第2話

 「で、実際のところどうなんだ?話としては胡散臭く感じたんだが」


 そう言って春人は私の前を歩く。とりあえず教えられた山姥を見たと言う山に行くことにする。かなりの距離を歩いたので、少し疲れている。


 「春人おんぶして」


 「甘えるな」


 「じゃあ、抱っこして」


 「子供かお前は」


 「じゃあお姫様抱っこ」


 「とんだわがまま姫だな‥‥‥」


 そんなやり取りをしてるうちに、山の中にある小屋を見つけた。ちなみに抱っこはしてくれなかった。


 「こんなとこに小屋か。人気も無いし、まさかここに山姥が住んでるんじゃないのか?」


 「もし居たら事件解決、春人と温泉旅行が近づく」


 私の言葉に春人はそそくさと小屋の前に行き、扉をノックする。どうやら中に誰か居た様で、ゆっくりと扉が開いていく。


 「いらっしゃ~い‥‥‥どなたですかえ~‥‥‥?」


 中から出てきたのは白髪の老婆だった。着物はボロボロ、手には鉈を持ち、私達を見てにやっと笑った、その姿はまるで‥‥‥


 「春人、山姥見つけた。さっそく退治‥‥‥あいた」


 とっさに春人の背中に隠れる私。後ろから指差すと、春人の拳骨が頭に飛んでくる、痛い。


 「ったく、失礼な事を言うんじゃねえぞ魅雨。もしかして、ひょっとすると、万が一、山奥に住んでる変わり者の婆さんかもしれないだろうが」


 「あんたも十分失礼じゃよ坊主」


 そう言って老婆は、ふぇっふぇと笑う。残念ながら変わり者のおばあさんのようだ。


 「こんな山奥に珍しいのお、村なら向こうの道を行けば帰りつけるぞい」


 どうやら迷子だと勘違いされたようだ、春人が自分たちは帝都から事件を調べにきて、山姥についての情報を集めている事を告げた。


 「山姥のことなら私が教えてあげるよ、その代わりちょいと薪を切っとくれ」


 そう言って家の横にある薪を指差すお婆さん。情報の代わりに働けということだろう。


 「あのな……婆さん、俺たちは婆さんの手伝いをしてる暇はないんだが・・・魅雨、行くぞ」


 「そうかい、お茶と饅頭でも食べながら昔話でもしてやろうと思ったんじゃがね」


 「春人、情報の為。すぐに切ってあげて」


 そう言って春人に近くにあった斧を指差し、お婆さんと家に入る。情報の為だし、春人には頑張ってもらう事にする。


 「欲望と任務が一緒になってないか‥‥‥」


 春人の声が聞こえてきたが、気にせず上がり、話を聞く。

お婆さんは昔からこの辺りに住んでること、たまに村に行って食料を買う以外はここに住んでるらしい。寂しそうだが、住み慣れた場所のほうがいいとの事だ。


 「それで、山姥の話は?」


 「確かに言い伝えは残っているが、人を襲った事よりも、金太郎を育てたって話のほうがここらじゃ有名だねえ」


 むぐむぐと饅頭を食べながら話を続ける。この山では山姥が金太郎を育てたという言い伝えが残っているらしい。金太郎といえば源頼光の四天王の一人となったと言われている人物である。 その常人離れした力の為か、しばしば昔話にでてくる人物である。それだけの人物ならそんな逸話が残っていたとしてもおかしくはないだろう。


