第3話 エースパイロットの目醒め

「はぁあ……」


 地下深くの地下牢に幽閉された、一人の男。置かれている状況に対して、余りにも緊張感に欠けるため息を漏らす彼は――牢の隅で膝を抱え、明日の朝日を夢見ていた。

 その両手は、超合金製の手錠で封じられている。


 ◇


 ――あの後、結局ゼナイダに捕らえられたカケルは敢え無く連行され、カリンの保安事務所の地下牢に封じられてしまった。

 その様子を事務室からモニターで監視するゼナイダを、カリンがじろりと睨む。


「……あんたねぇ。ちょっと胸触られたくらいで、大袈裟なのよ。これだけ懲らしめたら、もう十分でしょ?」

「さ、先ほどのことは忘れなさい。私の、生涯の汚点だわ。……それより、保安官のくせに犯罪者の肩を持つの? あなた」

「まぁまぁ、二人ともそうカリカリするでない。今日一日くらい牢で一晩反省させて、明日には帰してやってもよかろう」


 包帯だらけのジャックロウは二人の口論を取りなそうと口を挟むが、そんな小柄の老兵にゼナイダは厳しい目線を向ける。


「ジャックロウ・マーシャス三等軍曹。あなたの発言権を認めた覚えはないわ。……それに明日に帰すつもりもない。公然猥褻罪は最低六ヶ月以内の懲役。それがルールよ」

「最低六ヶ月以内なら明日帰してもいいでしょうが! ホンット頭カチカチなんだから」

「黙りなさい乳牛」

「んぬァんですってェ!?」


 ゼナイダとカリンの睨み合いはさらに加熱し、互いの乳房が双方の胸を圧迫する。それを受け、ジャックロウが鼻の下を伸ばして身を乗り出してきた。


「落ち着かんかい二人とも! 喧嘩するならワシもそこに挟んで――はばがッ!」


 ――直ちに両者の蹴りで黙らされたが。

 カリンの踵落としとゼナイダの蹴り上げが同時に炸裂し、ジャックロウの顔面が上下からの挟み撃ちにひしゃげる。

 再び血だるまと化した彼は、力無く崩れ落ち――彼女達はその惨状を意に介さず、睨み合いを続行した。


「誰に対してもそんなに甘いのかとも思ったけど――あのレーサー気取りの愚物に対しては、あなたも毅然だったわね。……竜造寺カケルだけ特別なのは、あなたの恋人だから?」

「ち、ちがっ! そりゃ、いつかはって思うことはあるけど……」

「保安官失格ね。男絡みの私情を挟んで、減刑の交渉だなんて」


 失望、という感情を表情に表し、ゼナイダは目を細めてカリンを一瞥する。そんな彼女に視線を合わせず、女保安官は天井を仰いだ。

 ふと、昔のことを振り返るように。


「――この町にとって、そんな軽いもんじゃないのよ。カケルの存在は」

「……?」


 すると、彼女は自分のデスクに飾られた写真立てを手に取り――自分達に囲まれ、満面の笑みを浮かべたカケルの写真を見つめる。

 写真の記憶を辿り、思い起こされる過去の日々を回想し、カリンは口元を僅かに緩めた。


「……カケルがここに来たのは、戦争が終わってすぐ。三年前になるかな。……その頃は、戦争のせいで政府に物資や飛行機をどんどん徴収されてたせいで、町の治安は荒んでたんだ」

「……この町が?」


 その言葉に、ゼナイダは訝しげな表情になる。自由奔放なようでも、よく見れば犯罪らしい犯罪はさほど見られず、住民全てが和気藹々と暮らしている、このポロッケタウン。

 そんな町並みが、つい三年前まで治安が荒れ果てていたなど、にわかには想像できないことであった。


「うん。強盗も殺人も当たり前。みんな殺伐としてて、父さんも軍人だったせいで謂れのない襲撃を受けたこともあった」

「……当時は、政府管理下の惑星全てが戦争に参加する法令が出ていたからね。士官学校で習ったわ」

「そ。あたし達は気ままに暮らしたかっただけなのに、政府に何もかも踏み荒らされて、皆も殺気立つようになって……。そんな時だったの。父さんが、ひょっこりカケルを連れてきたのは」

