Bランク任務……だけど……

「目的地までは約15分です。それまでに必要事項の説明を……柾屋さん? どうかしましたか?」


 雪白の担当官はそれまでと何も変わらず淡々と説明を行おうとしていたが、彼女が膝を抱えて頭を垂れ、肩を揺らしている様子に怪訝な表情を浮かべて話しかけた。


「……もー……あの部屋に帰れないよー……」


 今にも消え入りそうな声で雪白はそう呟いた。その言葉は担当官の質問に対する答えとはなっていなかったが、彼女の呟きとその雰囲気から大体の事を察する事は出来る。周囲にあれほど迷惑をかけた上に、大音量で名前を連呼されたのだ。如何に温厚な大家さんや周辺の住人であっても苦情が上がるに違いない。それを省いたとしても、大勢の前で自分の名前を晒されれば流石に恥ずかしくなり、おめおめと自室に戻る事が躊躇ためらわれるのだ。


「……そうですか。それでは今から説明を行うのですが宜しいか?」


 だが残念ながら目の前の担当官に、雪白の事情を考慮する感情は持ち合わされていなかった様だ。雪白も諦めた様に頭を上げ、担当官に頷いて先を促した。

 元々この世界でやっていくと決めたのは雪白本人だ。多少日常では考えられない事が起きても、それは彼女が呑み込まなければならない “代償” の様な物であると雪白本人も自覚していた。今回は余りにも大胆すぎる方法で動転したが、今後もこのような事は覚悟して行かなければならないと思い至ったのだ。


「今我々は 「T市」 にある高速鉄道ステーション方面へと向かっています。しかし目的地はその駅より西に10Km程進んだ場所を予定しています。柾屋さんはそこで、何としても不法占拠された列車を食い止めて貰いたい」


 ここで雪白には幾つかの疑問が浮かび上がった。


「……あの……何で駅じゃなくてそこから10Kmも離れた場所なんですか?」


 何処で食い止めても同じだが、それならば駅構内で通過する列車を待ち構えても問題ない筈である。


「トレインジャックしたテロリスト達の声明では、列車内にTNT火薬を10Kg持ち込んだとの事です。「T市」 が消し飛ぶと言う程ではないだろうが、駅構内で爆発が起これば被害は大きな物となるでしょう。少なくともステーションは吹き飛ぶでしょうね」


「……爆……弾……」


 担当官はさらりと言ってのけたが、雪白には先程まで思いもよらなかった名称が述べられ緊張の度合いが高まるのを感じていた。爆弾など、普通に生活を送っていればまずお目に掛かる事無く生涯を閉じてもおかしくない代物なのだ。

 

「それでその……トレインジャックのテロリストって言うのは……?」


 不安の募る雪白は、もう一つ気になった事を恐々と問いかけた。


「彼等は現政権に、延いてはこの国が長年訴え続け実践して来た “平和主義” に不満がある様です。彼等の背後関係は解りませんが、自らの命を以てこの国の危機感を煽り現政権に不信感を持たせようとしているようですね」


「……そんな……理由で……?」


 雪白には担当官の説明が俄かに信じられなかった。信念の為に命を賭すと言う考え方は、古くからこの国の美徳とされ少なからず実践されている。

 しかしそれはあくまでも 「気構え」 の事であり、まさか本当に自身の命を懸けるなど彼女には到底信じられなかったのだ。

 それにその為ならば他者を犠牲にしていいと言う物ではない。彼らの主張を否定できるものではないが、その行動は到底容認できるものでは無かった。


「今後このような事態が起こらない様、彼等の背後関係まで調べ上げる必要があります。故にこの作戦ではテロリスト達の捕縛も視野に入れなければなりません」


 雪白の中から徐々に恐怖が薄れて行き、代わりに使命感がふつふつと湧き上がっていた。それに併せてその表情も引き締まった物へと変わってゆく。


「作戦目標をお伝えします。柾屋雪白さん、貴女の必達目標は 「T市」 へと暴走し続ける列車の停止。しかし急激に止めてはなりません。徐々に減速させ、あくまでも車両の不調により自然に停止したと思わせる様にして下さい」


 その言葉に雪白は小さく頷いた。彼女は担当官の話を聞きながら、自身の能力を考えて頭の中で幾度かシミュレーションを試みた。大気に断層を作りそれをクッション代わりとして幾重にも張り巡らせれば、担当官の言った条件を満たせる停車を行えると考えていた。そこに問題があるとすれば、時速数百キロで運行している列車を彼女の 「異能力」 で留める事が出来るかどうかと言う事であった。


「この作戦は複数の 『異能者』 達に依る連携を旨とします。貴女が完全に停車させたと同時に他のメンバーが車内のテロリストを無効化し取り押さえる算段となっています。つまり貴女が全てのキーとなっているのです、良いですね?」


 その言葉で雪白は再び全身を緊張で硬くした。初めての高ランク任務でしかも作戦の鍵となる役割。ハッキリ言って彼女には荷が重すぎるポジションである。

 

「わかりましたっ!」


 しかし雪白は追い詰められれば開き直って能力以上の物を発揮するタイプの人物だった。プレッシャーを受け続ければ逃げ出しもしようが、事ここに至っては腹を据えて前向きに取り組んでおり、これは彼女にとってプラスに作用する物であった。


「ところで……」


 彼女の気合いに水を注すが如く、今度は担当官がオズオズと言葉を切り出した。


「その……大変失礼なのですが……その恰好で向かわれるのですか?」


 雪白が羽織ったマントの隙間から見えた衣装装備に怪訝な物を感じた担当官は、その端正な顔を引き攣らせながら雪白にそう問い質した。


「そ……そうですよ?」


 雪白は自身の確認している中では最も能力に力を感じる装備を身に付けていたのだった。しかし彼女が真剣であればあるほど、担当官にはその姿が滑稽に映るのかもしれない。


「……で……でも、その恰好は……」

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