こんたくとーっ!
―――ウォーッ!
―――ユッキーッ、こっち向いてーっ!
―――笑顔っ、こっちに笑顔下さいーっ!
―――ユカリンッ! 決めポーズッ! おにゃーしゃーっすっ!
―――Z市立運動公園。
広さの割に普段は人も少ないこの公園も、本日は異常な賑わいを見せている。
―――Z市主催 コミックマーケット2216 「みんな集まれー!」
そう銘打たれた垂れ幕が公園の入り口に掛かっていた。
ドームやアリーナ、その他に催される大型コミケに比べれば規模も知名度も低い物だが、このZ市で毎年行われているコミケはもう十数年続いており、知る人ぞ知るイベントの一つとなっていた。
そして前回の開催より、その熱気は今までとは比類なく熱い物となっていたのだ。
―――Z市限定のコスプレアイドル、降臨!
一部情報誌とネットで騒がれた、二人のコスプレイヤーがこの熱気の原動力だった。そして今回も集まったファンの期待を裏切る事無く参加した二人は、大勢の人だかりに囲まれた中心で、掛けられる声に併せてクルクルと回っては決めポーズを繰り返していく。
―――言わずもがな、それは
由加里は以前から参加していたのだが、雪白は上京してからの参加で前回行われた秋のコミケが初めてだった。そこで出会った二人は瞬く間に意気投合し、集まった
その後同じコンビニで偶然再会した二人が運命を感じたのは仕方のない事であった。
「ユッキーッ! 今日もサイコーだねっ!」
「うんっ! ユカリンこそ、動きがキレッキレだねっ!」
踊る様に回りながら周囲の要望に応えてポーズを決めて行く二人。その姿はまるで妖精の様だ。
彼女達の身に纏っている新作は、今人気急上昇中の (勿論一部の方々に、だが) 「魔法戦士ウィザーリアン」 にて主人公 「ミコト」 と 「なな」が戦闘時に纏っている衣装だった。
設定上は 「魔法少女」 となっているのだが、その 「少女」 とは掛け離れた衣装が人気となっていた。
襟ぐりの大きく開いたスタンド・アウェー・カラーを持つシャツは肩がカットアウェイとなっており、スカートはバレリーナの様なチュチュ・スカートと言うアンバランスさ。そこからスラリと伸びた足を
しかしトップスにもスカートにも、そしてブーツにさえふんだんにレースが使用されており、見ようによっては 「戦うメイドさん」 を思わせていた。
そしてそれを肯定する様に、レースの隙間と言う隙間に厳つい鋼板 (の様に見えるプラスチック板)が取り付けられており、それがただの可愛い衣装で無い事を否定している。
二人の配色は対照的であり、白を基調にした雪白の衣装に対して由加里のそれは黒を基調としていた。シンプルであるにも拘らず 「戦場に舞い降りた天使と悪魔」 を初見でイメージさせるものだった。
雪白はかなり長く赤い髪をツインテールに、由加里は緩くウェーブの掛かったロングヘア―をポニーテールに纏め上げており、それぞれブリムを飾り付ける事でやはりメイドを連想させていた。尚、言うまでも無くこれはウィッグである。
二人とも大きめのワンレンズサングラスを着用しており、これも 「メイド」 と言うより 「戦闘員」 をイメージさせるものだった。
彼女達がクルクルと回る度に短いチュチュ・スカートが翻り、その都度歓声が沸き起こる。間違いなく今回もこのコミケは大成功で、その原動力はこの二人による所だった。
雪白の趣味は言うまでも無く 「コスプレ」 だった。
雪白がそれに目覚めたのは、彼女が高等教育機関三回生時に主催した文化祭での 「コスプレ喫茶」。その時雪白は初めてコスプレを経験し、それと同時に 「異能力」 にも目覚めたのだった。
自分に眠る 「異能力」 に気付いた事も嬉しかったが、何よりもコスプレと言う未知の体験が彼女の琴線に触れた。より強力な 「異能力」 の発動条件に納得のいかない部分もあったが、それよりもコスプレと言う物に雪白はのめり込んでいったのだった。
煌きを放つ二人の周囲から人垣が崩れる事は無く、それどころかどんどんとその厚みを増していた。
(今回も大成功っ! 気分もサイコーだし、由加里には後で何か奢らなきゃ)
気分上々でポーズを決めていた雪白だったが、ある一点で視線が固定してしまった。
(……あ……あれはっ!)
公園の入り口から二人の男女が入って来た。溢れかえる人混みの中で、何故その二人に気付けたのか雪白には解らない。しかし今となっては、それは運命とも必然とも思えていた。
女性は先日、雪白が働いているコンビニに来た三人の内の一人。栗色の髪と瞳を持ち、少し変わった言葉遣いの美少女だった。そして男性は……。
(わ……
雪白は心の中で咆哮を上げていた。その顔は忘れようにも忘れられる筈がない。穴が開く程写真を眺め、夢にまで見る人物なのだ。
(……あれ……? 私……初めて会うのよ……ね?)
