第10話 純一
ACT-10 『祐二』
人生というのは面白い。
なぜかというと、絶対に有り得ない事が、たまたま現実に起こってしまうからだ。
例えば、一攫千金。
例えば、突然の事故。
例えば・・・そう、結婚。
私は、絶対に有り得ない相手と結婚をしてしまった。
それは世間で良く聞く、『金とタイミング』なんて陳腐な理由ではない。
『死の間際で選択の余地がない』結婚だったのだ。
それはなんて可哀相な結婚だろうと思われるかもしれないが、私はそれほど嫌ではなかった。
むしろ少し嬉しかった。
だけど、その結婚生活は一瞬、まさに数十秒の間で地獄へ突き落とされる事になったのです。
自分が結婚した相手が、直後、自分の首を絞めてくるなんて、フツー有り得ます?
ない、ない。そんなことあるわけない。
でもそれが現実に起こってしまったのなら、あなたはそれをどう受け止めますか?
私の場合はそう・・・こんな後日談だったのです。
オキロ・・オキロ・・・
頭の中でそんな言葉だけが、カタカナで浮かんできた。
これは誰かにそう呼ばれているのだろうと私の脳が感じたのかは知らないが、私の意識は何者かによって起こされようとしている状態であった。
そして私が目を覚ますと、そこにひとりの男がいた。
ぼうっっとした頭で目の前の男の顔を思い出そうとしても、それが何故、私の目の前にいるのか理解するのにかなり時間がかかった。だってそれは、私の目の前にいるはずのない人物だったからだ。
「祐二・・・」
周りの風景から、私は病院のベッドに寝ていたようだ。
私は未だに夢でも見ているのではないかと、頭を横にブルブルと三回振った。
しかし、それは現実で、夢や幻を見ているのではないと、それだけは理解出来た。
祐二は黒いニットと黒いパンツ姿をしていた。顔には若干疲れの後が伺える。
私の知っている祐二とは、少し雰囲気が違っていたが、それは正しく祐二だった。
では、どうして祐二が私の目の前にいるのか?
これには必ず理由がある訳だと思った私は、私の目の前の男にとりあえず質問してみた。
「あなたは・・・本当に祐二なの?」
なんじゃこれは?自分でもトンマな質問だとは思ったが、この時はこれしか頭に浮かばなかった。
「ああ、そうさ」
これが私の目の前の男の第一声だった。
「どうしてあなたがここにいるの?」
私は続けて疑問を質問に変換して問いかけてみた。
「俺が、おまえの前に現れなければならなくなったから、俺はおまえの前に現れたのだ」
「・・・え?どうして?」
「ちゃんと聞いていろ、俺がおまえの前に現れなければならなくなったから、俺はおまえの前に現れたのだ」
「それじゃぁ意味がわからないわ、なぜあなたが・・いえ、祐二は私の前に現れたの?」
「これでは話が進まんな・・・」
私と祐二の話は全然進まなかった。
「ちょっと待って、話しを整理させて・・・」
私は頭を押さえて、いままでの事の経過を思い出した。
「私は天栖村の裏山に向かい、そこの地下に地震か何かで閉じ込められてしまった・・・」
「どうやら、そうらしいな」
「・・・そして、そこでジュンくんと結婚し・・・そこでジュンくんに首を絞められた・・」
「・・・」
祐二の顔が少しだけ反応したようだった。
「そして私は・・何でここにいるのかしら・・・そして、何故あなたがここにいるの・・・?」
「いきなり全てを話しても今のおまえには理解できないだろう。もう少し休め・・」
祐二はイスから立ち上がり、私に背中を向けた。
「ちょっと待って!私はまだあなたに聞きたいことがあるのよ!」
ここで祐二に帰られたら、私の溜まりに溜まった疑問は晴れることがないだろう。
私は彼の腕を掴み必死に止めた。
「とにかく、全てを話すには順序がある。まずは、今からここに訪れる者たちに聞くがいいだろう」
祐二は私の手を振りほどくと、病室のドアを開けて去っていった。
「あ・・ちょっと待ってよ!」
私の叫びは届かずに、広いひとりだけの病室にこだました。
