第2話
卵は万能だ。必要な栄養を兼ね備えていて、味も淡泊で、何よりいろんな料理に化ける。主役にもなるし、相方を引き立てることもできる。親子で手を取り合う事もあれば、ちょっと浮気して、色んな相手と新たな味への冒険と挑戦だってする。
そう考えると、なんだか主人公みたいだ。浮気性、というところはどうかと思うけれど。
テレビもつけていない静かなダイニングに、しゃああ……という卵の焼ける音が香ばしく響く。薄く引いた卵がぷっくりと泡を作ったあたりでいそいそと丸めて、ちょっと火にかける。後は油を引いて、卵を薄くのばして、その繰り返し。
「よっ……と」
朝のレパートリーはそう多くはないけれど、僕は卵焼きが一番好きだ。あまり作ってもらった記憶は多くないけれど、一番『家庭の味』な気がする。どんな料理も卵はおいしいけれど、その中でも安心できる味だ。食べると、気分がほっこりする。
気分で味付けも変える。今日はお出汁も加えて甘めに作ってみた。程良い厚さになったところで、長方形のフライパンに残りを一気に流してひょいひょいと巻き付ける。これで表面は焦げもなく綺麗な黄金色。自分でも納得の、会心の出来だ。自然と空腹感も増してくる。
一度黄緑色のまな板に乗せると、色のコントラストで一層輝いて見える。何よりもうれしい、朝の金の延べ棒だ。写真に収めてもいいぐらいだ。満足感一杯で、僕はそれをしばし眺める。
「でも、まあ一応」
一言そう言って、僕はそのおいしい延べ棒を包丁で二つに割った。
二つの皿に分けて盛りつける。料亭でよく見るだし巻き卵をイメージして、昨日の晩ご飯に使った大根下ろしの残りを冷蔵庫から出して、お皿にちょっと添える。
テーブルには、さっきよそった明太子を乗せた白いご飯と、お湯を注いだインスタント味噌汁。この二つと三角形を結ぶようにして、卵焼きをセット。もう一つの皿は、対面にそっと置く。来ると確定した訳じゃないので、ごはんと味噌汁は自分でよそってもらおう。
「いただきます」
静かな朝の世界にそう言葉を投げかけて、僕は箸をカチャリと鳴らした。
……来るなら温かい内がいいなという淡い期待は、ご飯の甘味によく似ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます