初バトルッ!

 颯爽と飛び出し、広場の中央で暴挙を働く男性に向けビシッ! と指を突きつけてポーズを決めている柾屋まさや雪白ゆきしろの姿がそこにはあった。

 その男の暴挙に対して怒りが込み上げているのだろうか、彼女は全身を小刻みに震わせていた。


(ヒーッ! は……恥ずかしいーっ!)


 違った、単に恥ずかしくてプルプルと震えていただけであった。

 彼女が恥ずかしがっている理由は一目瞭然、その姿にあった。


 赤いロングツインテールのウィッグにやや濃い目のワンレンズサングラス、ゴツイワーク・ブーツは先程と変わらない。しかしその他の衣装は大きく異なっていた。

 一目見れば古代の貴族や司祭が羽織っていた様な束帯。しかしそう言い切る程の威厳は一切感じられなかった。

 全体的に白を基調とした衣装であり、まるで振袖に見紛う程の長くゆとりのある袖、上着に当たる 「ほう」 をまとっておらず 「掛けえり」 がまるで着物か浴衣を思わせる。極ショートのグルカショーツかアーミーショーツを履いているのだが、やや長めの裾がそれを隠しておりまるで何も履いていない様に見える。

 背部には腰に巻いた帯から足首ほどの長さまで 「下襲の裾したがさねのきょ」 を翻している。

 その衣装は細部こそ僅かに違いがある物の、やはり一部で人気を博しているアニメ 「祈祷戦記ONMYOU BOY」 にて主人公が纏っている戦闘服であった。

 まるで少女と見紛う主人公の少年が、凛々しく美形揃いの仲間達に助けられながら凶悪な妖怪と戦い、彼等と友情を育んでいく……と言う物語。勿論育まなくて良い物まで育んでいくので、特に熱狂的なファン腐女子の方々に愛されているキャラが纏っている衣装である。


 ―――ちょっと! あれってりん君の……!?


 ―――やだっ!? 麟君のバトルMODEじゃない!?


 ―――……でも……何か……違くない?


 瞬間、解る人達から歓声や驚きの声が上がる。しかしそれはすぐに疑問形へと取って代わっていった。

 

 ―――麟君にしては……何かムチムチしてるよね?


 ―――麟君はもっと、ダボッとした着こなしよ!


 ―――何、あの娘? 目立ちたいの?


 このアニメの主人公は一見すると小柄でひ弱、可愛らしい顔つきから 「守ってあげたい!」 と誰からも思わせるショタッ子である。そんな彼は、戦闘服も何故かブカブカで、着ていると言うよりも着せられている感が漂っているのだが……。

 今の雪白はその正反対を体現している。

 つまり明らかにサイズが合っておらず、ピッチピチの衣装は彼女のボディラインを如実に浮かび上がらせていたのだ。その結果、彼女の豊満な胸ははち切れんばかりに強調され、今にも衿から零れ落ちそうだった。

 ショートのアーミーショーツも、彼女のヒップラインをハッキリと浮かび上がらせるほどピッチリとしている。長めの裾と極ショートパンツのせいで、ミニスカートをはくよりも艶めかしくその太ももを晒していた。

 もしここが、の人々が集う様な場所であったなら、彼女の姿は扇情的であり多くの男性が彼女に目を奪われていただろう。


 ―――……なぁ……何か、あれって違うよな?


 ―――あれは無いわー……無いわー!


 ―――麟君を馬鹿にしてるんじゃないの!?


 しかしここはコミケ会場。設定を大きく逸脱した着こなしは、女性だけでは無く男性からも引かれていたのだった。


(ちょ、ちょっとーっ、由加里ゆかりーっ! 他に衣装無かったの!?)


 羞恥に涙目となっている雪白は、彼女の後ろで控えている親友である筈の水瀬みなせ由加里ゆかりに小声で抗議した。

 意を決してに袖を通したと言うのにサイズが合っておらずピチピチだわ、恥ずかしい思いまでして飛び出したにも拘らず周囲からはどうも歓迎されていないわ、雪白にしてみればどう考えても大損である。


(仕方ないじゃないっ! 他に貸してくれるヤツ、居なかったんだからっ!)