しかし初めて本物を見かけたと言うのに、雪白は奇妙な既視感に首をひねった。
「ちょっと、ユッキー! 動き止まってるよ!?」
渡会直仁に魅入るあまり彼女は完全に動きを止めており、気付けば周囲からリクエストの嵐が巻き起こっていた。
「あっ……ゴッメーンッ!」
即座に再びクルクルと回り出す雪白だったが、その顔は満面の笑みとは程遠かった。渡会直仁が目の前に現れたとあっては、それも仕方のない事だった。
彼と隣にいる女性は雪白に気付いた……と言う訳ではないだろうが、真っ直ぐに彼女の元へと歩み寄って来る。緊張が雪白を覆い、彼女の笑顔は固い物へと変わっていた。
「……本当にこんな所でいいのか?」
渡会直仁が隣の女性に声を掛けた。こうしてみると二人はまるで恋人同士に見える。
「もっちろーん! 問題ないでするー。でも直仁がコミケに興味あるなんて初めて知りましたぞー」
隣の女性は楽しそうに彼へと答えていた。
(……やっぱり……渡会直仁で間違いない……)
雪白の緊張感は増していく。すでにその表情は勿論、纏う雰囲気さえもピリピリとした物を
「ちょ……ちょっと!? ユッキー!?」
流石に異変を感じた由加里が雪白に声をかけるも、彼女の耳にその言葉は届かなかった。雪白の神経は今、全て渡会直仁へと向けられていたのだ。
―――ザワザワザワ……。
雪白の異変を感じたのは周囲も同様で、途端にざわめきを増していった。しかしそれは、由加里が考えていた物と大きくかけ離れている。
―――なぁ、今回のユッキーは気合入ってるよな?
―――ああ……まるで本当の戦場に居るようだよ……。
―――ここまで原作に忠実な演出が出来るなんて……ユッキーは神っ! 神だよっ!
―――ああ……ミコト様……。
どうやらプラス方向に働いている様だった。
「俺もさ、色々と研究してたんだぜ? 色んな “装備” が揃うコミケには、それこそ色んな所に行ったよ……」
遠い眼差しで語る渡会直仁はどこか寂しそうだった。
「……どれも……上手く合わなかったんですのー……」
それを聞いた女性が苦笑いでそう答えていた。
「なんで……わかったんだ?」
「ピノンが教えてくれてるのでするー。ピノンが言うには……フンフン……それは衣装もしくは仮装、よく言ってコスチュームであって “女装” ではないそうでするー。高い効果は望めないと言っていますのー」
「なっ!? マジかよ!?……ピノン、もっと早く教えてくれよ……」
雪白の目の前で二人は不可思議な会話を繰り広げていたが、全神経を集中させていても彼等の会話は僅かしか聞き取れない。雪白が解る範囲では、どうやら渡会直仁はコミケが好きで、隣の女性は電波系の様に他者には聞こえない声が聞こえる様だった。
雪白はすぐにでも渡会直仁の元へと駆け寄り、色々と言いたい事をぶちまけたかった。例えそれがお門違いに言い掛かりな苦情であっても、だ。
しかし今この場を離れるのは難しかった。それどころか、この姿で彼の前に飛び出すと言う行為は流石に
「あっちの方も見てみるか」
「そうですのー。コミック関係も見てみたいでするー」
(ああっ……彼が遠ざかっちゃう!)
二人の会話から、彼等がこの場から離れ居なくなってしまうと考えた雪白は焦った。今すぐにでも飛び出して行きたいのにそれが出来ないもどかしさに身悶えそうだった。
(どうしよう……どうしよう!?)
こんな千載一遇のチャンスなど、今後訪れるかどうか怪しかった。しかしこの場をほっぽって自分の我を通す事も出来なかった。楽しんでくれている人達に申し訳ないし、何よりこの衣装を徹夜で手伝てくれた由加里に顔向けできなくなる。
(……でも……でもっ!)
しかし自分の野望を実現する為には、彼と話さなければならない。少なくとも、自分の要望を話したかったのだ。
―――ランクの低い仕事は受けないで欲しい……と。
それが我が儘な事は十分承知している雪白であったが、自分が活躍出来る場を作り国家機関に自分の実力を認めさせるにはそれしかなかったのだ。
雪白が意を決して、渡会直仁を追いかけようと思った瞬間だった。
―――ドガーンッ!
―――キャ―――ッ!
突如として爆音が響き渡り、それと同じくして悲鳴が周囲を埋め尽くした。
「な……何っ!?」
雪白と由加里、そして周囲の人達が音の方に目を遣ると、そちらから黒い煙が沸き起こっていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます