これは男装備であって、コスプレじゃないんだからねっ!
綾部 響
「これは女装では無い!女装備だ!」さいどすとーりー
Give Me A Chance!……Please!
プロローグは六畳一間から
窓から射しこむ、清々しい朝の光……と言う訳にはいかなかった。
溢れかえった
「……はぁ……」
その山を見る度に、彼女「
今の仕事に必要な物だとは言え明らかに居住スペースを圧迫しており、文字通り足の踏み場も無い状態だったのだ。
「……今月も……赤字だー……」
衣装だとてタダでは無く、決して安価な物ばかりでは無い。
ならば買い控えれば良いのではと思うのだろうが、そうもいかなかった。彼女にとってこの
いや、どこかに唯一無二の
更に未だ成長著しい彼女の身体は、僅かな時間ですぐにサイズが合わなくなってしまうのだ。如何に能力を行使する為とは言っても、ピッチピチに張り付いた
彼女は 「異能者」 である。
この時代の 「異能力」 を有する 「異能者」 はあらゆる場面で重宝されており、国からは高額の報酬で仕事を依頼される……はずであった。
しかし現状では彼女に仕事の依頼が舞い込む事は稀であり、その殆どが低額で簡単な仕事ばかりであった。
「……あーあ……今月もお母さんに仕送り……お願いしなきゃ……」
彼女はその収入の殆どを
―――ポフッ……。
唯一の居住スペースとなりつつあるベッドの上に下着姿のままその身を投げ出した雪白は、何を思うでも無く天井を見つめていた。
「……こんなはずじゃ……なかったんだけどな……」
ポツリとそう呟いた彼女の脳裏に、ある人物の名前が浮かんで来た。
「……
その名前は、彼女が目下ライバルと設定している者の名前であった。
だが彼女がそう思っているだけで、相手は恐らく彼女の名前さえ知らないだろう。
しかし雪白には、忘れようにも忘れられない名前であった。この国では有名人である彼の写真も、もうどれくらい見たのか解らない程であり時には夢にまで現れる位であった。
ライバルと言う位なので、その想いは当然恋慕の情などでは無い。
渡会 直仁とはこの国の、いや世界でも有数の 「異能者」 であり、彼女が伝え聞く所では最強の 「異能力」 を有している人物との事だった。
彼に舞い込む仕事はA級ランクは勿論、S級ランクさえあり、その
つまり、この国で 「異能者」 に依頼される仕事の殆どを彼が消化しているのだ。
そして彼が熟せなかった依頼は、外国人のフリーランスで活躍している 「異能者」 が殆ど請け負ってしまっていた。つまり彼等二人だけで、決して多いとは言えない国からの依頼を殆ど完遂してしまっているのである。それでは彼女を始めとした 「異能者」 に仕事が回って来る筈もなかった。
これには能力が低い他の 「異能者」 達は、職を諦めて一般就職する者や海外に新天地を求める者が続出した。若しくは地元住民から国を通さずに依頼される小さな仕事をアルバイト程度の賃金で、“国家安全保障省” から目を付けられない程度に 「異能力」 を使い役立てている者も皆無では無かった。
世界でも稀有な存在である 「異能者」 であっても、一般生活に溶け込む為にはこの様に地道な努力で地域とのコミュニケーションを図らなければ、一般市民からは畏怖されていると同時に下手をすれば隔絶される恐れがある存在なのだ。
また “国家安全保障省” より厳しくその動向を監視されており、おいそれと大っぴらにその 「異能力」 を使って良い物では無かった。
国からは厳しく監視され、「異能者」 である事への偏見を和らげる為に地域へ貢献する。
高い評価を得られない 「異能者」 達の、これが厳しい現実だった。高給取り等はそれこそ世界でも稀有な存在なのだ。
そんな状況であっても、雪白には捨てられない夢があった。いや、野望と言い換えても良い。それは……、
『異能力を駆使して、楽にお金持ちとなる!』
と言う、至極俗人的であり単純明快な物だった。
しかし他者には持ち得ない強力な力を手にしたのだ。そう言った考えに至ったとしても、何ら不思議なことではなかった。
「渡会―――っ! 直仁―――っ!」
現在の境遇と彼への対抗心から、雪白はその名を力の限り叫んだ。彼さえ……彼さえいなければ自分にももっとチャンスが訪れる筈だと考えれば、その悶々とした想いが口をついても仕方が無い事だった。
―――ドンッドンッドンッ!
「朝っぱらからうるっせーぞっ! 静かにしろっ!」
薄い壁の向うから、隣の住人が壁を叩き抗議の声を上げた。
雪白は思わず両手で口を押え息を潜める。
(あっちゃー……やっちゃったー……)
―――ピピピピッピピピピッ……。
「きゃっ!」
彼女が心の中で焦りを覚えたと同時に、頭の上に位置する場所に置いてあった目覚まし時計が鳴り出し、雪白は思わず驚きの声を上げた。
時刻は午前7時30分を指している。
「あ―――っ! やっば、遅れちゃうっ!」
ガバッと上半身を起こして目覚まし時計を止めると、彼女は慌てていつもの準備に取り掛かった。
今日も彼女は駅前のコンビニエンスストアにて、アルバイトの予定なのだった。
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