ギィッ・・・
すると、病室のドアが少しだけ開き、そこからゆっくりとドアが開いていった。
そして、そこに入って来た人物は、私が知っている人物であった。その人物とは・・・
「あ、あなた達はッ!・・・」
「お久しぶりです・・・」
そこに入って来たのは、なんと、鈴木さんと小林さんであった。
しかし、以前の鈴木さんと小林さんとは明らかに態度が違っていた。何と言うか、どこかよそよそしい態度であった。
「ぶ、無事だったんですね!良かった・・・あ!それでジュンくんは今どこに?!」
「・・・・・・」
しかし、鈴木さんも小林さんも、私の質問には答えず、視線を外して黙ったままだった。
「ど、どうしたんですか一体?!ジュンくんに何があったの?!教えて!」
「・・・少しお休みになったほうが良いようですね、レイクミ様」
「えっ?レイクミ様って・・・い、いやだなぁ、何言ってるんですか?鈴木さん、小林さん?」
私は鈴木さんが冗談で言っていると思った。以前は私の事はれいちゃんと呼んでいたのに。
「いえ、私達など呼び捨てで結構です、レイクミ様。あなたはそう呼ぶのに相応しい女性ですから」
「やめて!私をからかわないでよ!もう何がなんだかわからないわ!」
祐二との再会、そして鈴木さんたちの態度。おかしな事続きで、私の頭はパンクしそうだった。
「まずは・・ゆっくりとお休みになってからの方がよろしいかと」
「そうであります!お休みになられて下さい!レイクミ様!」
小林さんまで、私にヘンな呼び方をしている。これには絶対、何か理由があるハズだ。
私は少し頭を切り替えて、とりあえず、この二人に事の成り行きを教えて貰おうと思った。
少なくとも、突然現れた祐二よりは、いろいろと詳しく話してくれるだろう。
「じゃ、じゃあ聞くわ・・・まずはジュンくんはここにいるの?」
鈴木さんは首を横に振った。
「そう、いないのね・・・じゃあ、あの裏山の地下で生き埋めになったあなた達は、何で助かったの?私を助けてくれたのは誰なの?」
「・・・・・」
しばしの静寂が訪れる。鈴木さんと小林さんは顔を見合わせた。
「それは、祐二様であります!」
「うそ!何で祐二が私達を助けるの?ジュンくんを刺した男がなぜ私を助けるの?!」
「祐二様は、あなたを刺そうとした訳ではありません。だから、あなたを助けるのは当然です」
「祐二は、ジュンくんだけを狙っていたって言うの?なんで?私達が邪魔で消そうとしていたんじゃないの?!」
「それは違います、レイクミ様。祐二様は、けしてレイクミ様を邪魔だと思っていなかった。むしろ、救出しようとしておられたのです」
「私を?祐二が?そんなバカな・・ジュンくんを殺して私を助けようとしたっていうの?」
「はい、祐二様は、レイクミ様をご心配されていたのです。これは間違いありません」
そうなのか・・・本当にそうなのか・・・
もし、そうだと仮定したのなら、祐二は直接私に襲ってきた訳ではない。
確かに、ジュンくんを刺した時も、私には切り掛かってこなかった。
では何故、ジュンくんを狙ってきたのだろうか?
元恋人の私をジュンくんが奪ったので、それで殺そうとしただけではないだろう。
もっと何か、別の理由があったハズだ。
「祐二は何故、ジュンくんを襲ったの?まるで面識がなかった相手を、何で殺そうとしたの?」
「・・・それにはまだお答えできません」
そう易々と真相を教えてくれそうな雰囲気ではない。私は質問を変えることにした。
「じゃあ、質問を変えるわ。なんであなた達まで、祐二の事を様づけで呼ぶの?一時は、天栖村事件に関与する犯人だと調べていたのに?」
「それは、あの方は私達の命の恩人であり、絶対に逆らうことの出来ないお方だからです」
「そうであります!あの方は、いずれこの世界を変えるお方なのです!」
「おい、それ以上は喋るな」
「あ、失礼しました!」
鈴木さんが小林さんの口を止めた。
一体どういうこと?
地下に埋まっていた所を救出してくれたのなら、それは命の恩人として感謝すべきよ。
でも、この二人は違う。尊敬をもっと超えた絶対服従を誓っているように思える。
どうして、そこまで忠誠心を持つことになってしまったのかしら?
「まるで祐二の家来みたいね?」
「そうです。言い忘れていましたが、私達はレイクミ様の家来でもあるのです。どうぞ、何なりとご命令して頂きたい」
「そうであります!レイクミ様のためなら火の中水の中、この命惜しみません!」
なんだか小林さんが言うと、本当に命まで掛けてくれそうな凄味がある。
「私は別に、そんな事してくれなくてもいいわ。それより、天栖村の事件の真相が知りたいの」
「それは承知しております。祐二様も、それを知りたがっているのですから」
「え?知りたがっているって・・・祐二は知らないの?祐二が天栖村の事件の真相を知っているんじゃないの?」
「いえ、むしろ、事件の真相を握っているのはヤツ・・・だから姿をくらましているのです」
ヤツ・・・まさか、鈴木さんが言っているのはジュンくんのことではないだろうか?
「ヤツって、それはジュンくんのこと?ねぇ、そうなのね?」
鈴木さんと小林さんは、そろってうなずいた。
「そんな!」
なんと言う事であろうか。
事件の鍵を握る者が祐二だと予想していたのに、実は、ジュンくんが事件の真相を知っていたのか?そんなバカな。だったら、何故ジュンくんは、私達と一緒に天栖村を調べていたのか?
そんな、ツジツマが合わない事が、信じられるワケはない。
「納得いかないわ・・!」
「それも無理ないでしょう。私達も事の真相を聞くまで、祐二様を疑っていたのですから・・・」
「そうであります!我々はなんと愚かな行為をしていたのでしょうか!ううッ!」
「うぐぐ!・・そうだぞ、小林!我々は祐二様を疑った罰をこの身に受けねばねらんのだ!」
小林さんも鈴木さんも、大粒の涙をボロボロこぼして謝罪していた。それはどこか、異様な雰囲気であった。すると、鈴木さんは、コンパスのような針をポケットから取り出し、小林さんの腕に刺した。
グサッ!
「きゃ!な、なにをしてるんですか?」
「こ、これでいいんです!さぁ、小林!おまえも俺を突け!」
「はいであります!そりゃ!」
ズドッ!
小林さんは、鈴木さんの太ももに針を突き刺した。お互いの損傷部から血が噴出す。
「もっとだ小林!うりゃ!」
「いきます!どらぁ!」
ブスッ!ドスッ!
鈴木さんも、小林さんも、何度もお互いの腕や足を交互に刺した。
「もうやめて!やめてちょうだいッ!」
私の叫びに、二人はそのおぞましい行為を止めた。この二人は異常だ。
祐二を敬っているというよりも、神様のように崇拝しているかのようだ。
「失礼しました、レイクミ様。あなた様にはもう少し休んで頂かなければならないのに、とんだ失態を御見せしてしまいました・・・」
「いいわ、とにかく傷の手当をしてちょうだい・・・それになんだか疲れたわ・・・」
私はベッドに横たわった。いきなりの出来事の連続に、気が参ってしまったのだろう。
「わかりました、しばらくお休み下さい。時間が経ちましたら、お迎えに上がります」
「お迎え?・・・何の?」
「はい、夜になったら、ある場所へ連れてくるように、祐二様に仰せつかっております」
「ある場所・・・わかったわ・・・時間になったらまたお願いします」
ある場所とはどこなのか?私はそれを聞く気力さえ失っていた。とにかく今はゆっくり休みたい。そしてゆっくり考えたい。心底そう思った。
私は、病室の白い天井を眺め、ぼぅっとしながら頭を休めた。
これが夢なら覚めてほしい。そう思いながら、私は眠りに入っていった・・・
バララララ・・・
私は、その大きな騒音によって目を覚ました。
「お目覚めで御座いますか?レイクミ様」
こんな大きな音がすれば、目が覚めて当然だ。私の目の前には、鈴木さんと小林さんが立っていた。いつのまにか熟睡していたようだ。
「なんですか?この大きな音」
「外に出ればわかります。少々冷えますので厚着をしてください」
私は茶色のコートを羽織ると、首に白いマフラーを巻いて外に出た。確かに、外はかなりの冷気だった。空は真っ黒で、月の光は見えなかった。一体、今は何時だろうか想像もつかなかった。
とにかく。
今は、この人たちに、あれこれ聞いてもラチがあかない事はわかっていた。
祐二に会って、直接聞いて、そしてこの目で確かめなければならないのだ。
そして、何故ジュンくんが、真相を知ることになってしまったのか、その理由を聞かなければ。
ババババ!
その轟音が何なのか、外に出てはじめてわかった。それはヘリコプターの音だった。
プロペラからの風がすごい・・・私はエリを押さえながら、ヘリコプターの入り口へ入った。
中は以外に広く、六人くらいなら、くつろいで座れそうな広さだった。
そして、その中には祐二の姿はなかった。
「祐二はどこですか?」
しかし、鈴木さんも小林さんも何も答えない。私は仕方ないと思ってシートベルトをした。
「では、まいります!」
ヘリコプターを操縦していたのは、なんと小林さんだった。ああ、そうか。この人は昔、自衛隊にいたことがあったと聞いていたっけ。ヘリコプターぐらい操縦できて不思議はないか・・・
それにしても、小林さんの嬉しそうな顔といったらない。警察官という窮屈な仕事だったから尚更なのかもしれない。とにかく、小林さんにはこっちの方が生き生きしていて似合っていると思った。
ビュウオオー!
ヘリコプターはあっという間に大空高く舞い上がった。空からは明かりは見えなかった。
よっぽどひと気のない場所なのか、それともよっぽど深夜なのかわからなかったが。
それから5分ほどして、私達の乗ったヘリコプターは、ある山に着陸した。それはどこか、見覚えのあるような景色だった。それもそのハズ、そこはなんと。
「あっ、ここって・・・」
幾重にも張り巡らされた有刺鉄線。そこは、天栖村の裏山だとすぐにわかった。
「レイクミ様には、ここから地下に降りて頂きます」
鈴木さんを先頭に、私達は切断された有刺鉄線の先へ前進した。しかし、ここの地下は、このまえの地震で埋まってしまったのではないか?
「ここです。おい、小林」
「はいであります!」
アーミー服に身を包んだ小林さんは、何もない地面の上に鉄の板を打ち付けた。
ガツン!
地面に何か当たった音がして、小林さんは、それをテコの原理でゆっくりと持ち上げた。
するとそこには鉄の大きなフタがあり、そこが入り口になっているようだった。
そこは以前、私達が入った穴に比べるとかなり大きかった。
こんなところにも、別の地下への入り口があったのか・・・
その鉄の扉を開けると、中からひんやりとした空気が漂ってきた。
鈴木さんを先頭に、私達はその穴の中へと入っていった。
オオオン・・・
空気圧の影響か知らないが、何か耳元でうめくような声が聞こえ、私は振り向いた。
「わっ?!」
「・・どうかしましたか?」
鈴木さんは、落ち着いた表情で、何もなかったように答えた。みんなには、今の音が聞こえなかったのだろうか?それとも、聞こえていても知らんふりをしているのだろうか?
私は、背筋が凍りつき、お腹が痛くなってきた。それでも鈴木さんは、私を誘い歩き出す。
カツーン・・・カツーン・・・
乾いた音が、地下の壁に反響する。それは少しだけ心地よい音だった。
少し遠くに、壁が緑色の光で照らされているのが見える。あそこに部屋があるのだろう。
そして、私に見せたい何かが存在しているのだろう。不安の重圧に押しつぶされそうになる。
そこにあったもの・・・それは・・・
「あッ!」
私は思わず声を上げてしまった。
それもそのはず、そこにいたのは黒い服に包まれた祐二と・・・
そして、あづみの姿だったからだ。
「あづみ!どうして・・」
そこには子供の姿をしたあづみの霊がいた。霊と決め付けるにはいささか証拠に欠けるが、それでも正体不明のそれを、私のボキャブラリーの中では幽霊としか例えようがなかった。
「よう、やっとおでましかい、待ちくたびれたぜ・・なぁ?」
祐二は、あづみの霊に向かって微笑んだ。すると、あづみも祐二の顔を見て微笑んだ。
どういうことなの?
まさか、祐二とあづみは知り合いだったとでも言うの?そこにはどんな秘密が隠されているというの?
「そんなに驚いた顔をするなよ、レイクミ。俺達は同級生だったじゃないか」
「やっぱり!祐二、あんたはもと天栖小学校の生徒だったのね?よくも今まで私を騙していたわね!」
「落ち着けよ、そんなに怒るなって」
祐二は、私を小馬鹿にしたような笑い顔をした。
「落ち着いてなんかいられないわ!さぁ説明してちょうだい!その子はあづみなの?!そしてあなたの目的は何?!」
「・・・・・」
祐二は黙ったまま目を瞑った。あづみは、そんな祐二の顔を不安そうな顔で見上げていた。
「あづみ!あんたもあんたよ!なんであんたはそんな子供の姿で霊になっているの?あんたはもっと大人の姿をしてるはずなのよ!」
「・・・れいちゃん・・・それはちがうよ」
なんですって!・・・どういうこと?・・・何が違うというの?
「わかったレイクミ。今からおまえにすべてを話そう。だが、これを聞いたら、おまえもこの事件とは無関係ではなくなるのだぞ・・・いや、もうすでに、無関係ではなくなっているがな・・・」
私は唇を噛み、拳をぎゅっと握り締めた。
「いいわ、祐二、私は全てを受け入れる!そのかわり、あなたの秘密も全て私に明かすのよ!」
「・・・いいだろう、そのために、おまえをここに呼んだのだからな」
私は祐二の目を激しく睨んだ。それは、これから明かされる真実に、負けない為の虚勢だった。
「まず、ジュンくんはどこへ行ったの?真相を知っているのがジュンくんってどういうこと?」
「ほう、それを誰に聞いたのだ?わかったぞ、おしゃべりなヤツめ・・・」
祐二は、鈴木さんと小林さんを睨んだ。二人は申し訳なさそうに身を縮こまらせた。
「まぁよい。だが、それを知るには、話の順序というものがある。私から先に説明させてもらう」
「・・い、いいわ」
「ふふ、聞き分けがよくなったな、あの頃に比べて」
「!・・ふざけないで、今更昔の話なんて聞きたくないわ!」
「それもそうだな、おまえを騙していた者の言う事など聞きたくはないか。しかし、これから俺が話す事は全て真実なのだ。まずは、ここにいる子供の事だが・・・」
祐二は、自分の目の前にいるあづみに目を向けた。
「あまえはこの子供を、江藤あづみの死んだ霊だと思っているようだな」
「そ、そうよ。天栖村で久しぶりに再会したあづみは、私の目の前で血を吹いて死んでいった。なぜか知らないけど、そのあづみは、子供の姿になって私の前に姿を現したのよ」
「ふふ、大半は当たっているが、それは少し違うな。この子はおまえの知っている子ではない」
「何で?それがあづみじゃなかったら、一体誰だっていうの?!」
「確かに目の前にいるのは江藤あづみの霊だが、おまえの目の前で死んだ女は江藤あづみではないということだ」
「どういうこと?じゃ、じゃあ、あれは誰だって言うの!」
「あれは・・・島津紗江だ・・・」
「島津紗江ですって?サオちゃんのことなの?そんな・・サオちゃんは病弱でどこかに引っ越したって聞いたわ!そんな彼女がなぜ・・・」
「引っ越したのではない。彼女は、江藤あづみの代わりとなって、ずっと生活をしてきたのだ」
「代わりって・・・」
「小学校当時、島津紗江は、ある人物に命令され、死んだ江藤あづみの代わりとなった・・・」
「ある人物って誰よ?!」
「それは後ほどに話すとしよう。とにかく、おまえが大人になって天栖村で再会した女とは、江藤あづみの代わりを演じていた島津紗江なのだ」
「どうしてそんなことを・・・わからないわ!」
「わからないのは無理もない、島津紗江が江藤あづみとして演じなければならなかった理由は、天栖小学校を創立させた、ある巨大企業の力があったのだ」
「巨大企業ですって?それが天栖小学校を作ったっていうの?一体何のために?」
「おまえも少しは体験したからわかるだろう。それはここにいる、本物の江藤あづみが知っているのだ。こいつの能力が、全ての事件の発端になったのだ!」
「あづみの能力・・・まさか、そうやって霊になる事が、特殊な能力だっていうの・・・そんな話、信じられるわけないじゃない!」
「おまえ達の悪いところは、自分の許容範囲を超えた事態に直面した時、それを真実と受け止められる柔軟な思考がないということだ。自分の知らない事は全て夢か幻にしてしまうことだ」
