満を持して……!?

 もうもうと立ち昇る黒煙。そちらの方角からは悲鳴が上がっている。

 柾屋まさや雪白ゆきしろ水瀬みなせ由加里ゆかりも、そしてその場に集まった彼女達のファン達も、そちらの方角を凝視したまま動きを取れないでいた。


 ―――ドーッン!


 再び響く爆音。


 ―――キャーッ!


 それに続く悲鳴。

 雪白達の場所から、騒ぎの起こっている場所は遠くないと思われた。しかし聞こえる音の大きさがそれ程でもない事を考えれば、爆発自体は然程大きな物では無いのかもしれない。だが被害が全く出ないとは到底言い切れない。


「……っ!」


 僅かな空白の後、雪白はそちらへ向かって駆けだそうとした。こういう時の為に自分の能力はあるのだと考えたのだ。


「ちょっ……ちょっとユッキー! 何処に行くつもりなのっ!?」


 しかしその行動を逸早く察した由加里が彼女を引き留めた。由加里も彼女が 「異能者」 である事は知っている。雪白自身から比較的早い段階で打ち明けられていたからだ。

 世間一般に 「異能者」 は潜在的に忌避されている。それは一般人が 「持たざる者」 であり、得体の知れない能力に対して嫌悪を示し排除しようとするのがの多く取る行動だからだ。そしてそれは人類の歴史を紐解けば容易に知る事が出来、現代においてもそれは微塵も揺るがない事実だった。

 だから雪白は由加里と付き合うに際して、まず自分の秘密について打ち明けたのだ。しかし由加里は雪白を驚く程アッサリと受け入れた。彼女の心情を測り知る事は出来ないが、彼女にとって雪白の能力は毛嫌いするべき物では無かったと言う事なのだろう。

 由加里の呼び止めた声に、雪白は振り返って彼女に向かい何かを言おうとした。だがその機先を制して、由加里が言葉を続ける。


「あんたが今行ったって、何も出来ないじゃんっ!」


「……そっ……!」


 核心を突かれて雪白は絶句した。確かに彼女が 「異能力」 を使うのに際して、“今の恰好” では到底使えると言う程の力を行使出来るかどうかも疑わしかった。

 彼女の 「異能力」 は、今の状態でも発動する事は出来る。しかしそれは “発動出来る” と言うだけで “有効利用出来る” “役立てる” と言う事では無かった。

 

「今のあんたじゃー一般人と変わらないんだからっ! 一緒に安全な所に逃げよっ!?」


 由加里の言う事は正論であり、到底反論出来る物では無い。雪白がこの場でも活用出来る (かどうか解らないが)レベルに 「異能力」 を引き上げようとするならば、彼女の部屋にストックしてある 「装備」 を用意する必要がある。


「……うん……」


 頭を強制的に冷やされた雪白は力なく頷きそう呟きを零した。

 そして由加里の方に体を向けようとしたその時、彼女の視界にが飛び込んできた。


 ―――それは彼女のライバル (と思っている)、渡会わたらい直仁すぐひとの姿だった。


 彼は騒動を聞きつけたのか、ガールフレンドと一緒に爆音の聞こえた方へと駆けて行く処だった。

 それを目にした雪白の瞳に炎が灯される。瞬く間に強さを増したその炎は、由加里の方に向きかけた体を再度、騒動の起こっている方向へと振り向かせた。


「ちょ……ちょっと!? ユッキー!?」


「ゴメンッ、由加里っ! やっぱり私も行って来るっ!」


 この騒動に際して、それがどれ程の規模であろうとも、彼の姿を見てしまっては何もせずに立ち去る等彼女には選択出来なかった。ライバルである (と勝手に思っている)渡会直仁が事件に立ち向かっているのだ。それを目の当たりにしてしまっては、彼女の闘争心に火が付かない訳等無い。


「ちょーっと! ユッキーッ、待ちなさーいっ!」


 踵を返して走り出そうとする雪白の手を、咄嗟に伸ばした手で由加里が掴んで彼女を引き留めた。


「だったら! もう少しマシな 『能力』 が使える様に準備しないと、今行ってもあんた、唯のギャラリーと変わらないよ!?」


 やや厳しめな由加里の言葉に、雪白は冷静さを幾分取り戻し足を止めた。体はすぐにでも動き出そうとウズウズしていたが、由加里の言葉を聞くまでの我慢と強制的に押さえつける。


「もう逃げちゃったか避難してるかもしれないけど、ここに居る人達で装備になりそうな物を持ってる人から借りて見ようよ! サイズが合うかは解らないけど、今は贅沢言ってられないんだから、ユッキーも我慢してね!」


 確かに今日ここには多くの人々が集まり、な装備がゴロゴロしている。しかし当然それは雪白用に作られた訳では無く、彼女に装着可能かどうかは解らなかった。それにここで披露されている衣装の数々はあくまでも 「仮想世界のキャラクターが身に纏う装束」 であり、雪白の能力発現条件に適しているかどうかは未知数なのだ。


「……うんっ! お願い、由加里っ!」


 しかしそれでも、雪白は止まりたくなかった。渡会直仁の後塵を浴びている状況で、更に彼の背中を見送る様な真似はしたくなかったのだ。


「わかった! ちょっとに聞いてみるからっ! 少し待ってねっ!」


 由加里はそう言って、自分達のバッグが置いてある方へと駈け出し、雪白もそれに続いた。






「ちぃ……厄介だな……」


 現場に到着した渡会直仁は思わず毒づきそう零していた。騒動の起こっている広場に到着した彼の目の前には、中年男性がたった一人で立ち尽くしている。

 彼の周囲には至る所に抉り取られたような穴が開き、そこから黒い煙を立ち昇らせていた。穴自体はそう大きな物では無く、その周辺には散乱した衣服の切れ端やら木片や紙片が見て取れた。


「ピィッ、ピーッヨ!」


「直仁っ! あの人 『異能者』 だってピノンがっ! 多分爆発系の異能力だって言ってまするーっ!」


 直仁と行動を共にしていた女性、マリーが彼にそう告げた。彼女がどうやってその事を推察したのかは定かではないが、彼女の言葉は周囲の状況と合致する。


「……みたいだな……くそ……いまの俺じゃあ、あの程度の 『異能力』 にも太刀打ち出来ん……せめてクロー魔がいてくれたらな……」


 直仁は歯噛みして広場の中央で立ち尽くす男性を睨み付ける。その男性は涙を流しながらブツブツと独り言を呟き、意識がハッキリとしているかどうかも疑わしい。


「直仁、あの娘達が着てる衣装も女性物なのでするー。あれでは無理なのですか?」


 マリーが遠巻きに騒動を窺っている人混みの中から、コスプレをした女性を指差してそう問いかけた。そこには比較的露出の高いコスプレ衣装をまとった女性集団がいた。


「……ああ……さっきも言ったけど、ああ言ったコスプレだと俺の能力は殆ど発揮されないんだ……あの男を止めるだけの “力” なんて発揮させるのは無理だろう……それに……」


「それに……? 何なのですか……?」


 深刻な表情を浮かべた直仁に、マリーは息を飲んで彼の答えを待った。


「……嫌だ……」


「……えっ?」


「あんな衣装は、流石の俺でも着るのは嫌だっ! しかもこんな公衆の面前でだぞっ!? 正気の沙汰じゃねぇっ!」


「あ……あははぁー……」


 彼の表情は決して冗談を言っている様には見えず、心底拒否を現していた。確かにマリーが指差した衣装は、殆ど水着か下着を連想させるほど布地が少ない。

 もし仮に、万一彼がここでその恰好をしたとすれば、それは直仁にとって拭い去り様の無い黒歴史となり、ともすれば大きなトラウマを残しかねなかったのだ。


 ―――ドドーッン!


 彼等がそんな会話を行った直後、再び地面が弾けて爆発が起こった。周囲のギャラリーからは悲鳴にも似た声が沸き起こる。


「うるっせーっ! お前等、ぶっ殺されて―のかーっ!?」


 自分が騒動を起こしとおいて五月蠅いも何もないだろうと直仁は内心思ったが、それを口にする事は無かった。今男を挑発しても、直仁には対処のしようが無かったからだ。

 しかし放ってもおけなかった。同じ能力者としてこのまま放置する訳にはいかなかったし、その男が何に対して憤っているのか、幾度もの似た様な事件を経験している彼には思い当たったからだった。


「もう……もういいっ! もう疲れたんだっ! 俺はこの力を使うだけ使って、この世からオサラバしてやるんだーっ!」


 ―――ドンッドンッドンッ!


 今度は数カ所で同時に小さな爆発が起こった。すでに自暴自棄となっている男は、そう叫びながら 「異能力」 の乱発を繰り返している。


「そこまでよっ! いい加減にしなさいっ!」


 打つ手が無く焦燥感に駆られた直人達の耳に、颯爽とした女性の声が飛び込んできた。

 彼等が声の方角に目を遣るとそこには。


 何故かを身にまとった、柾屋雪白の姿があったのだった。

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