超速閃空コスモソード

オリーブドラブ

第1話 ラオフェン・ドラッフェの伝説

 遥か昔、惑星アースグランド――当時は「地球」と呼称されていた――では、大規模な戦争があった。


 蒼く広大な星を二つに隔てた陣営の片方は、圧倒的な物量で攻め入る相手に対抗すべく、優秀なパイロットを積極的に投入した。


 本来あるべき休みもなく、戦いのみに生きることを強いられた彼らは、パイロットという「人」の枠を超える成長を余儀無くされ――「エースパイロット」と呼ばれる「超人」と化していく。


 そうして戦い抜いた先が敗戦であっても、彼らはその瞬間まで戦うことを辞めなかった。折れることすら許さない時代が、彼らをその境地へ追いやったのだ。


 資源も戦力も豊かな勢力は、兵に無理はさせない。ゆえに、エースパイロットなどという、「イビツ」な存在も生まれない。


 ――エースパイロットがいない時代こそ、人々が待ち望む平和な世界なのだ。


 ◇


 星々なのか、爆発なのか。神秘の光か、命の灯火か。

 遠目に見ては判別できない、この空間を裂くように――二つの閃光が宇宙を翔ける。


『ラオフェン! さっさとコイツを引き剥がせ!』

「わかってるよ、慌てるな」


 青い黒鉄に固められた機械仕掛けの鳥。その中に住まう主が、怒号を上げる。その前方を翔んでいた赤い鋼鉄の鳥が、宥めるように緩やかに速度を落とし――後方に回る。

 青い鳥にしがみ付く、醜悪な怪物。四本の羽と八本もの脚と六つの眼、二本の鎌を持つその「敵」は――主を狙うように鳥の上を歩いていた。


 だが、彼らの願いが叶うことはない。

 赤い鳥から放たれる青白い閃光に切り裂かれ、怪物達は体液を撒き散らして離れていく。その様を見届けた青い鳥の主は、胸を撫で下ろしつつ――視線で並走する赤い鳥を射抜いた。


『……礼は言うがな。もう少し早く処理してくれねぇか、心臓に悪くて敵わん』

「セドリック。気持ちはわかるが、それならせめて真っ直ぐ翔んでくれ。振り払いたいのもわかるけど、あっちこっちにフラフラされたら当たるものも当たらない」

『わぁったよ。次はもうちょっと、お前の腕を当てにしてやらぁ』

「次なんてごめんだけどな、オレは。お前もだろ?」

『違いねぇ』


 愚痴る青い鳥のぶっきらぼうな声色に、赤い鳥は苦笑いを浮かべる。その二つの閃光の目に――巨大な影が映り込んだ。

 広大なヒレを広げ、悠々と暗黒の海を漂う鋼鉄の鯨。そう呼んで差し支えないシルエットが、鳥達の姿を覆い尽くす。


 ――宇宙戦艦、とも呼ばれるそれは。鳥達を招き入れるように、後部の扉を開く。その意図を汲むように、機械仕掛けの鳥達はその先へと吸い込まれて行った。


 ◇


「ラオフェン・ドラッフェ大尉。我が艦隊の護衛を成し遂げてくれたこと、誠に感謝する。――貴君には最後まで助けられてばかりだ」

「いえ、そういう任務ですから。……他の部隊も、無事に離脱できましたか?」

「ああ。貴君らの働きが功を奏し、皆無事に戦域を離脱している。……あとは、奴らの『ラスト・コア』を討つのみだ」


 星屑の海を一望する艦橋。その中で艦長の座に腰を下ろす妙齢の女性が、傍らに立つ少年に賛辞を送る。

 藍色の艶やかな長髪を纏め上げ、凛々しくも猛々しい翡翠色の眼差しを持つ色白の美女。彼女の目に映る、十六歳前後といった容貌の黒髪の少年は、これから「死地」に赴く戦士とは思えないほどに落ち着いた物腰で、宇宙の彼方を見つめていた。


 ――この空の中に漂う船は、彼らを載せるこの一隻のみ。他の艦隊は皆、傷つき戦う力を失い、この戦場から退いていた。


「『UI』……ユナイト・インベーダー。五十年以上に渡り、我々人類を脅かしてきた侵略者達との戦いが、今日をもって幕を下ろす。……その歴史的瞬間に立ち会えるとは、私も果報者だ」

