依頼キタコレッ!

 コミケ会場にて起こった騒動から一週間が過ぎた。

 

 騒動の発端となった 「異能力」 を操る男は同じ 「異能者」 である柾屋まさや雪白ゆきしろによって取り押さえられ、その後駆け付けた警官に取り押さえられて連行されていった。

 警察の事情聴取等、色々と面倒に巻き込まれる事を避けた雪白は、親友である水瀬みなせ由加里ゆかりの提案もあってその場から早々に退散し事なきを得ていた。


「……はぁー……」


 そして今日は日曜日。雪白の仕事 (主にコンビニアルバイト)も本日はお休みだ。

 自室のベッドに身体を投げ出し天井を見つめる彼女は、もう幾度目かと言う深い溜息をついていた。

 コミケ会場での一件以来、彼女の胸中には色々と思う事が湧き上がっていた。

 一つはコミケ会場に騒動を巻き起こしたあの男の事だ。

 彼の取った行動は決して許される物ではない。多くの人々が集まるコミケ会場に、事もあろうか 「異能力」 を駆使して大きな混乱を巻き起こしたのだ。

 それだけでは無く彼の言っていた事が本当ならば、彼の持つ 「異能力」 で彼自身も含めて多くの人達を害そうとしていたのだ。同じ 「異能力」 を持つ雪白にとって、それは到底許される事では無かった。

 だが彼の気持ちが全く解らないかと言うと、そうでも無かったのだ。

 雪白自身、今の境遇に不満がない訳ではない。

 彼女が上京して頑張っているのも、偏に彼女の 「野望」 を果たす為に他ならなかったのだ。つまり……、


 ―――異能力を駆使して、楽に手早くお金持ちになる。


 これである。終始一貫初志貫徹、彼女の主張は未だゆるぎなかった。


「……でも……これじゃあ……ねぇ……」


 しかし現実に雪白の元へ 「異能力」 を使用した “依頼” が来る事も無く、彼女自身はコンビニでバイトをするか、“国家安全保障省” が公募している依頼に申し込み稀に仕事を得て日々の糧を得る始末であった。

 だがそれだけで資金繰りは到底追いつかない。特に彼女が頻繁に購入する衣装装備にも結構なお金が掛かり、結局実家から仕送りしてもらっている有様なのだ。

 コミケ会場で暴れていた男も言っていた様に、この国で 「異能力」 を使用した仕事依頼は今のところ殆ど来る事が無い。ある男が一手に引き受けてしまっているからだ。


「……渡会わたらい……直仁すぐひと……」


 雪白がポツリと呟いた男の名前こそこの国から依頼される仕事を一手に引き受け殆ど完璧に熟している者の名前であり、目下彼女のライバルとして認定されている者の名であった。 (勿論雪白の一方的な思惑ではあるが)

 彼がこの国で 「異能力」 を駆使した仕事をしているお蔭で、彼女達 「底辺異能者」 達に仕事が回ってこないのだ。


「……そう言えば……いつの間にか居なくなってたなー……あいつ……」


 確かに騒動を取り囲む輪の中に彼は紛れていた筈である。しかし事態を収拾した雪白が周囲に視線を巡らせても、彼の姿を見つける事は出来なかったのだった。

 雪白としては色々と言いたい事や聞きたい事が山ほどあったのだが、彼は早々に行方を眩ませていたし、騒動の渦中にあってはそれも出来なかったのだ。

 特に騒動前と違い彼女が彼に何より聞きたいと感じていたのは、雪白の持つ能力についてだった。

 渡会直仁から見て柾屋雪白の 「異能力」 はどう映っていたのか。

 彼女の能力は役に立たせる事が出来るのか。彼女の 「異能力」 が活きそうな依頼はあるのかどうか。

 そして今回の様な、他の 「異能者」 とのバトルはあるのかどうか……。


「……異能力……バトル……」


 ―――ブルルッ。


 そう考えた雪白は、知らずに身震いしていた。

 あの時は後先考えず飛び出し幸いにして彼女の 「異能力」 が相手の 「異能力」 を抑える事が出来たが、それが他の 「異能者」 に対しても同じ様に効果を発揮するかどうかはわからない。

