第3話
「大丈夫ですか春人さん?よければうちの病院で診ましょうか?」
「いや、大丈夫。これぐらい訓練で鍛えてるから平気だ」
朝になり、村長は春人に心配そうに話しかける。昨日あんな事件があった後だが、いつもと変わらない調子だ。
「怪我してるなら私が看病しようか?村長さん枕を二つ、布団を一つ用意‥‥‥あたっ」
私の言葉に返事は帰ってこないで、代わりに拳骨が頭に飛んできた。私達のやり取りを見て、村長は苦笑する。
「大丈夫な様ですね。それよりお二人に伝えなければいけない事がありまして‥‥‥実は、山姥を今朝に見たと言っている村人がいるのです」
昨日追い払ったのに、もう現れたのだろうか。動きからして、どうやら何か目的があるに違いないと私は感じ春人を見る。春人も同じ事を思っているようである。
「お連れしたいとこなのですが、ひどく錯乱していまして手がつけられない状態なのです。今は病院にいるのですが、よろしければ会って話を聞いてみますか?」
手がかりがない以上、会って話を聞くことが一番だろう、それに少なくとも遠くには行ってないのは気配で私にも感じている。
「じゃあ案内お願いするぜ。早いとこ退治しないとまた被害が出ちまいそうだからな」
こうして病院に向かう事を決めて、村長の後をついて行く。小さい村にしては大きな病院に案内され、中に入る。朝が早いからだろう、人気はなくがらんとした廊下を進んでいく。階段を降り、先に進むと奥に部屋が見える。ここに言われた人物が居るのだろうか?
「暴れていたので、こちらに場所を移しています。私は念の為薬を取ってきますのでしばらくお待ちください」
そう言って村長は別の部屋に入っていく。私と春人は顔を見合わせるとドアに手をかける。あっさりとドアは開き、私たちは中に入る。待てと言われたが、少し思うことがあり、二人で調査を開始する。春人も気づいているのだろう、昨日と同じ気配が近くなっていることに。電気をつけ、部屋の奥に進んでいく。
薬が並んだ棚が多く、薬品の匂いが鼻につく。奥に歩くにつれて見たことのない機械も目についてくる。病院の中でも重要な場所なのだろう。部屋を進んだ先に椅子が見えた。子供が両手を椅子に縛られており、目には目隠し、口には猿ぐつわを付けられている。格好からして女の子のようである。
「おい、大丈夫かよ?」
春人はすぐに近づき、目隠しと猿ぐつわを外してやる。急に外された女の子は驚き私達を見る。怯えているようだったが、私達の格好を見て悪者ではないと理解したのだろう。安堵したのか、ぼろぼろと涙を流して泣き始める。春人は優しく両手の縄も解いてやりながら言葉を続ける。
「なあ、お嬢ちゃん。山姥を見たってのは本当かい?俺達そいつを探しにこの村に来たんだ。よかったら、知ってる事を話してくれないか?落ち着いて、ゆっくりでいい」
一つ一つ、言葉を少女に投げかけていく春人。春人の言葉に落ち着きを少しずつ取り戻していき、ゆっくりと少女は口を開いた。
「朝誰かが扉を叩いている音で起きたの。‥‥‥知っている人の声だったから用事と思って開けたの。‥‥‥気づいたら、目隠しされてここに居たの」
「ん、ってことはお嬢ちゃんは山姥を見てないのか?」
「知らない‥‥‥見たのは先生だけ」
どうも話が噛み合わない、連れ去られた少女。近づく気配。この状況から考えるに、ほぼ間違いなく私たちは。
「なるほど、どうやらじっくりと話を聞かせて貰う必要があるな。村長さんよ」
振り返る春人。私達の後ろには村長の姿。私達を見て笑みを浮かべており、昨日まで私たちに向けていた表情とはまるで違っていた。そして村長の背後には、昨日私達を襲った山姥が立っており、鉈を持ったまま荒い息を吐き出していた。
「さすがは払暁部隊の方だ。私の化物相手に死なずにいたのはお見事でした。おかげでいいデータが取れましたよ。そちらのお嬢さんを渡して頂ければ、命だけは取らないであげてもいい。何しろ我々が一番欲しいものをそちらのお姫様は持っているのだから」
「ずいぶんとお喋りだな。目的と何故こんな真似をしたのか喋ったら命だけは助けてやってもいいぞ。お医者さんよ。それとも、またその妖怪で俺達を殺そうってのか?」
「くくく‥‥‥身の程知らずめ。お前ごときが勝てるとでも?」
挑発には挑発で返し、春人は笑う。村長は春人の言葉に笑い、語り始める。
「この村には山姥の伝説があるのは知っていた。信仰が深く、田舎の村は私の計画を行う為にちょうどよかったのさ。妖怪は確かに存在する、その力が強力なのはお前たちならわかるだろう。一匹の妖怪を狩るのに、人間がどれほど犠牲になった事か」
嘆くように頭を押さえるが、そんな事は思っていないであろうことはすぐにわかった。
「もし、妖怪を意のままに操れたら、その力を手に入れる事が出来たら?素晴らしいと思わないか?夢見事なんかじゃない、我々なら‥‥‥いや、私ならばそれが出来る」
そう言って懐から注射器を取り出す村長。その注射器には赤く染まった液体‥‥‥血液が入っていた。私はそれを見てぞわりと髪が逆立つ。
