことができず、まぁ、リアルに蹴られたわけではないので痛みを感じることはないが私はひっくり返ったまま酷く動揺した。ここは誰もいるはずかない、フォローフォロワー0の私だけの世界、鍵付きアカウント(かぎあか)なのに!?なんで!?
何事かと思っていると、目の前に飛行服を着て、ネコミミのパイロット帽をかぶり、ゴーグルをつけたアバターの男が現れ、私を見下すようにして言った。
『あのなぁ、お前!秋田県にも人くらい住んでるからな!』
なにその微妙なセンスのアバター…てか、マフラー地面についてるし邪魔でしょそれ。っていやいや!なんでコイツが私のアカウントの中にいるわけ!?
『はじめまして!宇雨さん。ロージャと申します。いつも宇雨さんの面白いツイートを拝聴して、思い切ってフォローさせて頂きました。あまり面白いことは呟けませんがどうぞよろしくお願いします。』
ロージャは高圧的な表情から一転、ニコリと笑って言う。
『はじめまして、ロージャさん、宇雨と申します。もったいないお言葉をありがとうございます。こちらこそポスト数多めでうるさいですがどうぞよろしくおねがいしま…ってアンタなにもの!!???フォロー許可なんてしてないからね!?』
私は律儀に返事をしかけ、スコーン!と男のネコミミを引っぱたいてツッコむ。
『ほら、さっき見たでしょ?』
『さっき見たって…』
ネコミミ…パイロット服…
私はさっきのクラッキングされたスウィコムのサイトを思い出す。
ドット絵の戦闘機に乗った猫…
『もしかして…あのクラッカー…』
『いやいや!クラッカーじゃなくてハッカーだから!』
ロージャはカッと目を開いて言うと、マジシャンの用な手つきでビっと指でふたつのURLを操り、私に向かって飛ばした。私の頭の中にハッカー-Wikipediaとクラッカー(コンピューターセキュリティー)‐Wikipediaのふたつのページの情報が流れ込んでくる。
『ほら、わかった?クラッカーってのはプログラムやコンピュータデータを悪意をもって改ざんする人のことで、コンピューター技術に精通して、向上心を持って善意に使う人のことはハッカーって呼ぶんだよ』
『いやいや、それを分かった上でアンタがやってることどう見てもクラッキングじゃない!犯罪行為でしょ!』
『それより本題だ!』
『本題があるの!?』
『そう、お前はこの俺に選ばれたんだ!』
ロージャは凛とした顔で私に向かって手を伸ばすポーズを決める。
いやいや、選ばれたって言われてもそれってただ犯罪に巻き込もうとしてるだけじゃん。
私たちの間に5秒ほど沈黙が流れる。
『そう、お前はこの俺に選ばれたんだ!』
『二回言わなくていいわ!』
『は?聞こえてないと思ってわざわざもう一度言ってやったんだが⁉』
『犯罪者の癖に偉そうな口聞くなーっ!』
『喜べよこの凄腕ハッカー、ロージャ様に選ばれたんだぞ』
『それっていたいけな乙女を犯罪に巻き込もうとしてるだけじゃん!誰が喜ぶかっ!』
『は?そんな美少女アニメみたいなブリブリのアバター使っている女子がいたいけな乙女なわけないだろ』
『グサッ!』
何も言い返せない。これは事実。美少女アニメみたいなブリブリのアバター使ってる80パーセントの女は大体クソ女だと私の独自調査で結果が出ている。でもリアルはクソだからこそニューセンではブリブリの可愛い美少女でいたいわけ!これはクソ女にしか分からない気持ちなの!
『しかたない。一刻を争う事態なんだ。お前の協力が必要だ。頼む』
突然真面目で律儀なトーンになったロージャに戸惑い、状況も飲み込めず、何も言い返せずに私があたふたしていると『頼む!』と言ってロージャが突然土下座をはじめた。
『いや、土下座するのはやいよ!』
この男、ぜんぜんわからない…。ドっと疲れを感じながら私は言う。
『てか、全然話が分からない。アンタ、何がしたいの?私に何をしてほしいわけ?』
『何がしたいって、戦争を止めたいに決まってるだろ!お前もあの映像を見ただろ?あれが今の戦争の実態なんだよ』
『まぁ、あれは酷いと思ったけど私にできることなんて…』
『それで、秋田にミサイルが放たれるって噂、あれは事実だ!だから、まずアレを止める』
ミサイルが…日本に来る。私の頭の中に昔歴史の授業で習った第二次世界大戦後の焼け野原となった日本の写真が浮かぶ。
それは、嫌だな。でも
『止めるって…悪いけど私そんなことできない』
そうだよ、私にそんなことできるわけがない。
『ロージャみたいにクラッキング技術があるわけでもなんでもないのに、私なんかにできるわけないじゃん。どうして私なんかを…』
『そんな悲観的になるな。お前にはこのニューセンでヒーロになれる素質があるんだ!』
『ヒーローになれる…素質…?』
『そう、1日26時間ニューセンに入り浸ってるネット中毒ひきニートのお前なら俺のサポーターにピッタリなんだ!』
『グサッ!』
『お前なら、俺と一緒にこの戦争を止められる。俺には何よりもお前の存在が必要だ!ついてこい!』
私が…必要?私がこの戦争を…止められる?お兄ちゃんが苦しんでいる戦争を…止められる?
私にできることがある…?
ゴーグル越しのロージャの瞳の中で光が揺れている。
誰かに必要とされるって、悪くないな。もしかしてロージャって私の王子様なのかも。いやいや、ネット恋愛なんて馬鹿みたいなこと中学生までだし。アバターを纏ってると誰でもかっこよく見えるんだって。
でも、なんでもいいよ。おにいちゃんの笑顔をもう一度みるため、私も戦ってみよう。
私はロージャの手をとってうなずいた。
ハロー・ニューセンチュリー 生井林檎 @Ringo-oishiine
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