 「まあ、昔話さ。私の息子もよくできた息子じゃったが都に出てから音沙汰なくてねえ、便りのないのは元気な証拠かもねえ。」


 そう言って笑うお婆さん、寂しさよりも息子さんが好きな事が伝わってくる。相手を思う気持ち、その人を大切に思う気持ちは女性のほうが強いのだ。もちろん私も‥‥‥


 「おい、ぼちぼち話は終わったか?こっちは全部切り終わったぞ」


 扉を開けて春人が入ってくる。どうやら作業が終わったらしい


 「じゃあお婆さん、お饅頭ありがとう。美味しかった」


 「‥‥‥ちゃんと調査の話をしていたんだろうな?」


 失礼な春人は相手にせずお礼を言う。まるで私がお茶に呼ばれていただけみたいに思われているらしい。


 「なにやら物騒みたいだけど、お嬢ちゃん達も気をつけるんじゃよ」


 帰り際こちらを心配するお婆さんの声に私は振り返る、だが私なら大丈夫。守ってくれる人がすぐそばにいるからだ。


 「お婆さんも気をつけて‥‥‥金太郎さんによろしく」


 私の言葉に ふぇっふぇと笑うお婆さん、そんな私達を見て春人は首を傾げるのだった。



 すっかり日が暮れてきたので私達は屋敷に戻ることにした。

夕食の用意が出来ており、すぐに夕食となった。今日一日の出来事を話しながら、このあたりの事を、村長から春人は聞いていた。私は食べるのに忙しくよく覚えていなかったが。


 「それにしてもお二人共お若いのに、帝都の軍人さんと神妖の巫女様とは、大変優秀な方達なんですね」


 そう言って村長は笑う。私からすれば、村長をしながら村の医者もしているこの人も立派な人物だと思う。田舎の村だから医者も不足しているんだろう。


 「それではお二人共ごゆっくり、お風呂も湧いてますのでご自由にお使いください」


 そう言って下がる村長。一日歩いたのでお風呂には入りたかったとこである。私は春人の方を見て喋る。


 「お風呂先に入る?」


 「俺はまだいいぞ。休むのはもう少し体を動かしてからにするわ」


 任務中だというのに、訓練はかかせないらしい。すこしは休めばいいのに。


 「春人一緒に‥‥‥」


 「入らないぞ」


 私の誘いを断る春人。めげずに続ける。


 「私が背中流す」


 「結構だ」


 食事を終えて立ち上がる春人。最後のチャンスとばかりに、言葉を続ける。


 「春人」


 「何だ」


 私は自分の胸を押さえて春人に喋る。


 「最近、私の胸おっきくなってきた」


 「‥‥‥嘘つけ」


 そのまま襖を開けて春人は出て行った。何か間違えただろうか?私は夕食の続きを再開した。遠くで春人が転んだ音が聞こえた気がしたが気のせいだろうか。



 「‥‥‥ふみ」


 すっかりのぼせてしまった。長くお風呂につかりすぎたみたいだ。春人は結局来なかった。まだまだ照れ屋なのであろうから仕方ない。


 「春人は‥‥‥」


 屋敷の廊下を歩いて行き、大きな庭に出た。そこでは剣を構え、体を動かす春人の姿があった。月に照らされ剣を振る春人の姿を眺める。私はその姿を眺めることにした。彼が剣を振るのは何のためだろう?大切な人を守るため?誰よりも強くなるため?

 どちらも間違いではないだろう、何故ならそれが彼の誓い。私と幼い頃に交わした‥‥‥


 「いつまで見てるつもりだ?準備運動はとっくに終わってるんだぞ」


 その言葉に我に返る、どうやら気づかれていたらしい。何故か険しい顔をしている春人。

 私への誘いと思ったがどうやら違うらしい。


 その時気配を感じ私の髪が逆立つ‥‥‥これは

塀を飛び越え春人の前に立つ影。着物は血で汚れ、黒光りする鉈を構えた老婆の姿。まさしく村人が言っていた山姥に違いない。


 「そっちからお出ましとは手間が省けたな。今夜の獲物はそう簡単に狩れるとは思わない事だな」


 にやりと笑い剣を向ける春人。自分よりもはるかに大きい相手でも物怖じする事はない。


 「グオオオオッ!」


 怒声とも鳴き声とも取れる声をあげ、山姥は鉈を振り下ろす。常人には目に負えない速度で振り下ろされる鉈を春人は剣で受け止める。力比べは分が悪いのは見て明らかだろう。そのまま剣を滑らせ、力を受け流していく。