「マーシャス三等軍曹が、彼をここへ?」

「あの飛行機ごと行き倒れてたところを、父さんが拾ったんだって。そうしてカケルがこの町に来た頃から、カケルはずっとあんな調子だった」


 僅か三年前のことでありながら、当時を語るカリンは昔を懐かしむような口ぶりだった。その様子から、過ごしてきた三年間の密度の深さが窺い知れる。


「それほど人民の精神が荒廃しているところへあんな男が来たら、ろくなことにならないと思うのだけど」

「ふふ……実際そうだったわ。あたしも初めて会った時は『なんだこのお花畑野郎、目ん玉くり抜くぞ』って感じだった」

「容易に想像できてしまうわね」

「ほっといて! ――まぁ、そんなカケルだったから、来たばかりの頃は敵だらけだった。カケルの飛行機を売りさばこうとして、街を牛耳っていたマフィアが攻めてきたりさ」

「……そんなことになったから、彼の飛行機はあんなボロボロに?」

「違うわ。カケルが来た時から、飛行機はあのまま」

「え……?」


 カリンが語る内容と、今の町並みがまるで噛み合わない。そんな万事休すの事態になって、なぜカケルは今も無事なのか。

 ゼナイダとしては、不思議でならなかった。


「カケルは、マフィアも悪漢も強盗も。みんなやっつけちゃったの。誰一人殺さず、自分も死なず。……殺させず」

「なっ……!? バカなことを言わないで、彼がそれほど強いとでも――」

「――実際、強かったのよ。でも、カケルが本当に『強い』のは、そこじゃない」


 話が進むごとに、カリンは頬を赤らめ。幸せそのものといった穏やかな笑みを浮かべる。その瞳に、かつての「悪」と肩を組んで笑う想い人の写真を映して。


「相手の心が折れるまで打ちのめしたあと。カケルはその相手と飲んで騒いで――最後に、空を飛んだ。カケルの曲芸飛行を見た奴はみんな、そんなカケルと戦うことがバカバカしくなって――最後はどいつもこいつも、カケルと肩組んでどんちゃん騒ぎ」

「……」

「自分を殺しに来た相手とも、友達になっちゃう。カケルは、そういう人なのよ。マフィアのボスは、どんちゃん騒ぎしたいがために足を洗って、今はあの酒場のオーナー。マフィアの用心棒だったアイロスは、飲み代欲しさにレーサーになった。……暗く淀んだポロッケタウンを、カケルは一人で塗り替えちゃったんだ」