「そりゃ、場合によるわよ。だって、幽霊とこうして話してるなんてありえないわ」
「目の前にいてもか?」
「う・・それは、そうだけど・・・」
「ある巨大組織は、今おまえが目の前にしている能力を分析し始めたのだ。死んで尚、意識が残っている状態にするにはどうしたらよいかを、徹底的に研究したのだ。そしてそれは、机上の論理であるが、実現可能という答えを出した」
「まさか!?幽霊ってのは、呪縛が現世に残っているからそうなる訳で、それを任意に作ることなんて無理に決まっているわ!」
「ところが、それが実に起こったとしたら・・・どうだ?」
「そ、それが、そこにいるあづみだって言うの?」
「・・・・・・」
祐二はしばらく黙り込んだ。
「いや、ちがう・・・それはおまえだ・・・高見沢麗久美」
「えっ!な、なにを言っているの?私が?・・そんなバカな!」
「おまえはまだ気づいていないだけだ。だが実際、経験はしてきただろう?誰かに話しても信じてもらえないような不思議な体験を。それこそ、笑われて頭のおかしな奴だと思われるような内容の経験を」
「う・・」
私は言葉に詰まってしまった。確かに、私は不思議な経験をしてきた。
だけども、それが自分で自然に作り出したものではなく、異世界のような空間に誘われるような感じだったのだ。
「それがおまえの能力なのだ。知らず知らずのうちに、自らを霊体化することを実現させていたのだ!」
「ち、ちがう!あれはただの夢よ!そうよ、あれは・・・」
「幻とでも言うのか?だが、おまえは霊体になることで、あづみともコンタクトすることが出来た。違うか?」
「そ、そんなこともあったけど・・でもあれは偶然で・・・」
「まだ言うのかッ!!」
ビクッ!
私は祐二の声の迫力に驚いてしまった。
「その能力はこの世界を変えるほど崇高な能力なのだ!その名を、『アストラル体』と言う!」
「アストラル体・・・あれが・・・」
「そうだ!そして、アストラル出来る人間は、常人では出来ない能力を開花する事で、様々な分野の頂点に立つことが出来るのだ!」
「そ、そんな・・・大げさだわ。たかが、あんな事ができてどうなるって言うのよ?」
「それなら教えてやろう、おまえが地下に閉じ込められた時、そこをどうやって脱出したのか覚えているか?」
「お、覚えているわけないじゃない・・その時、私は気絶していたんだから」
「そうではない。あそこの地下の出入り口には監視カメラが設置してあったのだ。その映像で見る限り、突然、爆発のような現象が起こり、地面からおまえが埋もれているのを発見したのだ」
「うそ!そんなこと私に出来るはずがない!き、きっと・・ジュンくんが爆薬か何かで私を助けてくれたのよ!そうよ、そうに決まっている!」
「ほう、あいつがなぁ・・で、その爆薬で助けてくれた命の恩人は今どこにいるのだ?」
「それは私が聞きたいわ!ジュンくんは、爆発のショックか何かで意識を失っているんだわ、それをあなた達が隠しているのね!ジュンくんをどこに隠したの?!出しなさい!」
「くっくっく・・・わははは!」
「何がおかしいのよ?」
「それでは教えてやろう。おまえが調べていた事件、天栖村同級生殺人事件の犯人の名前をな。それはおまえが一番良く知っている名前だ」
「私が知っている人・・・?」
「そうだ。そして、天栖村小学校の同級生で、まだ生き残っている人間・・・」
「ちょっと、まさか・・・」
「そのまさかだ!事件を計画し、おまえを陥れようとした人物!それが本間純一郎なのだ!」
「そんな!・・・う、うそよ・・・ウソだと言ってよ!祐二―っ!!」
だがしかし、そこに虚しく声が響くだけだった。
驚愕の真実に、私の頭は耐えられなかった。
そして感情のタガのはずれた私は、その場で泣き崩れてしまった。
様々な感情、悲しみと怒り、情けなさと恥辱、それらがミックスされ、私をグジャグジャに掻き混ぜた。
そして次の瞬間、私はさらなる衝撃を受けなければならなかった。
「もうひとつ教えてやろう・・・本間純一の本名・・・それは、阿久津純一だ」
「!!!!・・・・いやぁ!ウソよ!」
「くくく・・・ホントウだ」
「ひいぃ!あぐぅ!……うわああぁッ!あああ!」
真っ白だ。何もかもが真っ白になってゆく。
私の意識が私の意識でなくなり、そこから新しい意識が昇天していく。
これ・・・この感覚・・・これがアストラルだって言うの!?
