第9話 彼の腕の中
ACT-9 『彼の腕の中』
天栖小学校の裏山で見たあづみの幽霊。
その後を追い、地下で起きた突然の地震。
それは死者の霊を冒涜した報いなのだろうか?
それからどのくらい経ったのだろう・・・
どうやら私は、さっきの地震で気絶していたらしい。私が目を覚ますと、そこは暗闇だった。
しかしそれは、あづみと出会った漆黒の闇ではなく、光がないだけのただの暗闇だった。
あたりが土煙っぽい臭いで充満している。よく見えないが、たぶん壁とかが崩れているのだろう。
「ジュンくん・・・す、鈴木さん!小林さん!」
私は皆が無事か確認するために大声を出した。
しかし、あたりは静まり返ったまま誰の返事も返ってこない。
「れ、レイクミか・・・そこにいるのは・・・」
「ジュンくん!どこなの?!」
「声の大きさからして近くにいるよ・・・でも、天井が崩れてきて、足を痛めたらしい」
「だ、大丈夫なの?!」
「う!・・かなりの激痛だ・・すごく痛いよ・・血も流れているようだし・・・レイクミは大丈夫なのか?」
「私は大丈夫!それよりどうしよう?!暗くて全然見えないわ!どうしたらいいのかしら!?」
辺りがまったく見えない暗闇に私は焦り、深層心理が恐怖に支配された。
「落ち着くんだレイクミ・・・まずはライトを探すんだ」
「えっと、ちょっと待って・・・あ!ポケットに入ってたわ!」
私はペンライトのスイッチを入れ、ジュンくんの声のする方向を照らした。
そこには、ジュンくんの顔が浮かび上がって見えた。それで私は少し安心した。
「よし・・ボクのことはいいから、まずは、そこから出口までどうなっているか調べてくれないか?」
「うん、やってみる・・・」
私は出口の方向をライトで丹念に照らした。
「あ!ダメ!この部屋は完全に埋まっているわ!土砂でふさがれている!」
「なんだって?!・・・まずいな、ヘタをするとこのまま酸欠になる可能性もある・・・」
私は、部屋の四方八方をくまなく照らしてみた。しかし、この部屋は完全に埋まってしまっていた。
天井が押しつぶされなかったのが不幸中の幸いだろう。
「鈴木さーん!大丈夫ですかぁ!小林さーん!」
そうだった。出口へ向かった鈴木さんと小林さんはどうなったのだろうか?
無事脱出して、今ごろ私達を救助しようとしているのだろうか?
それとも、私達と同じように閉じ込められてしまったのだろうか?
最悪のケースだって考えられる・・・このままじっとしていてはダメだ。なんとかここから脱出しないと。私はとりあえず、埋まった土砂やらガレキをどかそうとした。
「う・・くっ!だめ!・・まったく動かないわ!」
しかし、女の私の力ではビクともしない。私は不安な顔でジュンくんの方を振り向いた。
「まいったな・・ボクは動けそうもないし、この部屋から外がどうなっているのかも分からない・・・八方塞がりだ・・・」
「な、何か方法がないかしら?!そうだ、携帯・・・ダメ、圏外だわ・・・ど、どうしよう!」
「焦っちゃだめだよ、レイクミ。とにかくこっちへ来てくれ」
私は四つんばいになりながら、這ってジュンくんの側へ向かった。
「ボクの横に来てくれ」
私は、ジュンくんの横に座った。ジュンくんは何をするというのだろうか?
「!・・ど、どうしたの?」
するとジュンくんは私の肩を抱えて頭を撫でてきた。
「ほら、こうすると落ち着くだろ?こういう時こそまず冷静にならなきゃね」
「う、うん・・・ありがと・・・」
ジュンくんの意外な行動に、私は少し照れながらお礼を言った。
それにしても、とんでもないことになった。
まさか、この地下に入っている時に地震が来るとは思ってなかった。
それとも、あのミイラの入った棺を開けたせいなのだろうか?
まさか・・そんなバカなことが起こるわけがない。
もしそうならば、この地震はあづみが起こしたことになる。幽霊の力がそんなに大きいとは思わない・・・
いけない・・・私ったら、完全に幽霊のせいだと決め付けてしまっている。
これは唯の偶然なんだ、あづみとは関係ない。私はそう思うことにした。
「それにしても、今何時かなぁ。お腹が減ってきたよ」
「今はそんな事言っている場合じゃないでしょ!早く何か脱出する方法を探さないと・・・」
「焦っても良いアイデアは出ないよ。そうだ、ボクの鞄の中にチョコレートが入っていたハズだ。それを出してくれないか?」
私は、ジュンくんの肩にかかっている鞄から、チョコレートの箱を取り出した。
「これ食べると落ち着くんだよね。チョコレートの成分が、精神に安らぎを与えてくれるんだ」
「そうなんだ、私チョコ大好き」
「ボクも好きでよく持ち歩いているんだよ。はい、あ~ん」
「い、いいわよ、自分で食べれるから」
「じゃあ、あげないよ」
「いじわるぅ、もう、わかったわよ」
私はジュンくんの手から運ばれたチョコを口にいれた。
「うん、おいしぃ♪ねぇもっと」
私は口を開けておねだりした。
「はい、はい」
ジュンくんはもう一度私の口にチョコを運んだ。なんだかひな鳥の気分になったようだ。
「じゃぁ次、はい」
するとジュンくんは、口でチョコを咥えたまま私に食べさせようとした。
「ばか、そんなことするわけないでしょ」
私はジュンくんの口からチョコを取るとそれを食べた。
「やった、これで間接キスだね」
「あ、しまった、ずるい」
「へへん、作戦勝ちだよ」
「もぉ・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
私達はお互い黙ってしまった。
すると突然、私の中で猛烈に恥ずかしい気持ちが込み上げてきた。
なんと、いま私はジュンくんとイチャついてしまったのだ。
最悪の状況に陥ってしまったからこそ、こんな恥ずかしい行為をしてしまったのだろうか?
それにしても、ジュンくんがこんな愛嬌のある人だとは思ってもなかった。
もっと堅物で、女の気持ちのカケラもわからない無神経なヤツだと決め付けていたからだ。
でも、不安になった私を、ジュンくんは優しく慰めてくれたのだ。それは素直に嬉しかった。ちょっぴり見直したかも。
「・・ねぇ、私たちこのままどうなるのかしら?」
「こんな山奥じゃ誰も来そうもないし、まさかボク達が生き埋めになっているとは誰も思わないだろ」
「そうね・・・それにしても心配だわ、鈴木さんたち・・・」
「うん、呼んでも返事がないのは気絶しているのか・・・あるいは・・・」
ジュンくんは黙ってしまった。そのあとの言葉は言わなくても私もわかっている。
ひょっとしたら、鈴木さんと小林さんも既に生き埋めになっている可能性がある。
出口の方が狭かったから、土砂が崩れたらひとたまりもないだろう。逆にこっちの部屋の方が広かったから全て埋まらずに済んだのだ。
「なんだか頭がボーッとしてきたわ・・・」
「ヤバイな、どうやら酸素がなくなってきたのかもしれない。それともどこからか一酸化炭素が流れ込んできた可能性がある」
「じゃぁ、このまま脱出できなかったら・・・」
「そうだね、最悪の状況も考えられるよ」
「そんなぁ!28歳で死ぬなんていやよ!まだ私は結婚もしてないのに!」
「まだ、死ぬと決まったわけじゃないだろ。希望をもたなきゃ」
「でも、絶対に生きてここを出られるわけじゃないでしょ?」
「そりゃそうだけど・・・でも、出られないって決まったわけじゃないよ」