「まず一つは妖怪を捕まえ改造する。我々の言うことを聞くようにね。これは確実だがリスクもある。妖怪を捕まえるのは並大抵の事じゃないからな。そしてもう一つは、妖怪の力を手に入れ、それを人間に与える事だ」
自分の言葉に酔うように、注射器を見つめる。おそらく注射器の中身は‥‥‥
「その手に持っている中身は妖怪の血‥‥‥と、言ったところか。今回の村人の失踪事件は、お前の実験のデータ集め、そして実験者集めと言ったところか?」
全てを理解したように春人は喋る。その声からは怒りが感じられ、村長を睨んでいる。
「さすが、と言ったところだね。もっとも、血に耐えられなかった村人ばかりだったよ、やはり器が悪いとこんなものか。さあ、私の実験の為に来ておくれお嬢さん。あなたの力は素晴らしい、むしろこちら側に近い。そう‥‥‥何故なら貴方は」
その刹那金属がぶつかり合う音が響く。春人の刃が村長に向かって伸びており、山姥が鉈で受け止めなければ、その刃は村長の喉を突き刺していただろう。
「ちょっと喋りすぎだぜ村長さんよ?悪いがこいつの血どころか、髪の毛一本くれてやるつもりはねえよ。お前の狂った実験も今日で終わりだ」
「できるのかい君に?妖怪の攻撃に手も足も出なかったではないか」
「やれるさ、俺と魅雨の力で。剣は敵を倒す為に振るから強いんじゃない」
春人は剣を構え直し、意識を集中させる。構えられた刀身の色が黒から赤く染まっていく。まるで一匹の赤い蛇が剣に巻きついていくように‥‥‥赤い力を纏った剣を山姥に向ける。山姥は雄叫びをあげ春人に飛びかかる、まるで何かに怯えるように。
「うおおおおおお!」
春人が吠え、刃が伸びる。その一撃は山姥の腕を吹き飛ばし、体を通り過ぎていった。山姥の背後に立った春人は刃を軽く振る、血がびちゃっと落ち、それが合図だったように山姥の体がどさりと音を立てて崩れ落ちる。
「誰かを護る為‥‥‥力を出せるのさ」
私の目に映ったのは信じられないという表情の村長と、いつものようにニヤリと笑う春人の顔だった。
「以上が今回の村で起きた事件です。容疑者は警察に引渡し、後日こちらに搬送予定」
帝都に戻った私達は大佐の前に立ち、短く報告を済ませる。
「ご苦労だった、まあ事件は解決。その後の調査はうちの別部隊が調べる事になってるし、二人共休んでいいぞ。」
田島大佐は私からの報告を受け、資料に目を通す。報告が終わったとばかりに春人は背中を向け部屋から出ようとする。
「ところで今回の任務はどうだったか、可愛い息子よ。少なくとも成果は少しは出たんだろうな?」
そこに大佐から声がかかる。ニヤリと笑う大佐。春人の父でもある、田島雷人はからかうように息子を見る。
「ははは、やだな父上。少なくとも事件は解決したし、首謀者も捕まえた。悪い成果じゃないはずですが」
「馬鹿野郎、せっかく姫さんと二人きりにしてやったんだ。男ならキスの一つや二つは済ませたんだろうな。なんなら結婚前に孫の顔が‥‥‥った」
春人をからかう大佐の頭が揺れる。後ろに控えていたナジュムさんの仕業らしい。
「雷人様、あまり春人さんを虐めすぎないようにと奥様に言われているはずですが?」
「いや、だからってイスで殴るのはやめてくれねえか?」
「どうにかしろよ。この親父‥‥‥」
頭を抑えながら文句をいう大佐。自分の父にため息を漏らす春人。せっかく二人きりだったのに、私に冷たかったのには同意見である。次の旅行で進展しなくては。コホンと咳払いをして、真面目な顔で私たちに言葉がかかる。
「なあ春人、今回の事件でお前はどう感じたよ?俺らは妖怪を倒すのが仕事だがそう単純な事件ばかりじゃない。どっちが悪いかなんて自分達の目で確かめなきゃわからねえ。その責任と覚悟がお前にあるか?」
「愚問だよ親父、たとえどんな場所、どんな事があろうとも俺は自分の進む道に迷いはないよ。親父の武士道、母さんの騎士道。二つの道を極め最強であれ。あの日の誓いは忘れちゃいない」
春人の言葉に頷き立ち上がる。そして春人に指を指し、宣言する。
「合格だ。本日を持ってお前も外一小隊の末席に入隊を許可する。今回の様な甘い事件ばかりじゃないぞ‥‥‥覚悟しとけ」
敬礼をして部屋を出る春人、私も彼に続く。これから彼が進む道は苦しいものとなるだろう。だがどんな道だろうとも私は彼と歩んでいく……今だって
「‥‥‥春人おんぶ」
私は春人に飛びついた、春人にぎゅーっとしがみつく。扉は閉まり、二人のやり取りが軍部に響くのだった。
「相変わらず素直じゃないですね、雷人様。もう少し言い方もあったと思いましたが」
柄じゃないさと笑い雷人は外を眺める。春人と魅雨。二人が並んで歩く姿を見て、ぽつりと呟く。
「俺にできなかった事‥‥‥やってみせろ春人」
季節は春、出会いと始まりの季節である。
そしてこの帝都からひとつの物語が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます