その後の話

 しゅっ……しゅっ……しゅっ……しゅっ……


 夜中の薄暗い室内……蝋燭の明かりに照らされ浮かびあがる二つの影。一つは縛られ横になった男。事件を起こした村長である。

 この男警察に連行されるも隙を見て逃げ出し、山に逃げ込んだのである。住んでいた村という事もあり、山を越え逃げ出そうと企むも、行けども行けども同じ道をぐるぐると回ってしまい、ようやく一軒の山小屋にたどり着いた。


 尋ねるとそこには若い女が住んでいた。聞けばこの女、一人でこの山小屋に住んでいるという。歩き回って疲れていた男は少し休ませて欲しいと願う。是非お休みくださいと女は迎え入れてくれた。少し休憩してから山を越えよう。自分がここにいた事はこの女しか知らない。目撃者は消せばいい……そんな事を考えながら村長はつい、うとうとしてしまい、眠りについた。


 しゅっ……しゅっ……しゅっ……しゅっ……


 「な、何だ何だ!?」


 気づいた時には縛られ横になっている自分の姿。動こうにも体に力が入らない。何かを研ぐ音に気づき、辺りを見渡す。蝋燭の明かりに照らされたもうひとつの影、そこには先程出会った女が鉈を研いでいた。女は村長が起きたのに気づき、ちらりと見ながら不気味に微笑む。そして村長を見ながらこう喋りだす。


 「最近この村では人が行方不明になるそうですね。何でも山姥の仕業だとか……」


 「ば、馬鹿な。そんな事はあるはずがない。それよりも、私を縛ってどうするつもりだ!?」


 自分の置かれた状況を理解した村長は必死に動こうとする、それを気にすることなく女は言葉を続ける。


 「その着物は血で汚れ、鉈を持った老婆の姿だとか。」


 村長は女の異変に気づく、この女はこんなにボロボロの着物を着ていたか?赤黒く変色している、染みがついた着物を着た女が喋る。


 「身長は少なくとも2米(メートル)はあると」


 女の体が徐々に大きくなっていく……村長の大きさをはるかに越えていき、うつむいた顔からは表情は読めない。


 「その手には鉈を持った……老婆と聞きます。」


 うつむいた表情のまま女は立ち上がる。蝋燭に浮かび上がるその影に変化が訪れていく。

 その口はゆっくりと裂けていき、耳のあたりにまで開いていく。

口元からは牙がゆっくりと伸びていく。まるで獲物を噛み、喰らうために伸びるかのように。

 そして黒かった髪はその黒さを無くしていき、やがて真っ白な白髪へと変わっていく。

 村長は目を見張る。自分はこの姿を知っている。しかし、少なくとも自分の知っていた物では無い。何故ならそれは死んでいる。あいつが、あの小僧によって切り捨てられたからだ。

 立ち上がった女がゆっくりと顔を上げていく。着物を血で汚し、鉈を持っている。身長は少なくとも2米(メートル)以上はあろうかというその姿はまさしく……


 「や、山姥!?」


 村長は驚愕する。自分は実験の為、自分自身が作り上げた山姥で村人を殺した。それは自分が仕組んだことであり、この一連の事件は全て企んだことである。では、自分の目の前に居るこいつは何だ?否定しようとするが、自分の目の前の光景は嫌でも現実を突きつけられてしまう。山姥はゆっくりと鉈を持ち、振り上げる。


 「そして人々を襲って殺してしまう……そうじゃったかえ?」


 ぎらりと光る眼光、まるで獲物を見つけた獣のようである。


 「う、嘘だ。全ては私が作った作り話だ。山姥の伝説なんかただのおとぎ話だろう。お、お前は一体誰なんだ!?」


 村長は必死に吠えるも状況が変わりはしない。鉈が不気味に闇夜に浮かび上がる。


 「いいや……それが、山姥。あんたの望んだ物じゃろう?よく聞くがええ若いの。お前如きが妖怪をどうこうしよう等と考えんほうがいい……さもないと……」


 「わ、わかった。私が悪かった、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろおおおおおお!!!!!」


 村長の顔が恐怖に歪む、その悲痛な叫びは


 「頭を割られて……食われちまうからねえ!!!!!!」


 山姥の振り下ろした鉈の音にかき消された。バキッと鉈が食い込む音が鳴り、辺りにホコリが舞い上がる。もくもくと舞い上がったホコリがゆっくりと晴れていき、メキメキと鉈が引き抜かれる音が響いた。


 「……」


 ホコリが晴れるとそこには口から泡を吹いて気絶している村長の姿。振り下ろされた鉈は彼の目の前の床に振り下ろされた為、頭が破壊されていなかったのであろう。


 「……昔の私なら殺してたんだけどねえ……もう人間は殺さないって誓ったからねえ。」


 床に座り鉈を再び研ぎ出す山姥。暗闇に鉈を研ぐ音が響く……その音に紛れて山姥はぼそりと喋った。


 「私はあんたに会えた……人を殺すだけだった私にぬくもりを……人のぬくもりを教えてくれたんだ。だから……もう殺したりはしない」


 浮かび上がる山姥の表情は穏やかだった。そこには妖怪ではなく一人の女、否。


 「これでいいんだろう……金時……」


 優しく微笑む母の顔があった。



 とある山村で起きた、村人九人の失踪事件。犯人は警察から逃げるも、その後山で縛られ転がっているのが発見されたそうでございます。

 時は明治。舞台は足利山、山姥の物語。

これにて終了でございます。

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やみよのもの 妖怪鬼譚 ゆーやん @ton114

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