「で、でも、ここから出られない確率の方が高いんでしょ?」
「それはレイクミが勝手に決めた確率であって、出られない確率が低いと確立したわけじゃない」
「でもその確立って・・ああ、もう!なんだか頭が混乱してきたわ!」
「はは・・・そうだ、その望み、ボクが叶えてやろうか」
「え?何か脱出の方法でも思いついたの?」
「ちがうよ。さっきレイクミが言った言葉のことさ」
「さっき言ったって・・・まさか・・・結婚のこと?」
「そうだよ、それしかないだろ」
「え・・・あっははは!何よそれ!」
「わ、笑うことないだろ!」
「だってぇ、ジュンくんと結婚だなんて考えられないんだもの」
「あ~、ひどいなぁ!」
私とジュンくんはお互いに笑った。
「もし、このまま死んだなら・・・」
ジュンくんは、急に真面目な顔を私に近づけてきた。
「思い返してみればボクの人生は、はたして満足いくものだったのか?・・・そう考えたら、結婚はしたかったかもしれない」
「それはそうね・・・誰だって人生に悔いがあるまま死にたくはないわよ」
「それに、この状況でその願望を叶える方法があるとしたら、方法はひとつしかないわけだろ」
「そ、そりゃそうよ。私とジュンくんしかいないんだから、ひとつしかないに決まっているわ」
「じゃぁ、決まりだ・・・ボクと結婚してくれ・・・」
「え・・う、うん・・・そ、そうね・・・でもこのまま死んだらのハナシよ!」
「ああ、ボクたちはこのまま死んでゆく・・・だから今、ここで結婚式をあげるんだ」
「こんな真っ暗闇の中で?いささか雰囲気にかけるわね」
「ははは、そうだね。たったひとつのペンライトしか明かりがないなんて、こんなムードのない結婚式ないよね」
「ほーんと、もう最低。ホントだったら、純白のウエディングドレスに身を包んで、豪華な食事と華やかなキャンドル、そして祝福してくれる友達に囲まれているハズなのに」
「贅沢言うなよ、そもそも明るくて華やかならいいってワケじゃないだろ」
「それもそうね、私はあんまりハデな結婚式より、身内だけでしんみりとあげたいと思っていたわ」
「ボクだってそうさ。ハデな結婚式なんてする気はなかったし」
「・・・ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「いいけど」
「ジュンくんって好きな人いたの?」
ジュンくんは黙って少し考えていた。
「・・・エジプトにね、カレンって助手がいたんだ。ボクと同じで研究熱心な子でね、ボクとカレンはいつも研究について何時間も語り合っていたものさ」
「ふうん、じゃあ、その子のこと好きだったの?」
「その時はまだわからなかった。でも、ある事故で遺跡が崩れて生き埋めになってしまったんだ・・」
「え!・・そうなんだ・・それでどうなったの?」」
「なんとか助け出したんだけど、小声で喋るのがやっとの状態だった・・・」
「そう・・・」
「それでカレンは、最後にボクと結婚したかったって言ってくれた。ボクは悲しくて涙が止まらなかった・・・それでやっと気がついたんだ、ボクもカレンの事が好きだったってね・・・」
「・・・・・・」
私は黙ってジュンくんの顔を見詰めた。とても悲しそうな顔をしていた。
「だから、もうそんな別れは嫌なんだ。好きな相手に気持ちを伝えられないなんて、ボクは嫌なんだ」
「ジュンくん・・・」
「だから、レイクミにボクの気持ちを知って欲しかったんだ。だってボクは、レイクミの事が・・・・・」
ジュンくんは、私と目を合わせたまま黙ってしまった。
「わたしのことが・・・何?」
