彼女達の秘め事

「……ちょっと変わった組み合わせの人達だったねー……」


「……うん……」


 三人組の男女が帰ってから少しして、由加里ゆかりが思い出したように呟いた。確かに目を引く三人組であったと言う点では雪白ゆきしろも同意だった。

 しかし彼女の返答がどこか上の空だったのには訳がある。それは未だに出せない疑問が頭の中を渦巻いていたからだった。


(…………)


 雪白の思考はスタイル良く可愛らしい女性でも綺麗な金髪女性でもなく、女装していた男性らしき人物に引き付けられていた。結局その人物が女性と男性どちらであったか確かめることが出来ず、彼女の中にはどうにもモヤモヤとした物が心の中に引っ掛かりとして残り、それを取り除けないでいたのだ。


(……あの人……結局男性なのかな? 女性だったのかな……? それとも……?)


 男性が女装をしているのだから、色々と考えられる事はある。

 趣味で……と言う人も居るだろうし、体は男性だが心が女性……と言う人も居る。

 何かのゲームで罰ゲームを受けていただけかもしれない。それにしては見事な着こなしであったし、本人が照れていた様子を雪白には見受けられなかった。

 彼の妙にシックリとした佇まいに、雪白は結論を出せずに悩んでいたのだ。


「……あんた……まーたつまらない事で悩んでるでしょ?」


 生返事だった雪白の言葉で、由加里はすぐに彼女が何を考えているか見抜いたのだ。


「えぇっ!? なんで解るの!?」


 ズバリと言い当てられた雪白は僅かに動揺した。しかし由加里はため息混じりに冷めた声で答えた。


「あのねー……お客さんの趣味やら何やらにいちいち拘ってたら、コンビニのカウンターなんかやっていけないよ?」


 コンビニエンスストアと言う店柄、訪れるのは常連客ばかりではなくフラりと立ち寄った一見客も少なくない。

 見知った顔の人物に異変があれば考える事もあるだろうが、先程のように次回の来店があるかも疑わしい客について、話のネタ以上に考え込んでもキリがない事なのだ。


「そ……それは解ってるけど……何か気にならない? 特にあの女装をしている男性っぽい人とか!」


「気になるけど! 笑い話程度にしか考えてないよー。いちいち悩むほど考え込むなんて、ユッキーくらいだよ」


「……ムムー……」


 そう言われれば雪白に反論のしようもなかった。確かにどうでも良いこと以外の何物でもない事だったのだ。


 ―――こうして渡会わたらい直仁すぐひと柾屋まさや雪白のファーストコンタクトは、全く全然、何事も起こることなく終了したのだった……。






「ねえねえ、それよりユッキー、今度の日曜日は……行くよね?」


「もっちろんっ!」


 由加里の問いかけに、雪白は間を置かず即答した。答えた彼女の表情は明るく、期待と楽しみで堪らないと言った物だった。


「それでー? ユッキーも当日はするよね? 新作はもう用意出来てるのー?」


 そう話す由加里の表情もこの上なく楽しそうだった。


「それがー……思った様に出来て無くって……間に合いそうにないから、今回は以前のでいいかー……って……」


 そう答えた雪白の表情は悲し気に曇った。彼女自身非常に楽しみとしていたにも拘らず、自慢ので参加出来ない事は彼女にとっても苦渋の決断だったようだ。


「えー、そんなー……二人で揃えて参加しようって楽しみにしてたのにー……」


「……ごめんねー……」


 由加里の悲嘆に雪白は心苦しくなり、更に顔を曇らせた。


「それにユッキー、以前のって……サイズ合うの?」


「うっ……」


 由加里の急所攻撃には、流石の雪白も絶句してしまった。実際の所、多少の手直しでサイズが合う様な等あるとは到底思えなかったのだ。


「ほんっと……ここは何時まで経っても成長期が終わらないみたいなんだから……」


 溜息も織り交ぜて、由加里は雪白の胸を人差指でプニプニとつついた。


「だっ……だーって、しょーがないじゃないーっ!」


 バッと胸を隠して、雪白は涙目で由加里に抗議した。

 彼女の成長速度は高等教育機関を卒業しても留まる所を知らず、身長は伸びないと言うのにだけは未だにスクスクと成長を続けていたのだ。

 彼女の成長スピードに、僅か数か月前のが今やお役御免となっているのだ。


「……しょーがないなー。じゃー明日は私の部屋でラストスパートでもかけますか! パジャマパーティーも兼ねてー」


 そのままだと落ち込みそうな雪白に、由加里は明るい声でそう言った。


「で……でも由加里、自分の分はどうするのよっ!?」


 驚いて顔を上げ由加里の方を見た雪白がそう問い返した。確かにこのままでは次の日曜日に間に合いそうには無かったが、だからと言って友達に手伝わせてまで仕上げようとは考えていなかったのだ。だが由加里はニヤリと口角を上げて得意気に雪白へと答えた。


「ふっふーん。私の分は誰かさんと違って、もうとーっくに出来上がってるもんねー」


「えっ!? ほんとにっ!?」


 由加里が意外にも手先の器用な事は知っていたが、まさかそんなに早く仕上がっているなど雪白には思いもよらなかったのだ。同じ時期に手を付けて、遥かに早く仕上がっている由加里の才能は雪白の想像を遥かに超えていたのだ。


「ほんとほんとー。それに何となーく、ユッキーは間に合わないんじゃないかって思ってたんだー」


 そう言って由加里は、今度は意地悪い笑顔をわざとらしく作って雪白の方へと向けた。しかし雪白がそれを気にした様子は無く、それどころか飛び上がって喜んだ後に由加里の手を取った。少ないが店内にいた客も、レジで起こった騒ぎに何事かと視線を向けている。


「ゆーかーりーっ! ありがとーっ!」


 そんな視線も気にせず、雪白は握った手を上下にブンブンと揺さぶった。


「ちょっ……ちょーっと! 待って待って! ユッキー、ストーップ!」


 その余りの激しさと集まる視線を気にして、由加里は声を上げて雪白を宥めた。だが殊の外その声も大きかった為に、更なる注目を集める結果となったのだった。






 翌日バイトを終えた雪白は、今日は休みだった由加里の部屋へと訪れた。目的は勿論パジャマパーティー……等では無い。

 明日行われる彼女達が楽しみとしているイベントに向けて、最後の準備に取り掛かる為だった。

 雪白が持参した物の出来具合は大よそ4割程度。これではどれほど頑張っても、一晩で出来るとは到底考えられない。

 しかし由加里の助力があればギリギリ間に合うかもしれないのだ。勿論徹夜覚悟の上で取り組めばとなるのだが。

 雪白は由加里の部屋まで来てベルを鳴らした。即座に中から声が聞こえドアが開かれる。


「いらっしゃーい」


「今日はごめんねー」


 挨拶もそこそこに部屋へと上がり込んだ雪白は、由加里と共に作業へと取り掛かる。

 

 ―――その晩、その部屋の明かりは消える事は無かった……。


 ―――そして翌日、雪白は何とか出来上がった 「新作」 を手に、彼女達の秘めたる趣味であるコミケ会場へと足を運んだのであった……。

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