 「まともに受けるもんじゃないな、ちょっと身長差ありすぎだ」


 軽く剣を振り、正面に構える春人。挑発にも取れるこの構えを見て、山姥はどう思ったのだろうか。先ほどと同じように鉈が高く振り上がり‥‥‥


 「ふっ!」


 瞬間春人が一気に間合いを詰め、山姥に突きを放つ。顔に向けられる刃に振り上げた鉈を顔の前に構える山姥。だが、それも春人の読み通りだったのだ。

 剣の軌道が変わり、顔に向かうはずだった動きは、後頭部へのなぎ払いに変化する。攻撃すると見せかけた二段構え、フェイントが見事に決まる。後頭部に一撃をくらった山姥の巨体が揺れる。そのまま倒れそうになり‥‥‥


 「なっ!?」


 巨体は倒れる事なく、春人に倒れ掛かるように鉈を振り下ろしてきた。流石に予想できなかったのか、剣でまともに受けた春人は威力を殺しきれず、後方に吹き飛ばされる。


 「おいおい‥‥‥普通なら首の骨がへし折れてるぞ」


 立ち上がる春人は驚いたように声をあげ起き上がる。妖怪の耐久力は人間の比ではないのだ。妖怪を討つには人の力だけでは足りない。


 「‥‥‥春人!!」


 自分の感情が抑えられない私の髪が逆立つ。あいつが春人を!


 「馬鹿野郎!下がってろ、こいつは俺が‥‥‥」


 私に気づいた春人の声にも止まらず、私の髪は山姥に向かって襲いかかる。急な攻撃に山姥の鉈が振り下ろされるも、その姿を捉えるにはいたらず、腕に向かって私の髪が伸び‥‥‥絡みついた。


 「喰らいつけ‥‥‥鬼蛇」


 私の言葉に髪が巻き付き、生き物のように動いていく。まるで獲物に食らいつく蛇のように、山姥の腕がちぎれていく。


 「ウガアアアアアアッ!」


 自分の腕の痛みに耐えかね怒声が上がる。山姥の片腕は文字通り、喰らいつくされた。腕から落ちた鉈を拾い、私に襲いかかろうとする山姥。その動きよりも速く、春人が私の前に立つ。


 「どうしましたか!」


 騒ぎを聞きつけた屋敷の村長がこちらに向かってくる。松明を持った村人もこちらにくる姿も見える。騒ぎが大きくなったのを見て山姥はすっと振り返り、塀に向かって走り出す。そのまま塀を飛び越えて行った。逃がすものか‥‥‥あいつは私が喰らい尽くし‥‥‥


 「どこ行くんだ」


 春人の腕が私を掴む、その手に構わず進もうとするも、力が強く動けない。


 「あいつ、春人を傷つけた。」


 「このくらい何ともねえよ、油断した俺が悪かっただけの事だ」


 春人は何でもないというが私は納得が行かない、春人に手を出すやつは私が‥‥‥


 「あー、もうさっさと行くぞ。俺は風呂に入って寝るんだからな」


 そのまま春人に引き寄せられる、春人の胸に抱かれた私は力が抜けていき、髪もゆっくりと重力によって下がっていく。


 「多分大丈夫と思うけど、警戒はしておいたほうがいいだろうね」


 村長に事の発端を説明しに行く春人。私は髪をなびかせ山姥の居た場所に向き合う。あたりにはおびただしい血が残っており、ここに確かに山姥がいた事を思い出させる。


 「春人‥‥‥春人の言うことでも聞けない事もある」


 私はきっと塀の向こうを睨み、今は居ない妖怪に宣言するようにこう言った。


 「私は春人を危険な目にあわせたやつを、決して許さない‥‥‥!」

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