「す、好きだから」
「・・・ありがとう・・・」
ジュンくんの突然の告白に、私は赤面してしまい、ジュンくんの顔をまともに見れなかった。
まさか、ジュンくんが、私の事をそんなふうに思っていたなんて考えもしなかった。
でも確かに、ジュンくんとは縁があったのかもしれない。
数年ぶりに再会し、天栖村の事件で私を助けてくれた事。
そして、今も事件の謎を解明しようと一緒になって行動している事。
最初に比べて、だいぶジュンくんの事がわかってきたし、全然関心のない相手ではなくなってきているのかもしれない。
これは私も、少しずつではあるが、ジュンくんを嫌でなくなってきている証拠かもしれない。
言い換えると・・・私もジュンくんの事を好きになりつつあるのかもしれない。
「それじゃあ、結婚式をあげるよ。パンパカパーン♪パンパーカパーン♪」
「やだ、なにそれ。ひょっとして新郎新婦入場のテーマ?」
「ん、そうだよ」
「ジュンくんって音痴なのね」
「うるさいな、それより今は大事な場面なんだ。スポットライトを浴びたボクとレイクミが、式場に入場するところなんだからね」
「ん~、なんかイマイチ想像できないな」
「そう?ボクなんかハッキリ思い浮かべられるよ。まずは親戚一同に挨拶して、それからウエディングケーキをカットするんだ」
「ケーキなら想像できるかも。それでふたりで手をついないで・・・それでケーキを切りました」
「会場からは拍手喝采の雨あられ。そしてふたりは誓いの口付けをするのです」
「え、なんだか展開早いね」
「いいじゃない、それがメインなんだから・・・」
「メインって・・・ん・・・・」
私の唇と、ジュンくんの唇が重なった。ジュンくんの唇から熱い体温が感じられた。
私はそれを感じて、はじめて、「ああ、キスなんだな」と思った。
以前、私には祐二という恋人がいた。
彼は酔っ払うと、よく私に結婚しようと言っていた。
それが冗談なのか本気なのかよく解らない時もあったけど、私はやっぱり嬉しかったのかもしれない。
私のことを必要と思ってくれる男性がいるのは、けして悪い気はしなかった。
だけど、その祐二はもういない。私が好きだった祐二はもう変わってしまった。
それに、天栖村同級生殺人事件に、何かしら関係しているかもしれないのだ。
そうでもなければ、私とジュンくんを執拗に追ってまで殺そうとはしないだろう。
果たして、祐二は今どこでどうしているのだろうか?
そして、このまま事件の真相に辿りつけないまま、私達はここで死んでゆくのだろうか?
ああ・・それにしても頭がいたい・・・そして眠い。
私はジュンくんの肩に頭を預けた。そして目を閉じた。
ふたりの想像上だけではあるが、ジュンくんと結婚できた。
もし、ここを無事脱出できたなら、私とジュンくんは平和な家庭を築けるだろうか?
子供ひとりと、ワンちゃん一匹。小さいながらも庭のある家で、私達は笑って暮らしていけるだろうか?
うすれゆく意識の中で、私は想像の中で幸せにひたっていた。
だが、目前に迫る突然の光景に、私は我が目を疑った。
なんと!そこには、狂気の顔で私の首を絞めるジュンくんがいたのだ!
「ちょ・・ジュンくんやめ・・苦しい・・・・」
「死ね!レイクミ!」
ぎゅぎゅぅ・・・
力一杯締め上げる力に、私は抵抗できなかった。私の口からは唾液が垂れた。喉がむせるような激痛に蝕まれていく。私は精一杯爪を立てて抵抗するが効果は得られなかった。
それよりも、何故ジュンくんが私の首を絞めてくるのか理解できなかった。
何故、どうして?私が何かジュンくんを怒らせたから?
