にあみす
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
朝の国道を駅方面に向かって赤い影が疾走している。出勤時間と言う事もあり、国道には車が多くやや渋滞気味に低速走行していた。
その車列を赤い影は次々と置き去りにして、どんどんと先へ進んで行く。
その影の正体はママチャリ。そして漕ぎ手は誰あろう、
「……やばいーっ!……やばいよーっ!……時間がーっ!……無遅刻無欠勤がーっ!……」
呪文のようにそう呟きながら、雪白の足は更に回転を加速させる。ペダルは限界以上に回転し、それでもそれを原動力に変えて車輪へと力を与え、結果雪白の漕ぐ赤い自転車は通常の3倍は速い速度で疾走していた。
彼女は 「異能者」 である。
もしも彼女が 「異能力」 を発揮しており、その現象も事情を知る人ならば納得していたかもしれない。しかし今、彼女に 「異能力」 を強く発現させる事は出来ない。それは何よりも、安易に 「異能力」 を使う事は 「国家規定」 にて禁止されているからなのだが、彼女自身 「異能力」 を効果的に発動させる条件が “今は” 満たせていないのだ。
彼女が 「異能力」 と見紛う程の力が出せている理由、それは……、
―――アルバイトに遅れそうだから……である。
―――加えるならば、今まで彼女が培ってきた無遅刻無欠勤すら崩れ去りそうだから……である。
「……間に合え……間に合え……間に合え―――っ!」
彼女の、正しく魂から絞り出される咆哮が、朝の通勤ラッシュで車の溢れる国道に響き渡った……。
「……はぁー……」
1分遅刻。結局雪白は間に合わなかった。
普段の勤務態度から店長に怒られる様な事は無かったが、彼女の受けた精神的ダメージは計り知れなかった。
「……それもこれも……全て
彼女の怒りは、何故か彼女のライバル (と勝手に定めている)である 「渡会 直仁」 へと全て向けられていた。本人が事情を知れば、色々と突っ込み所が多すぎて何処から手を付ければいいか解らない程の逆恨みではあるが、雪白がそんな想いを抱いている等、当の渡会直仁は知りもしないのだ。恨みを向けられた本人に害は無く、恨み言を呟く雪白のストレス解消になるならばこの逆恨みは誰にも迷惑とならない。
「なーにー、ユッキー? まーた 『渡会直仁様病』 なのー? 遅刻は大目に見て貰えたんでしょー?」
プリプリと怒りの治まらないまま陳列棚に商品を並べている雪白の隣で、同僚の
雪白と由加里は同じ19歳であり、このコンビニでバイトを開始したのが同時期と言う事、そして同じ趣味を持つ事ですぐに打ち解け、僅か数か月の付き合いながら親友と言って良い間柄となっていた。因みにこの二人は既にこのコンビニの 「看板娘ツートップ」 の地位を確立しており、地元ではちょっとした有名人となっている。
「そんなのダメよ! 遅刻は遅刻なんだから……許す許さないの問題じゃないもん」
「……ハァー……あんた、その融通の効かない性格、少しは何とかした方がいいよー? あんたの場合、損しかしてないんだから」
「……ムムー……」
そう言われると雪白は閉口するしかなかった。彼女自身、そう考えた事は少なくない程あったのだ。
しかし生来の性格が、彼女に 「要領良く」 生きると言う選択を取らせないでいたのだ。そして彼女自身、まだそれで良いと考えていた。
無理をしていると言われようと、まだ頑張れる内はこのままで良い。開き直りとも取れる考えを彼女は持っていたのだ。
―――ピンポンピンポーン……。
自動ドアが開き、お客さんが入って来た事を知らせる電子音が鳴り響いた。
「「いらっしゃいませー」」
雪白と由加里は、声を揃えて “余所行きの声” を上げた。同時に商品の陳列作業を切り上げてレジへと向かう。
入って来たのは三人の女性。栗色の髪と瞳が愛らしい少女と、金髪碧眼の如何にも欧米系な美女、そして大柄だがどこか美人の妙に体つきが良い女性だった。
「クロー魔ー、ほんっとーにここでいいのかのー?」
可愛らしい女性が金髪美人にそう問いかけた。
「
如何にも欧米系と言ったノリで金髪碧眼の美少女が、同行している可愛らしい女性に答えている。
「それなら別に良いのですがのー。このコンビニは、ホットドッグが絶品ですぞー」
少し変わった喋り方の少女がまるで案内する様に、レジ前にある保温器の前までやって来た。
「スーグー? あんたもホットドッグでいいのー?」
金髪女性は少女と並んでレジ前まで来ると、未だ入り口付近で店内を見回している女性にそう声を掛けた。
「……ん?……ああ、俺はそれで良いよ」
彼女達の視線を追い掛ける様に何気なくその女性を見た雪白は、思わず息を飲んで動きを止めてしまった。
(……あ……あの……あの女性は……)
雪白の目は彼女から離せないでいた。まるで食い入るように、その女性に魅入ってしまう。
(……あの女性は……女性?……)
同じ女性だから解る。当初は女性だと思っていたその人物は、よく見ると女装をした男性に見えたのだ。いや、間違いなく男性だと確信していた。
(……やだ……私……あの場所以外で女装した人なんて……初めて見た……)
そうと気付いてしまうと、雪白にはその男性から目を離す事が出来なくなっていた。珍しいと言う事もあったが、それよりもその男性が身に付けている服装のクオリティが高く妙に似合っており、本物の女性である筈の雪白でさえ舌を巻いてしまっていたのだ。それは隣に立つ由加里も同様の様で、同じ方向に視線を定めたまま凝固してしまっている。
その
同じく黒系統のデニムパンツを履きこなし、足元はやはり黒いブーサン。それだけではこの人物が女装をしているとは気付かないかも知れない。
しかし決定的なのは彼の髪型だった。
長めのドライウェーブをセンターよりもややずらせて分け、片方を顔の前面へと掛かる様に流している。その髪が目に入らない様にしているのか、一目で度が入っていないと解る少し大きめのウエリントン・メガネを掛けていた。
化粧は全体的に薄めだが、唇に引いたやや強めの紅いリップスが全体の配色に華を添えている。
全体的にラフな格好ながら、どこか女性的な魅力にあふれた衣装だった。
(……それに……あの人が肩に乗せているのは……鳥……?)
しかし雪白が目を奪われた理由は、何も女装した男性が珍しかった訳だけでは無い。その
(……ここって……ペット連れて入るの禁止なんだけど……あんなに小さい鳥の場合はどうなるんだろ……?)
確かにコンビニエンスストア内にペット同伴は禁止となっている。しかし彼が肩に乗せているのは鳥、しかもセキセイインコである。
飛び回るならば問題もあるだろうが、見るからに大人しく暴れる様な素振りは見せない。
それにもし注意したとして、その鳥をどうする様にお願いすれば良いと言うのだろうか。リード線がある訳でも無いので、外で待たせる訳にもいかない。だからと言ってセキセイインコが原因で来店を断るのも如何な物だろう。
今、彼女の思考は、この問題にどう対処するのかの一点で占められていたのだった。
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