 それに対して由加里も小声で反論した。彼女も少しキツイかなーと考えていたが (色んな意味で)それ程時間にゆとりがあった訳でも無く、すぐに捉まったの持っていた衣装がそれしかなかったのだ。

 言うまでも無く雪白の 「異能力」、その制約は 「男装する事」 にあった。

 これは渡会わたらい直仁すぐひとの制約と近い物だが、彼の制約よりも幾分 “緩く” なっている。

 渡会直仁は 「女装」 をしなければならない制約に対して、雪白の制約は 「男性物の衣装を着る」 である。つまり男装なのだが、そこに衣装の種類は含まれない。

 コスプレだろうが男女兼用衣装だろうが、兎に角男性が着る衣装ならばどれでも制約を軽減する対象となるのだ。


「……もうっ! しょうがないっ! パパッと終わらせるんだからっ!」


「ユッキー! その衣装装備れるの!?」


「ダイジョーブッ! 何とかするっ!」


 既に啖呵を切った後であり他に打つ手も無い雪白は、背中の彼女にそう答えて広場の中央目指して駈け出した。

 

 ―――オオーッ!


 同時に遠く取り巻いている観衆からどよめきが起こる。彼女が走る度に大きく揺れる胸に、少なくない男性陣から 「歓声」 が起こったのだ。

 それと同時に突き刺す様な視線が雪白に向けられ、批難する様な雰囲気が渦巻きだす。言うまでも無く熱狂的な 「麟君ファン」 からの物だ。


(もうー……勘弁してよねー……)


 それを肌で感じ取った雪白は、見られていると言う恥ずかしさからと、理不尽な視線に再び涙目となった。


「……それも……これも……」


 そしてその想いは怒りとなり、その怒りは目の前に迫る男性へと向けられた。


 ―――ザザッ!


「ぜーんぶっ! あんたのせいなんだからねっ!」


 男の目の前で急制動を掛けて立ち止まった雪白は、ズビッ! と男に指を指してそう叫んだ。


「えぇっ!? お、俺っ!?」


 いきなり目の前に現れた女性に 「あんたのせい」 と叫ばれたその男は大きく狼狽えた。


「な……なんか……スマン……」


 そして勢い余って謝る始末だった。ひょっとするとこの男、根は悪い者では無いのかもしれない。


「解ったならこんな危険な事するのは止めて、大人しく帰りなさいっ!」


 まるで少女ヒーロー物の主人公を思わせる雪白のセリフ。彼女にも何かスイッチが入ったようで、その場の雰囲気に乗っている様だ。


「は……はぁ……っ!? じゃなくてだなーっ!」


 思わず帰りかけたその男は、本来の目的を思い出した様で頷きかけた言葉を翻して叫んだ。


「俺はもうこんな生活は嫌なんだよっ! こんな 『異能力』 を持っていても何の役にも立てやしないっ! 依頼も無いし仕事も無いっ! 俺はもうこのまま、この 『異能力』 で全部滅茶苦茶にして人生を終わらせるんだーっ!」


 収まりかけた男から、再びどす黒い気配が湧き起こる。思わず雪白は 「その気になるモード」 から現実へと引き戻され、知らず目の前の男に対して構えを取っていた。


「まずはお前から血祭りにあげてやるっ!」


 再び狂気を孕んだ瞳から涙を流し男がそう叫んだ。同時に赤く、細い細い線が雪白に向かい一直線に伸びて行く。遠目からは決して見えないだろうその線は、雪白の身体直前でその進行を止め……、


 ―――ボンッ!