「息を吐くようにハードル上げるの、やめてくれません? 次の出撃であっさり落とされたら、笑えないじゃないですか」

「君がそんなつまらない死に方をするとは、私は思わないよ」


 この艦に身を置いている戦士達は全員、人類を脅かす外宇宙の侵略者を討つべく、決死の覚悟で志願してきた猛者ばかりだ。

 各々の配置につき、己の任務に忠実に従う彼らは――畏敬の念を込め、少年の表情を一瞥している。


「次の出撃が、正真正銘、最後の戦いになる。……君がこの宇宙に勝利を刻んでくれた暁には、我々で出来る限りの望みを叶えたい」

「――オレが望むものは、皆の笑顔。それだけですよ。パイロットとして戦うことになった日から、それはずっと変わらない」

「ラオフェン大尉……」


 少年の言葉に含まれたニュアンスが、艦長の顔色を曇らせる。彼の云う「人類の平和」は――守るべき人々の手で、乱されていた。


 ◇


 ――球状の巨大な「核」をコロニーとし、無限に増殖して人類を襲う宇宙生物「ユナイト・インベーダー」、通称「UIユー・アイ」。何千万という尖兵に守られた「核」が一つの星に近づくだけで、その星の人々は残らず尖兵達の食料になると言われていた。


 人類は大軍を率いてこれを迎え撃つが、無尽蔵に発生する尖兵達との戦いに疲弊し、五十年の時の中で徐々に追い詰められていた。


 ――前方からの攻撃に対し、絶対的な防御力を持つ装甲を備えた尖兵は、宇宙艦隊の巨大レーザー砲の掃射から「核」を守り。非戦時は全員で「核」に張り付き、装甲の繭で超長距離からの狙撃を防ぐ。

 大艦隊の陽動で尖兵をおびき寄せ、「核」から離れた瞬間を狙い撃つ――という作戦も打たれたが、「核」を破壊できる狙撃レーザー砲自体が一発ごとに莫大な予算を失う上、大艦隊と同時に運用するとなれば大赤字を免れない。

 そういった理由から、軍の上層部がその作戦を決行することは稀であった。現場にいない高官達は、UIの脅威を正確には理解していないのだ。


 ――だが、陽動作戦がUI駆逐の主戦術とならなかったのは、単に予算だけが原因というわけではない。


 このUIとの戦争で真価を発揮した高速宇宙戦闘機「コスモソード」の登場が、運命を変えたのだ。


 尖兵達の反応速度を超える速さで宇宙生物の大群を掻い潜り、脆弱な「核」に接近し、直接討つ。何千万という宇宙生物の妨害の只中を、速さだけを武器に突っ切る――という半ば特攻のような作戦。

 それを、艦長の隣に立つ少年――ラオフェン・ドラッフェが、実現してしまったのである。パイロットの生還率は絶望的であるものの、陽動作戦からのレーザー狙撃に比べれば遥かに安価。金にがめつい上層部が食いつかないはずがなかった。


 さらに宇宙生物達が反応する前に背後に回れば、尖兵達の弱点である背中を撃つこともできる。「コスモソード」にしか出来ない強襲作戦は瞬く間に広まり、戦場を席巻するに至った。


 ――が。それが実を結ぶケースはほんの一握り。大半のパイロットは生還はおろか「核」に辿り着くことさえ叶わず、激突の恐れから減速したところを尖兵に囚われ、その牙の餌食となった。

 より多くの兵を生かすために身を粉にしたラオフェンが編み出した、コスモソードの戦法が――より多くの兵を殺す事態を、招いたのである。捨て身の突撃で幾百もの「核」を撃ち抜き、人類に希望を灯したラオフェンの実績を「ダシ」にした高官達によって。


 それでもラオフェンはコスモソードを駆るパイロットの筆頭格として、各星系を転戦。UIを追い詰め、とうとうUI最後の砦「ラスト・コア」との決戦を控えるに至ったのだ。

 半世紀に渡る無益な戦いに、ようやく終わりが近づいている。


 ――にも拘らず、その表情に明るさがないのは。高官達が自分達の後ろで繰り広げている「内紛」が理由だった。


 超人的な操縦センスを持つラオフェンの奮戦により、人類の領域は九分九厘奪還された。それにより「戦争の終わり」が見えてきたことで、高官達による戦後の地位を巡る権力争いが起きているのだ。