私は、祐二の言う通り、霊体として、いや、アストラル体になっていた。
あまりにも異常な速度で膨大な感情を処理しきれなくなった私は、生きたまま死に、そして生きていた。自分の体から抜け出た自分の精神。それが本体となって白く光輝いているのがわかる。
それは、生粋であり純潔だ。そう感じられる。
そして、あづみの霊と同じ体質になっているのが手にとるようにわかる。
私は、アストラル体になったのだ。
「素晴らしい・・・これが俺が求めていた結果なのだ・・・気分はどうだ?今どんな気分なんだ?!」
「・・・・・・」
私は、祐二の顔を腐った魚を見るような目で見た。
「おお、その鋭くも凍りつくような視線・・・それこそアストラル体の眼差しなのかもしれない」
「ふざけないで・・・」
「?」
「ふざけないでって言っているでしょ!」
ボゴォン!
突如、祐二のまわりの地面がえぐれるように陥没し、そして膨れ上がって爆ぜた。
「ぐわぁ!」
「これが、これがあんたの求めた結果だっていうのーッ!」
「お、落ち着け・・・これは素晴らしい事なのだ・・・そんな風に感情を垂れ流しにするものではない・・・いいか、これは今世紀最大の出来事なのだ!」
「ばからしい・・・」
「なんだと?今何といった!」
「あなたは最高の作品でも作ったつもりかもしれないが、それは最高失敗作よ!だって私はあなたに協力するつもりはない!そればかりか、私のこの能力で、あなたを殺すことだって出来るのよ!」
「・・・ふん、おまえにやれるものか」
「やれるわ!みてなさい!」
(そんなことしたらだめだよ・・・れいちゃん・・・)
「あづみ?どうして?あなただって、その力を研究か何かに利用されてるだけなのよ」
「ちがう・・・ゆうちゃんは、ホントにこの世界の事を考えているの・・・だから、これ以上ゆうちゃんを傷つけちゃだめ・・・」
「あづみ・・・」
あづみの言葉に、私は、少しだけ感情を冷ますことが出来た。
鈴木さんと小林さんは、驚きのあまり腰がぬけて立つことも出来ないようだ。
こんな力がいったい何に役立つっていうの?・・・まるでバケモノじゃない・・・
私は、自分の精神がするりとぬけていく感覚を覚えた。すると、私はもとの体に戻っていた。
「もどったのね・・・自分の意思で、もとに戻ることができるのね・・・」
私はやりきれない気持ちで祐二の顔を見た。祐二の前にはあづみが立ち塞がっていた。
「わかったわ、あづみ。じゃあもっと教えて、もっと教えてくれたら私は祐二を攻撃しないから」
「うん・・・約束だよ、れいちゃん・・・」
あづみは、私の側にきてニッコリと微笑んだ。
「ふふ・・いまに見ていろよ、ジュンイチめ!ふはは・・・」
祐二は、そのまま意識を失ってしまったようだ。無理もない。私の放った爆発で、体中傷だらけなのだから。
それにしても、私はこれからどうやって自分の気持ちを収めていったら良いのだろうか?
すべてが納得できないままに。いや、納得できるハズもない。
こんな、突拍子もない出来事を、どうして納得できるのだろうか?
私の不安定な心とはうらはらに、事態は急速に変化していくのでした。
明日……となる しょもぺ @yamadagairu
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