「……そんな、バカなこと……」

「そうよね。バカもいいとこ。大バカだわ。……気がついたらあたしも、みんなも。あいつの周りに集まって、カケルのフライトを楽しみにしてる」


 一通り語り終えたカリンは、体をほぐすように両手を組んで天井に伸ばす。言いたいことを言い尽くした、満足げな表情だ。


「『みんなの笑顔』。いつも、カケルはそう言って戦うし、飛ぶ。全部それだけのために、カケルは頑張ってる」

「……」

「確かにバカはバカだけど。あんたが冷たく見下してるバカとは、全然違うってあたしは思うわ」


 ちらりと、こちらを真剣に見つめるゼナイダを見遣り、カリンは口元を緩めた。


「……笑顔、か」


 ――そうして、オウム返しのようにゼナイダが呟く時。

 事務所の外から、異様な喧騒が響いていた。


 ◇


「……? 何か騒がしいわね」

「なんだろ、また酔っ払いの喧嘩かな。もー、しょうがないなぁ。今日だけで十二件目よ」

「……それはさすがに同情するわ」


 何事かと身を乗り出すカリンが、外の様子を見ようとウェスタンドアを開く――直前。逆に入り口の方からドアが開かれ、見慣れた顔が飛び出してきた。


「おいカリン大変だ! やべーぞやべーぞ!」

「んなっ!? 何よアイロス藪から棒に!」

「今は口喧嘩してる場合じゃねぇ! 外見ろ外! まじやべー!」


 ただならぬ焦燥を漂わせるアイロスの表情に、訝しげな視線を注ぐカリンは――僅か一瞬だけゼナイダと顔を見合わせ、事務所の外に出る。


 そして彼が指差した、青空の彼方を見上げ――戦慄した。


 空を裂き、ポロッケタウンの上空を飛翔する一機の宇宙戦闘機。その全貌に――カリンは見覚えがあった。


「う、そ……でしょ!? あの青い縁取りの翼、黒いボディ……!」

「あぁ間違いねぇ! 軍でもどうしようもねぇって噂の、最強最悪の宇宙海賊だ! なんでこんな田舎町に来たんだよ!?」


 情報技術に疎いこのロッコルにも、名が知れている存在はいくつかある。そのうちの一つが、私腹を肥やす官僚ばかりを狙う義賊で有名な、宇宙海賊セドリック・ハウルドだ。

 その獲物の殆どは金持ちばかりであるが、稀に個人的な恨みがある人間も襲う、気まぐれで行動が読めない危険人物としても知られている。


 ――その宇宙海賊が、ここへ来た。そこから予想される大惨事を予見し、ポロッケタウンの住民は突如現れた侵略者を前に騒然となっていたのだ。


「宇宙海賊ですって!? ――あ、あのコスモソードは……!」

「むむっ! こりゃあオオゴトの予感がするぞい!」


 その緊急事態を受けてゼナイダと、ボロ雑巾のようになっていたジャックロウも飛び起きてくる。


「父さん!」

「わかっておる! コルトーゼ少尉殿、出撃ですぞ!」

「言われるまでもない! マーシャス保安官、あなたは住民の避難誘導に回りなさい! あなたの方が顔は広いでしょう!」

「わ、わかったわ! ――ほら手伝え穀潰し!」

「なんで俺様までぇえ! 俺様フツー保護対象じゃねぇえぇ!?」


 ゼナイダは着任早々の初陣に緊張を走らせつつ、険しい表情を浮かべる。だが、プレッシャーに飲まれまいと声を張り上げ、カリンに指示を送った。

 その鬼気迫る面持ちに、確かな覚悟を垣間見たカリンは、深く頷くとアイロスの首根っこを掴み、引きずり回しながら行動に移っていく。


 その様子を見送ったゼナイダは、ジャックロウを率いて基地へ向かう――前に。事務所へ引き返し、牢の鍵を開けた。

 モニターには、突然鍵を開けられ目を丸くするカケルの様子が窺える。


『おおっ! 鍵が開いたってことは……許してくれたんですねコルトーゼさん!』

「勘違いしないで。住民に避難命令が出ている以上、あなたをここに放置して危険に晒すわけにもいかないだけ。事が済めば、あなたには直ちにそこへ戻ってもらうから」

『え? 避難命令?』

「詳しく説明している時間はないわ。マーシャス保安官が避難誘導しているから、あなたはすぐに逃げなさい。いいわね」

『あっ、ちょ――』


 だが、悠長にその様子を見ているわけにはいかない。すでに宇宙海賊が上空に現れてから、五分以上が経過している。

 これ以上野放しにしていては、いざという時に迅速な対応ができない。ゼナイダは焦る余り通話を一方的に切ると、足早に事務所を飛び出して行く。


「行くわよマーシャス三等軍曹! 目的は所属不明機の確保、不可能である場合は撃墜!」

「了解じゃあ! ――セドリック・ハウルドか。ならば、奴の狙いは……」

「マーシャス三等軍曹、なにブツブツ言ってるの! 急ぐわよ!」

「わかっておりますぞい!」


 その後ろに追従するジャックロウは、神妙な面持ちで空を走る青い鳥を見上げ――ひとりごちる。彼の胸中を知る者は、誰もいない……。


 ◇


「ひぃ、ひぃ……。あぁもう、なんで地下牢の階段って、こうも無駄に長いのっ!」


 息を切らしながら、薄暗い螺旋階段を駆け上がり始めて――約三十分。異常事態に伴う情状酌量により、牢から仮釈放されたカケルは、懸命に脱出を目指していた。


 僅かな灯りを頼りに長い登り道を疾走し、息も絶え絶えになる頃。ようやく、陽の光が視界に差し込んでくる。


「や、やっと出口か……ぜぇ、ぜぇ。本釈放されたら、設計者に文句言ってやるっ……!」


 ふらふらになりながら、なんとか地上の事務所内にたどり着く。辺りはすでに無人となっており、自分が捕まるまでの喧騒が嘘のようだった。


「事務所内にも、道にも、誰もいない……。みんな、もう無事に逃げたみたいだな」


 カケルは事務所から外へと足を運び、タンブルウィードが転がる音だけが響く街道を目の当たりにする。そこに至り、ある一つの疑問に行き当たった時――事態は動いた。


「――そういや避難って聞いてるが、みんな何から逃げたんだ? たくもー、コルトーゼさんったら肝心なこと……」


 カケルの視界に飛び込む、この星ではあり得ない光景。青空の向こうに広がるそれを目の当たりにして、彼は言葉を失った。


 ――ポロッケタウンの町から、僅かに離れた場所で飛び交う、三機のコスモソード。

 しかも、そのうちの一機は……。


「セドリックが……!? まさか!」


 その光景に愕然となり、普段町の仲間達の前では、決して見せない鋭い表情に変貌する。次いで、弾かれたように駆け出し、民間飛行場へと急行し始めた。


「くそッ……!」


 普段の彼らしからぬ面持ちで、空を見上げる視線は――激しく飛び交い、レーザー砲を撃ち合うコスモソード達の空戦を映していた。


 町からやや離れた空域ではあるものの、いつここまで飛び火するかわからない状況だ。――何より、新任少尉と実戦から長らく離れていた老兵が、終戦近くまで最前線にいた宇宙海賊に対抗できる望みは薄い。


「――ッ!」


 そこまで思考が追いついた瞬間、カケルは力任せに手錠を引きちぎり――避難経路とは真逆の道を疾走する。――民間飛行場を目指して。


「……!?」


 ――というところで、カケルはふと、足を止める。思わず走ることも忘れてしまうような物体が、視界に映り込んできたためだ。


 ピンク一色に塗装された機体を運ぶ、錆び付いたキャタピラ。その異様な外装の戦車は、荒々しく土埃を噴き上げながら、砂塵の大地を進撃している。

 ――UI戦争が始まる以前から存在する、軍の広域戦闘車両「コスモハンマー」だ。近年ではすでに制式採用の座を降り、民間にも流れるようになった機体である。


 それがこの町にも隠されていたことに驚愕しつつ――その異様なカラーリングに、カケルは暫し閉口していた。


「……なんだありゃ」


 ◇


 一方、宇宙海賊のコスモソードに迫るゼナイダ機とジャックロウ機は――縦横無尽にこちらの攻撃をかわす相手の技巧に、苦戦を強いられていた。


「くっ……あ、当たらない……シミュレーションと全然違うッ!」

『少尉殿! 後ろに付かれておりますぞ!』

「わかってる!」


 背後を取っても、こちらが確実に狙いを定める前に姿を消し、体勢を崩されてしまう。だが、狙いを怠り迂闊に撃っては、町に被害が及ぶ可能性もあった。


(なんなの、この海賊の動き……! 遠くに誘おうにもこちらの誘導には引っかからないし、その割りには町に手を出す気配はまるでない! かと思えば、しきりに町の上を飛ぶし――まるで行動が読めない! 奴は一体、何が狙いで……!?)


 付かず離れず、といった距離で町の近くを飛び回り、迎撃に出たゼナイダ機とジャックロウ機と戦う。が、町に被害を及ぼす気配はない。

 その一方で、二機には執拗な攻撃を仕掛けている。この不可解な立ち回りには、どのような意図があるというのか。


『……少尉殿。こりゃあ恐らく、宇宙海賊は町から新手が出てくるのを待っているようですぞ!』

「なんですって!? ――そうか、確かに……」


 どこか含みのあるジャックロウの物言いを訝しみつつも、ゼナイダはその言葉に確かな信憑性を感じていた。――「新手」が町から出てくるのを待っていて、その「新手」を誘き寄せるために町の近くを飛び回っているのだとすれば。

 町の近くで戦う割りには、被害が及ばないギリギリの距離を保っていることにも説明がつく。いきなり町を破壊しては、「新手」と戦うことは叶わないからだ。


「でも、仮にそうだとして――宇宙海賊が動くほどの存在がこの町にあるだなんて……きゃあ!?」


 その時。予想だにしない角度からレーザーが横切り、ゼナイダは思わず短い悲鳴を上げる。遥か下方――地面の方向から飛んで来たレーザーが、しきりに宇宙海賊のコスモソードを付け狙う。


 意気揚々としたカリンの叫びが通信から響いてきたのは、その直後だった。


『ゼナイダ! 父さん! 住民の避難は大方終わったわ。ここからはあたし達のターンよ!』

「あ、あれはコスモハンマー!? あんな骨董品で戦うつもりなの!?」

『カリン!? なんじゃその色遣い! キモッ!』

『ちょ、キモいとか言うなぁあぁぁ! せっかく助太刀に来てやったっていうのにぃ!』

『てゆーか何で俺様が操縦士なんだおかしいだろ! 住民の避難終わってねーし! 俺様民間人だし!』

『うっさい穀潰し! 家賃も滞納してんだから、たまにはここで男見せて返済しろ!』

『イデデデデ! 砲手席から頭蹴るんじゃねぇ! チクショー! 生きて帰ったら訴えてやる!』


 通信の向こう側から響き渡る、情けない男の嗚咽から察するに、アイロスも操縦士としてこき使われているらしい。

 カリンはしきりに砲手席から彼の頭を踏みつけながら、レーザー砲による対空射撃を続行していた。


「――とにかく、奴が体勢を立て直す前に仕留めるわ! 長引けば、機動性で劣る彼女達が危ない!」

『了解じゃ!』


 退役して数十年を経た骨董品の戦車とはいえ、一介の保安官がこれほどの装備を隠し持っていたことに驚愕しつつ、ゼナイダはすぐさま気を取り直して攻撃を再開する。

 ジャックロウもそれに追従し、黄色い縁取りで塗装された純白のコスモソードを走らせた。


 航跡で弧を描き、背後に回る二機。その前方を飛ぶ宇宙海賊を狙い、レーザーが流星群となり襲い掛かる。


 その全てを紙一重でかわしつつ、宇宙海賊は付かず離れずの距離を保ち――宙返りに移った。


「くっ――!」


 当たってはいない。だが、もう少し。

 その「『命中』に届きかけている」現状が、ゼナイダの焦りを駆り立てる。


『少尉殿、いかん!』

「――!」


 もう少しで当てられる。そんな目の前の状況に、気を取られていたせいか。

 同士討ちを狙った宇宙海賊の挙動に気付かず、そのまま追いかけてしまった彼女の眼前に――地上から放たれたレーザーが迫った。


 咄嗟に機体を盾にして、コクピットへの直撃を避けたジャックロウのフォローがなければ、今頃は味方の誤射で撃墜されていただろう。


『と、父さぁああんっ!』

『大丈夫じゃカリン、心配するな! ――と言いたいところじゃが、さすがにコイツは手痛い! スマンが脱出する!』

『おいどーすんだよ! 爺さんやられちまったぞ!』

「……!」


 次々と通信回線から飛び込んでくる情報が、さらにゼナイダの精神に焦りを齎していく。自分の迂闊な深追いが、部下を窮地へと追いやってしまった。

 パラシュートで脱出する彼の光景が、その事実を重く突き付ける。気づけば、操縦桿を握る彼女の手は震えていた。


 ――戦況の悪化。味方に広がる混乱。自分のミスが招いた窮地。それら全てが、小さな肩に重くのし掛かり――正常な判断をさらに狂わせる。


『ゼナイダ! 危ないっ!』

「……!」


 そして。身に降りかかる責任の重さゆえに「今」を見失った彼女では――宇宙海賊の攻撃を凌ぐことは出来なかった。

 一瞬にして背後をとった漆黒のコスモソードが、容赦のないレーザーの雨を降らせる。為す術もなく蜂の巣にされて行くゼナイダ機。

 カリンの対空射撃で、ようやく追い払った頃には――すでに彼女の機体は、飛行することすらままならない状況に陥っていた。


『ゼナイダ脱出して! あたし達でアイツを引き付けるっ!』

『お、おいおい無茶苦茶言うんじゃねぇよ! コスモソードが二機もやられたんだぜ!? 意地張ってねぇで俺様達も逃げ――いでぇ!』

『男がグズグズ言うんじゃない! 町を守る保安官が駐在軍に任せっきりだなんて、いい恥さらしよ!』

『だから俺様は保安官じゃねぇってのにぃぃいい!』


 その上、自分があれほど罵ったポロッケタウンの住民達が、今も援護射撃で自分のために戦っている。――本来、それは軍人である自分の役割であるはずなのに。


「……すま、ない」


 情けなくて、涙が出る。

 無念を募らせたまま、コスモソードから緊急脱出した彼女は空を仰ぎ――憎々しげに宇宙海賊を睨み付けた。


「……ちくしょう。ちくしょう! ちくしょうちくしょうちくしょうっ!」


 そして、苦し紛れに――目尻に涙を浮かべながら、彼女は腰のホルスターに手を伸ばす。パラシュートで降下しながら、コスモソード目掛けて光線銃を連発するという、エリート軍人らしからぬ行為に周囲の注目が集まった。


(何が軍人、何がエリート! 何がコスモソード! 私は結局、何も守れていない!)


 ――それは、ゼナイダ自身のあるべき姿だったのかも知れない。負けず嫌いで意地っ張りな、ゼナイダ・コルトーゼという少女の。


 戦時中、共にヘレンズシティで育ってきた友人達が次々と徴兵されて行く中。コルトーゼ将軍の息女という身分を理由に、徴兵を免れてきた彼女は、いつも戦争に巻き込まれて行く友人達を見送ることしか出来なかった。

 そんな彼女に心配させまいと、友人達は皆、笑顔で旅立ち――誰一人、帰ってくることはなかった。


 あの日の笑顔を守るには、少女はあまりにも無力だった。だからこそ彼女は、母のような軍人となり、全てを守る力を渇望するに至ったのである。

 ――UI戦争を終わらせた、伝説のラオフェン・ドラッフェと共に戦った名将と知られる、母のように……と。


 だが、その野心とは裏腹に――現実にある光景は、自分が原因で全てが崩れている。そのギャップに伴う痛みが、彼女の胸に突き刺さり――それはやがて、宇宙海賊への怒りへと変化していた。


 ◇


「ゼナイダ……」


 銃身が焼け付くまで、ひたすら引き金を引き。動かなくなれば、銃身をなげつける。エリート軍人には程遠い、感情に任せた行動に――カリンは、自分に近しいものを感じていた。


