詩織は多くを語らない

brava

第1話

 朝靄がうっすらと世界に霧をかける時間に、僕は誰かに呼ばれたようにゆっくりと目を覚ました。

 白んだ光が部屋を満たして、開けた窓から涼やかな風が流れ込んで、乳白色の薄いカーテンを揺らしている。木々のそよぎ。コチコチという時計のささやかな自己主張の音もした。

 静かで、どこか神聖なものを感じさせる。きっと自分で思っているより、この時間が好きなのだろう。何となく、この時間になると目が覚めてしまう。


「……ふぁ、ぁう」


 大きなあくびを一つ。新鮮な冷たい空気が肺に流れ込んできて、背筋がぞくぞくっと震える。それで、まだぼやけていた思考が現実に帰着した。静かな世界に衣擦れの音を足して、僕はのそのそと起きあがる。

 そのまま、よたよたと持ち上がらない足を動かして、窓に両手をおいて、冷たい風を全身で感じる。朝靄の滴が、森を流れる清流のように、僕の心を冷たく潤すような気がした。澄み切った冷たい水の中を、ゆっくり呼吸しながら泳いでいるよう。肺を満たす空気が、何よりおいしい。


 平凡な住宅街の一角。人っ子一人見あたらない、午前五時の早朝。

 ……何となく、今日は”来る日”だな。そう感じる。

 分かるのだ。ロマンチックな時ほど、この感覚は確信に近づいている。


「……ん、いい天気だ」


 だからといって、どうにかすることはない。

 結局、僕の行動遺憾に関わらず、来るときは向こうからやってくるのだから。

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