第5話
肌寒くなる秋とはいえ、よく晴れた太陽が昇っていれば、ぽかぽかした暖かさを感じることができる。
この季節の屋上は、人があまりいなくて心地いい温度を感じられる、お気に入りの場所だった。
「そういえばね。わたし、今日は未来予知ができたの」
「え?」
いきなりの素っ頓狂な話題に、僕は一段高いトーンで聞き返した。
そんな様子にくすくすと喉を鳴らして、詩織さんは膝に置いたお弁当からウインナーを摘んで、僕に差し出す。
「卵焼き。朝食べてるかもなーって思って、今日は作らなかったの。はい、あーん」
「あー……ん、む」
ウィンナーが口に飛び込んできて、口の中に肉のおいしさが広がる。人に食べさせてもらうのは、多分何回やっても慣れないだろう、妙なもどかしさがある。
学校にいて、時間に余裕がある時は、詩織さんはお弁当を作ってきてくれる。
だけど、絶対に箸は一膳しか持ってきてくれなかった。
閉じた僕の口から抜いた箸で、詩織さんは自分の分のウィンナーを摘んで、食べる。口の端は僅かに上がって、なんだか嬉しそうだ。
お弁当の乗ったランチョンマットは、詩織さんの膝の上に置かれている。オレンジ色のスポーツバッグは、中の物を一つもとらないまま、重石として隅っこの方に置かれている。ほとんど肌身離さず持ち歩いているけれど、使っているところを見たことは無かった。
お弁当を包んでいた淡泊な水色の布の下の脚は綺麗に揃えられていて、しなやかな太股と膝小僧が僕に向けられていた。ごくん、と大きく喉を鳴らして、ウインナーを飲み込む。
「どうかしら。おいしい?」
「んぐっ……まあ、加工品ですからね」
「む。そういう事を言っちゃうんだ? じゃあこのシューマイを……」
綺麗な形のシューマイを摘んだ詩織さんは、僕の目の奥の「冷凍食品だ……」という感想を察知する。眉尻がほんの少し下がって、不機嫌な顔が作られた。
いや……もちろんお弁当を作ってきてくれるのはすごく嬉しいし、結局これも『自然な感じで二人きりになりたい』という口実なのは察しているのだけど。もちろん手作りを振る舞ってくれる時も多いのだけれど。会話の流れ的に、ツッコみたくなるのはしょうがないと思う。
何とも微妙な間が僕たちの間を埋める。
しばらく僕をじっと眺めていた詩織さんは、摘んでいたシューマイをぱくっとくわえてしまった。
もくもくと租借する。その顔がぐっと近づいてきた。
「えっ、うっ?」
僕が驚いて体を後ろに逸らすけれど、それもお構いなしに、速度を落とさずに顔が近づく。
結局、僕の両頬はあっさりと詩織さんに絡め取られて、再び唇が重ねられた。
「んむっ!?」
入り口が強引に割られて、柔らかくてぬるりとしたものが、海老の甘い風味と一緒に進入してくる。
反射的に、流し込まれたそれを飲み込んだ。シューマイのおいしい風味と一緒に、それとは違うとろんとした甘いまろやかな香りが、鼻の奥から脳髄の方へと抜けていく気がした。
今度は僕が味を知る番だ。詩織さんの得意げな顔が遠ざかって、ぺろりと舌を出す。
「どうかしら? 文字通りの、わたしの味付け」
「だ、だめですよ。誰もいない訳じゃないんですから……!」
「見せつけちゃえばいいじゃない。誰がどう思おうと関係ないし」
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。大胆な事をしたせいか、詩織さんの頬も、心なしかほんのり桜色だ。口の中は、まるで染め上げられたように詩織さんの味が残っている。
「さ、お昼休みも有限なんだから、残りも食べちゃいましょう。はむっ」
「い、いいです! それはもういいですからっ」
「もくもく……こくんっ。何にせよ、箸は一つしかないんだから。わたしに食べさせられるか、わたしごと食べちゃうか、新くんに許されているのは二つに一つよ」
手にした箸を、桜色の唇にそっと乗せる。狙ってやっている妖艶な仕草が、まるで一撃必殺の狙撃を受けたように、僕の胸を駆け抜けていく。
「っお、女の子がそういうことを言っちゃダメですよ……!」
「ん? 期待しちゃう? 期待しちゃうの? 新くん、むっつりさんなんだから」
「そ、そりゃしょうがな……違いますよ! むっつりじゃないです!」
詩織さんは、結構こういう話を好んでする。涼しい顔をして、こっちの反応を楽しんでくるのだ。大人っぽいと言うか、アダルティな感じだ。
まあ……高校生にもなって、いちいちこういう話に過敏に反応する僕の方にも、責任はあるんだろうけれど。
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