ううん、私は何もしていない。それなのに、ジュンくんが私を見る目つきは、まるで親の敵のように殺意が篭っていた。私はジュンくんの突然の豹変振りに悲しくなって涙を流した。
そして、涙が地面につたる頃、私の腕がだらりと垂れ下がり、そのまま力尽きた。
私は結婚式をあげたあと、なんと、その男に殺されてしまったのだ・・・
ズキン ズキン ズキン
痛みの波が、テンポ良く私の体の中を流れていく。
ここはどこ?真っ白な空間に白い霧のようなモヤで形成された空間。
ここは天国?そうか・・私は死んでしまったのかもしれない。
しかもジュンくんに、首を絞められて殺されてしまうなんて、何が何だかワケがわからない。
でも、死んでしまったのは仕様がない。いまさら私を殺した理由が何か解ったところで意味がない。
死んだ死んだ。それもあっさり。
こんなものか、人生なんて。そう思えば、全てがどうでもよくなってきた。
もういいか。もうこれでお終いなんだから。
おや・・・・・なんだろう?
あそこにテレビのような画面があって、そこに見える映像。
あれは・・・誰か知っている人物。あれは祐二ではないか。どうして祐二が映っているのだろう?
私はそれを不思議に感じたが、とりあえずその映像を見てみようとそこに腰を下ろした。
映像の中身はこんな内容だった。
ザー・・ザザッ・・・(砂嵐)
1982年 初夏
イカ釣り漁船にのった祐二=イコール俺は、吊り上げたイカを、細く切ってイカソーメンにして食べた。
ツユではなく醤油をかけ過ぎたので、ちょっと塩っぱかったが、鮮度の良いイカは大変美味かった。
燐には親父がいた。これが親父との最後の行楽だった。この時4歳。
俺の家は金持ちだった。
それもちょっとばかりの金持ちではなく、超がつくほどの大金持ちだった。
そのせいか、教育に関してはとても厳しかった。
家庭教師を何人も雇い、とにかく勉強、勉強、勉強の日々だった。
幼かった俺は勉強が嫌になり、一度だけ抜け出したが、親父にすぐ捕まり、地下の牢屋のような部屋に込められた。空腹に次ぐ空腹。与えられるのは水だけだった。
よろよろになってそこから出してもらったのは一週間後だった。それから俺は二度と逃げまいと心に硬く誓った。あんなに辛い経験は二度とゴメンだからだ。
余談だが、その後こっそり食堂で食べた玉子かけご飯が、殺人的に美味かった。
そして小学生。
俺は外国の有名な学校へ行く予定だったが、数ヶ月ほど、辺鄙な田舎の学校へ通うことになった。
駄菓子屋という不衛生極まりない店に初めて入り、そこで甘納豆を買って食ったが大変美味かった。
そんな村にあるこの学校は、『天栖小学校』といった。
俺はこの学校が嫌いだった。なぜかというと、バカなガキしかいないからだ。俺と話が合うヤツはいない。しかも、くだらない遊びをして死んだヤツもいたから、尚更バカに見えた。
ただ、気になる女の子がひとりだけいた。
俺は、この子と会うためだけに学校へ通った。今更ながら、純情すぎて笑える話だが、俺は将来その子と結婚しようと胸に決めていたのだ。
数ヵ月後、短い時間であったがお別れの時が来た。
当初行く予定であった外国の小学校へ転校することになったのだ。別に未練はない。が、あの子のことだけは忘れたくなかった。
俺は外国に旅立つ日、その子に向かってプロポーズをした。
思い返せばマセたガキであったが、当時は本気であった。
社会の仕組みを知らない子供にとっては、自分の本心を貫くことが正義だと思っていた。
だから、絶対この子を外国に連れていこうと決心した。
俺のとった行動。
それはこの子を眠らせて外国に連れて行くことだった。平たく言えば拉致。
俺は拉致、いや、自分の願望を叶える為、睡眠薬をこっそりと服用させた。少しばかり量が多くなってしまったので、その子は少し危ない状態で眠ってしまった。
睡眠薬を大量に飲んでも死ぬワケがない。今ではそういう浮説もあるが、俺のとった行動は、それにプラスしてアルコールを一緒に摂取させたのだ。
あの子は嫌がっていたが、それでも俺と一緒になれば幸せになれるから、我慢して強引に飲ませた。
それでも直ぐには眠らなかったので、少しイライラした俺はその子の腹部を殴り、後頭部を強打した。
その子は、やっとのことで眠りについた。ただ少しだけ出血していたようだったが。
俺は、その子をずるずると引きずって木の箱に入れようとした。
工事現場の道具を仕舞って置く小屋に木箱があったので、少し臭かったが、俺は我慢してそれにその子の体を押し込もうとした。
しかし、ここで思いもよらぬ事態が起こった。
その子はグッタリとうな垂れているのに、その子の声が聞こえてくるではないか。
その子の声はこう聞こえたた。
(だめだよ、ユウジくん・・その箱に私を入れちゃだめだよ・・・)
どういう理屈と仕掛けなのだろうか?