 人類を守る矛であるはずのコスモソードは、前線で戦うラオフェン達の後ろで、模擬戦という名の代理戦争によってパイロット共々消耗されている。その「コスモソードによる模擬戦」で威光を示し、勢力を伸ばしている官僚や将官は、当然ながら戦争の立役者であるラオフェンにも目を付けていた。


 終戦を迎え次第、自らの傘下に加えようと企む者。単なるエースパイロットには到底収まらない功績と名声を持つ彼を危惧し、暗殺しようと画策する者。安全地帯で甘い汁を吸う彼らは、揃って自分の利益のみを追求していた。


 元は現地徴用兵であり、職業軍人ですらないラオフェンは、それでも人類の平和のため、人々の笑顔のためにもと戦ってきた。だが、その先に待っているものが醜い権力争いだと思えば――暗くなるのも、無理はない。


 ◇


「……総司令官も、軍や政府の腐敗には悩んでおられる。上層部の力を持ってしても、この流れを押し留めることは叶わぬ……と」

「ええ。……わかっています」


 艦長――ゼノヴィア・コルトーゼ将軍は、何も言う資格はない、と言わんばかりに目を伏せる。

 自分一人が責めを受けることに免じて、他の者の過ちを許して欲しい――態度でそう示す彼女の横顔を、ラオフェンは切なげな苦笑を浮かべ、見守っていた。


「ドラッフェ大尉。――出撃準備が整いました」


 その時。この艦橋に軍靴を鳴らして、一人の年老いた男が踏み込んでくる。ラオフェンとゼノヴィアの前で整然と敬礼する彼に対し、ラオフェンはいよいよかと表情を引き締めた。


「ありがとうございます。――必ず、あなた達を無事に家族のもとへ帰してみせます。あなた方整備班の、誠意に誓って」

「我らクルー一同、この戦争に勝利するために全てを捨てた身。……大尉こそ、必ず帰ってきてください。終戦の暁には、大尉を主賓に飲み明かすと部下どもに約束してるんです」

「そう思われてる、というだけでもここまで来た甲斐がありました。感謝しています」


 老齢の整備士に敬礼を返し、ラオフェンは艦橋を後にする彼の背に続く。――最後に、ゼノヴィアの瞳を一瞥して。


「では――行きます」

「行ってくる――とは、言ってくれないのね」


 ◇


「ラオフェン! どういうことだ、これは!」

「どうもこうもない。これくらいやらなきゃ、お前は命令がなくても勝手に飛び出してくるだろうが」

「当たり前だ! この俺を誰だと思ってやがる!」


 出撃を控え、乗機のコスモソードに歩み寄るラオフェン。そんな彼を待っていたのは、戦友の怒号だった。

 ラオフェンの胸倉を掴む長身の男は、銀髪の短い髪を揺らしながら、紅い眼光で鋭く少年を射抜く。だが、その鬼気迫る表情を前にしても少年は眉一つ動かさない。

 こうなることは、わかりきっていたのだ。


 黒の機体に縁を青く塗装した、セドリックの乗機であるコスモソードは――整備班の手で厳重にテープで固定され、出撃できないようにされている。

 犠牲を最小限に抑えるため、ラオフェン単機の出撃となるこの作戦においても、上の意に反して勝手に出撃しかねないセドリックを封じるため、ラオフェンが指示していたのだ。


「セドリック。宇宙海賊だったお前を戦力に引き込み、この艦に乗せてるのは強力な戦力が一つでも欲しかったからに過ぎない。本来ならとっくに、安全な牢の中で終戦を待っていればいい身なんだ」

「ふざけんな……! このセドリック・ハウルドから絶対に奪っちゃいけねぇ『死に場所』を、この土壇場でぶん取るつもりか!」

「……わかってくれ。この作戦に、僚機はいらない。オレが単独で『ラスト・コア』の防御網を突破し、奴らの最後の『核』を撃つ。たったそれだけの内容なんだ。これは決死隊も同然だし、いくら報酬が出たところで死んだら割に合わない。だから、もうお前を傭兵として雇う意味はないんだよ」