 もし自分の 「異能力」 を遥かに上回る力を持った 「異能者」 だったなら今頃雪白は病院のベッドで横たわったいるか、もっと最悪の事態があったとも考えられるのだ。

 雪白は今まで、そんな “バトル” を想定した事は無かった。彼女の思い描く 「異能力」 の使い道としては災害や事故現場での復旧や救助であり、事件に際しても相手を取り押さえると想定していたが、相手も 「異能者」 であるという仮定は失念していたのだった。

 それに思い至った彼女の内から、今までにない 「恐怖」 と言う感情が沸き起こっていた。それが彼女の身体を震えさせていたのだ。


(……もし……もし……私よりも遥かに強い相手だったら……どうなっちゃうんだろう……)


 その言葉は口にするにも怖い考えであり、彼女は心の中でそう呟いた。彼女の能力で御し得ない相手が現れた時、雪白はどう対処して良いのか想像もつかないでいたのだ。

 今こうして一人物思いに耽る雪白の脳裏には先日の騒動で活躍出来た興奮と、それに伴う大きな不安が渦巻いていた。







 ―――ピロリロリロリロ……。


 突然雪白の携帯電話が鳴り響いた。


「……んあっ!」


 思考に耽る内眠ってしまった雪白はその音で目覚めた。カーテンを閉めっぱなしの部屋では、窓外の状況で現在時間が解らない。雪白は目覚まし時計に目をやり、携帯電話を手に取った。


「……んー……こんな時間に誰よ、もぅー……」


 時刻は午後8時を回っている。よっぽどの急用でもない限り、由加里から連絡が来る時間でもない。

 未だ寝ぼけ眼な雪白は、モゾモゾと携帯電話に表示されている通信相手の名前を見て一気に覚醒させられた。


「う……嘘っ! “内国安全保障省” っ!?」


 そこには雪白が 「異能力申請」 を行った際に登録し、一度として掛かって来た事のない相手からの着信を表示していた。

 

「は、はいぃっ! ま、柾屋雪白ですーっ!」


 かなり上擦った、非常に大きな声で電話口に出る雪白。余りに突然な事であり、しかも寝起きと言う事もあって、今の彼女には冷静な思考が働いていないのだ。


「……柾屋雪白さんですね? こちらは “内国安全保障省内国安全保障局” の者です」


 電話口の相手は事務的に冷静で冷淡な、澱むこともなく雪白の名を確認し自身の所属を語った。


「……はいー……」


 自分でも先方との温度差を感じた雪白の声は小さく弱い物となった。頭が冷やされ、現在の状況を冷静に把握していた。

 

 ―――ゴクリッ……。


 雪白は喉を鳴らして電話口の向うから聞こえる声に耳を傾けていた。小さいながらもかなり強い期待感が彼女の中に芽生えていた。


「柾屋雪白さん、貴女に対して当省より依頼案件がございます。お聞きになられますか?」


 ―――キ……キタコレーッ!


 雪白は心の中で叫んでいた。彼女が待ち望んでいた言葉が、今まさに電話の向こうから掛けられているのだ。


「は……はいっ! お、お願いしますっ!」


 再びテンションの上がった雪白の声は、裏返ってはいない物のかなり大きい物だった。


「それでは、認識番号の打ち込みをお願いいたします」


 内国安全保障省に登録している 「異能者」 にはそこから発行された認識番号があり、余程の事でもない限りその番号が無ければ本人だと認識してもらえないのだ。雪白は携帯電話の画面に自分の認証番号を打ち込んだ。


「……確認しました。貴女に依頼する案件のランクは “B”。テロリストによりトレインジャックを受けた列車を停止させることが任務となります、お受けしますか?」


「……は?」


 その言葉を聞いた瞬間に、呆けた声を上げた雪白の思考は完全にストップしてしまっていた。

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