 突然その先端に爆発を起こした。彼の能力はまるでダイナマイトとその導火線を連想させるものであり、無線では無く有線で場所を指定して爆発させるものだったのだ。


「ユッキーッ!?」


 由加里の目には、突如起こった爆発に雪白が巻き込まれた様に見えた。モウモウと湧き上がる黒煙に、雪白の安否は伺い知れない。

 しかしすぐさま晴れた煙の中に、雪白は微動だにする事無く立っていたのだった。







「へぇー……変わった能力だな……」


 遠巻きに雪白たちの様子を見ている群衆の中で、渡会直仁はポツリとそう呟いた。


「直仁? 何が変わっているのですかの?」


 その言葉に、彼の隣で事の成り行きを見守っているマリーが問い返した。


「ああ……マリーには見えないか……彼女の 『異能力』 は空気の断層を作って防御壁を築く物なんだが……その 『断層』 がなんとも……」


 彼の目には雪白が自身の前面に展開している 「空気の断層」 の、がハッキリと見えていた。

 言い淀む彼に、マリーは小首を傾げてその続きを待った。


「……クマ……? いや……ウサギか……?」





 爆発前と後で全くその姿勢を変えていない雪白に、彼女の目の前に立つ男は驚きの顔を湛えて狼狽えた。


「な……なんで何ともないんだっ!?」


 そう叫んだ男は、再度自身の能力を発動し雪白へ赤い触手を伸ばして爆発を起動した。しかし再びその爆発は彼女を害する事無く、雪白もまた一歩も退く事は無かった。

 雪白の能力は 「断層」。男装しなくては大きな効力を得られない彼女にとっては何とも皮肉な能力だった。しかしその効果は見ての通り、多少の爆発でも揺るぐ事は無い物だった。

 彼女は気体、液体、個体に限らず、彼女の能力が許す限りの物で複数の断層を作り上げて、あらゆる物を防ぐ事が出来ると言う物だった。

 今彼女は空気に断層を作り、熱と衝撃、煙やその臭いさえ防いでいるのだ。

 しかしその形状には彼女のが多分に影響されており、単なる壁では無くその姿はコミカルでポッチャリとしたクマかウサギの様な、少し愛嬌のある姿をしていた。

 今雪白の眼前には、彼女よりも少し大きめのクマさんかウサギさん形状をした断層が展開されていたのだ。


「こ、このーっ! 変な能力使いやがってーっ!」


 逆上した男は、今度は導火線を複数展開し、四方八方ら雪白目掛けてその触手を伸ばした。

 それを感じ取った雪白は、目の前の 「クマさん」 を導火線の数に細分化しそれぞれに防がせた。男の 「爆発」 は数を増す毎に威力も弱まる様で、小さくなった雪白の 「クマさん」 でも十分に防ぐ事が出来た。


「……あ……」


 全てを防がれて僅かに放心する男に、雪白の厳しい視線が向けられた。


「折角の 『異能力』 を……こんな事に使うなんて……許せないんだからーっ!」


 彼女の叫びに呼応した 「クマさん」 達は再び一つになり彼女の眼前に展開される。しかし今度はそれだけに留まらず、ユックリと男の方へ歩を進めだした。


「……ヒ……ヒィッ!」


「反省……しなさーいっ!」


 男の目前まで詰め寄った 「クマさん」 は、そのままその体を男の方へと倒していった。まるで相撲の浴びせ倒しの様に圧し掛かった 「クマさん」 を支える事が出来ず、男はそのまま背中から倒れ込み 「クマさん」 に圧迫される形となって気を失った。

 空気の断層自体に重みは無いが、それを動かす雪白の能力が 「圧力」 となって男を押し潰したのだった。


「ふぅー……」


 大きく息を吐いて戦闘で昂ぶった気を静める雪白。「異能者」 同士の戦いなど彼女にしてみれば全くの初めてだったが、相手を傷つける事無く、自分も怪我をせずに済んで彼女は安堵した。


「ユッキーッ!」


 それを見ていた由加里が、彼女の元へと駈け出して来た。そしてそれを合図とするかのように、周囲の人だかりから歓声が上がり出した。


「ユッキーッ!」


「由加里……」


 目に涙を浮かべて雪白へと飛びついた由加里の成されるがままになりながら、雪白もポツリと彼女の名を呟いた。


 広場の中央で由加里と抱き合う雪白は、その場からすでに姿を消していた渡会直仁の事に気付かなかったのだった。

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