 あくまで諭すように。ラオフェンはセドリックと名乗る男を見上げ、宥めようとする。その態度が、さらに火に油を注ぐ結果を招いた。

 銀髪の男は少年の背を機体に押し付け、さらに圧力をかける。


「俺は金目当てでこの艦隊に加わったつもりはねぇ! 宇宙最強のパイロットだった俺を打ち倒したお前と、今度こそ決着を付けるために! 戦争が終わるまで付き合えないって抜かす、お前ともう一度戦うために! 宇宙海賊を休業してまでここに来たんだぞ! だのにてめぇは最後に死んで勝ち逃げか! 契約不履行だぞゴラァ!」

「聞くんだ、セドリック。お前が以前、脱走兵からぶんどったって言うコスモソードだが――あれは旋回性能に特化した格闘戦タイプだ。オレの乗機はそこを犠牲にして、UIの防御網を抜けるための推進力に特化した加速タイプ。そもそも土俵が違うし、今までだってそうやって適材適所で戦ってきたはずだろう」


 かつて私腹を肥やす有力者ばかりを狙う義賊だったセドリックは、命惜しさに軍から脱走したパイロットからコスモソードを奪っていた。

 その後。彼は正規訓練を受けていない身でありながら、巧みなセンスでその機体を乗りこなし、ラオフェンを擁する艦を襲ったが――格闘戦タイプに改修した彼のコスモソードに返り討ちにされた。


 以来彼は、ラオフェンと再び雌雄を決するために彼に同行し、共に戦うようになっていた。金で軍に雇われた傭兵、という体裁で。


 だが、ラオフェンのコスモソードはセドリックと一度戦った時を除く全ての作戦で、推力特化の加速タイプだけで戦っている。格闘戦タイプのコスモソードでは、UIの防御網は突破できないからだ。

 そんな彼の進路を切り開くため、格闘戦タイプの旋回性能を駆使してUIの尖兵達を撹乱する。それが、いつものセドリックの役回り。

 しかしこの作戦においては、ラオフェンの単独行動が主となる。よって、セドリックが加わる意味はないのだ。


「俺が正規の軍人じゃねぇから……幾ら積んでも割に合わないから、出るなっつーのか!? お前一人で奴らの大群を抜けようってか、死に急いでんじゃねぇ! ……だったら俺も今この場で軍人になってやる、書類をよこせ!」

「そんな手続きをする時間も、必要もない。――勝負なら、生き延びたお前の勝ちだ」

「ふざっ……けんなっつってんだろうがッ! そんな決着で納得できるわけッ――!?」


 その先の言葉は続かなかった。

 一瞬のうちにセドリックの意識を刈り取る、ラオフェンの拳。腹部に伝わる衝撃と圧力が、男の視界を、意識を、暗黒の中へ沈めて行く。


「こ、のっ……自信過剰野郎がッ……!」

「……」


 視界が薄れて行く中でも、セドリックは両足を震わせ――崩れ落ちながら。憎々しげに声を漏らし、表情の見えないラオフェンを睨み上げる。

 少年は、そんな彼を抱え――表情には、一瞥もせず。無言で歩み寄る整備班に、彼の身柄を託した。……あれほど猛り狂っていた宇宙海賊はもう、指一本動かさない。


「……では、大尉。どうか――ご武運を」

「ああ。……今まで、本当にありがとう」


 そして、行く手を阻む者がいなくなり。ラオフェンは今度こそ、整備班の面々に見送られ、自身の乗機に身を投じた。

 純白の機体を囲む、赤い縁取り。加速タイプの証である、速さを追求した流線型のフォルム。その機械仕掛けの赤い鳥が、宇宙という大空へ羽ばたいて行く。


 ――その鳥が、巣に帰ることは、もう、ない。


 ◇


 この日、星霜歴2025年。


 約半世紀に渡り、人類を苦しめた外宇宙からの侵略者「ユナイト・インベーダー」――UI。彼らとの戦争は、ある一人の少年の手で幕を閉じられた。


 その少年――ラオフェン・ドラッフェは。UIの最後の砦「ラスト・コア」と共に散り。救世主の伝説として、その名を後世に伝えられている。


 ――そう、伝えられていた。

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