この世に生れ落ちて6年間。そんな不思議な現象を理解することは出来なかった。
ただひとつ解ったのは、人間というのは、自分の許容範囲を超えた不可解な出来事に遭遇すると、とりあえず恐怖を感じるシステムになっているようだ。
恐ろしくて怖くてどうしようもなくなった俺は、その子をそのままにして小屋から逃げ去った。
そして20年以上の月日が経った。
俺は海外で様々な分野の知識を詰め込み、それを日本の親父の会社で役立たせようと帰国した。
日本に帰り、和食が恋しかったので料亭で馬刺しと胡麻焼酎を頂いた。とても美味かった。
その時だった、ちょうど親父が死んだと連絡が入ったのは。
せっかく親父に恩返し出来ると思ったのも束の間。
俺は悲しみを隠すように親父の会社を継いで仕事に勤しんだ。
しかし、おおよそ検討はついていたが、親父から受け継いだ会社というのは、明らかに他の会社とは違っていた。何が違うかと言うと、世間でまかり通っている常識を逸脱していたのだ。
もっと平たく言うと、合法で公正に執り行われなければならないものを、非合法かつ不正に取引しているのだ。だからこそ巨額の利益を弾き出す事が可能な訳で、金が更なる金を生んでくれるのも当然だった。
ここで俺の学んだ事は、貧乏人はどんなに抗っても貧乏人で終わるのだと知った。
まぁ、そんな事はどうでもいいが、親父の会社の中で、俺が唯一注目すべき事業があった。
それは事業というより研究の分野であった。
俺はそれに惹かれ、その特殊な事業を成し得る為に邁進した。
結果、それなりの成果を出す事が出来たが、それは未だ完成の域に達してはいない。
それから、紆余曲折と度重なる失敗を繰り返すが、俺の描く絵が完成するには何かが足りなかった。
焦りと苦しみと重圧の連続攻撃を、肌がボロボロになるまで受け続けた。
そこで俺は、あることを思い出した。
日本の田舎の小学校で、俺が数ヶ月間滞在した時の出来事。
そう、それこそ俺が追い求めてきた研究の答えだった。
それからの研究は、紐をするすると解き解すように進んでいった。
そして遂に見つけた!その答えを!