「お、おいカリンやべぇぞ! あんにゃろぉコッチに来やがった!」

「――わかってる! グチグチ言ってないでさっさとかわしなさい! それでも自称レーサーなわけ!?」

「自称って言うなぁぁあ!」


 だが、感傷に浸る暇はない。宇宙海賊の狙いは、いよいよ地上を走るコスモハンマーに迫っていた。地上に向けて容赦無く放たれるレーザーの嵐が、土埃を絶え間無く噴き上げる。

 ――その中を掻い潜り、しきりに跳ね回る車体が、砂塵の渦中から飛び出してきた。アイロスの腕がなければ、とうに横転しているような無茶な運転である。


「ひょあぁあぁあ! 死ぬぅうぅ! もう俺様死ぬぅううぅぅうぅ!」

「死ぬ死ぬ言ってるうちはまだ死にゃあしないわ! ぴーぴー泣いてる暇があったら飛ばせぇ!」


 怯まずレーザー砲を連射するカリンの怒号が、車内に反響する。泣きべそをかきながらハンドルを切るアイロスの絶叫を、掻き消すように。


「……! レーザーが止んだ……?」

「な、なんだぁ。助かったのかぁ?」


 すると。宇宙海賊は突如、レーザーの連射を止め――高度を上げた。カリンは精魂尽きた様子でぼやくアイロスを尻目に――太陽を背にして舞い上がる機体を、手で顔を覆いながら見上げる。


 ――直後。その視界に、爆弾が迫った。


「……う、そ」


 回避も、退避も間に合わない。逃れられない「絶対の死」の突然過ぎる来訪に、カリンは乾いた声を漏らすことしかできなかった。


 ――が。


「え……!?」


 何かが閃いた。


「……!」


 その「何か」に、宇宙海賊がコクピットの中で唇を噛む。――気がつけば、コスモハンマーの傍らには、カリン達を吹き飛ばすはずだった爆弾が突き刺さっていた。

 だが――その爆弾が役目を果たす気配は、一向に見られない。カリンとしては、何が起きたかもわからず、ただ茫然と立ち尽くす他なかった。


 ――尤も、それは近すぎたせいでわからなかったカリンだけであり。パラシュートで地上に降り立ち、遠目から見ていたゼナイダとジャックロウは、カリン達の近くで起きた事態をハッキリと目撃していた。


「……爆弾の信管だけを……レーザーで、撃ち抜いた……!? そ、そんな、そんなこと……!?」

「――やはり、隠し通せるのは今日までだったようじゃな。のう? ラオフェン・ドラッフェ」

「えっ……!?」


 あまりに人間離れしている所業に、戦慄するゼナイダを一瞥し――ジャックロウは、レーザーが飛んできた方向を見遣る。

 ――その先には、頭の悪い曲芸でゼナイダを出迎えた、あの継ぎ接ぎだらけの民間機が漂っていた。


 先ほどの手腕とまるで噛み合わない、その頼りないシルエットと、ジャックロウが漏らした言葉に困惑するゼナイダ。

 そんな彼女を、さらに混乱の渦に叩き込むかの如く。張りぼての機体は、そのフォルムに見合わない急加速に突入し――ありあわせの材料で作られた外装を、その風圧で剥ぎ取って行く。


「――この瞬間を、待っていたんだ。楽しませてもらうぜ、ラオフェン」


 その光景を見つめる、漆黒のコスモソードのパイロットは――歪に口元を釣り上げ、赤い瞳で最後の敵を射抜く。


 刹那。


「お前は、あくまで義賊であり……罪のない人々を脅かすような奴じゃ、なかった」


 外装が全て剥がれ落ち――その中から、真紅の縁取りのコスモソードが現れ。


「その矜恃に背いてまで、オレと一戦交えたいというのなら――いいだろう」


 コクピットに棲まう竜造寺カケルは――全ての脅威を駆逐する眼光で。


「――『曲芸』ついでに、始末をつけてやる」


 排除すべき「障害」を、その黒い瞳に捉えるのだった。

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