俺は笑いが止まらなくなり、日本酒の冷で車海老の天婦羅をやっつけた。美味かった。
東京である実験体を見つけた俺は、自らもそこに住むことにした。
その実験体こそ、天栖村小学校で同級生だった女だった。私はその女にコンタクトをとり近づいた。
『偶然を必然に起こせば、偶然でしか落とせない女も必然に落とせる』
これが俺の座右の銘であった。ようするに、偶然出会ったフリをしてそれを運命と思わせる方法だ。
女というのは運命という言葉に極端に弱い他愛のない生物だ。
知らず知らずのうちに、偶然起こった出来事こそ、自分にとって運命の相手だと勝手に決め付けてくれるのだ。
それを金の力で強引に行なう。方法は簡単。まずその女を興信所、探偵等様々な方法で調べ尽くす。
盗撮、盗聴、情報の売買等にて。金に困って他人のプライバシーを売る奴はいくらでもいる。
趣味、性格、生年月日、好き嫌い、BWH、恋人の有無、性癖、金銭感覚、etc…
そしてそれに合わせてその女好みの店を作る。例えば、安くて美味しいパスタの店、ちょっとオシャレで雰囲気の良いバー、落ち着きのある居酒屋、好きなネタだけ特価で安い寿司屋など。
そうすれば、その女と出会う確立は跳ね上がる。
なぁに、俺の財政力を使えば簡単ことだ。サラリーメンではちょっとムリだけどね。
その店の店員は全て俺の知り合い。その店のお客も全て俺の知り合い。
と言うよりも、全て俺の会社の部下たちだ。だから、そこで睡眠薬を入れて眠らせようが何をしようがおかまいなしだ。
そして思惑通り、その女は俺と付き合う事になった。好きでもないただの実験体と話しを合わせるのは苦痛だが、その分、眠らせた後の実験は格別に楽しいものだった。
自分の狙ったとうりに事が運び、データが取れた瞬間の悦びは格別だ。
だが、ここで思いも寄らぬ邪魔者が現れた。
そいつは昔、俺が徹底的に排除した男だった。それがどういう訳か復活しやがった!
俺はそいつの顔を見ただけで胸クソが悪くなり吐き気がする。
しかもそいつは、何故か俺の実験体と一緒に行動を共にしていたのだ。
俺のモノに手を出そうとするヤツは絶対に許さない!
憎悪に身を焦がされるほど感情を掻き乱された俺は、そいつに一心不乱に飛び掛かった。
もちろん殺すためだ。
残念ながらその場は逃げられてしまったが、後から考えれば、いささか無計画であったと反省した。
だがいい、そいつを地の果てまで追って殺してやればいいのだ。その分、俺の楽しみも増える。
あいつだけは、あいつだけは俺の手で殺さねば気がすまない!
だから部下にもけして手を出させないよう指示してある。
俺の手でその男を殺すことが俺の使命でもあり、亡き父への弔いでもあるのだ!
しかし、その男を殺そうと追った先は、なんとあの天栖村だったのだ!
これは一体どういうことだろうか?奴は何故、この村に帰ってきたのだろうか?
まさか、奴は気づいてしまったのだろうか?天栖村で起こった秘密、いや、悲劇の全貌を!
こうなったら一刻の猶予もない。俺の計画を邪魔する奴は誰であろうと許さない。
俺は強行手段として、実験の一部をあえて奴に見せ付けることで興味を惹かせて誘い出した。
そこで俺が取る行動の予定とは違ってしまったが、結果的には同じことだ。
俺は奴を追い詰め、奴の息の根を止める寸前までに至った。
だがしかし!俺の予想を超え、実現して欲しくなかった結果の前に、またもや煮えたぎる煮え湯を飲まされざるを得なかったのだ。
だから俺は、それを阻止する為にあらぬ行為を犯してしまった。
これが正しいのかはある意味、賭けに近い。俺ともあろう物が、運という要素にしがみつく事になってしまったのは最大の失態であり、敗北感に打ちひしがれる程の情けない結果になってしまったのだ。
こうなったら後には引けない。この女を利用して、奴の暴虐を食い留めなければならない。
だから俺はその女に向かって叫んだ。
さあ!目覚めよ!そして俺に跪くのだ!と。
ザー・・・・・(砂嵐)
私はそこでポカンと口を開けたままだった。開いた口が塞がらなかった。
真っ白な世界で、テレビのような画面から発せられた映像。
私はそれを見て、唖然、呆然、愕然としてしまった。
何もかも意味不明なこの世界。そしてこの私・・・
そこで私は、何者かに呼ばれる声を聞いて目覚めることになる。
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