走狗

「待てよ同志!! “情報収集”ならともかく、たかが“宣伝”のために、二個軍団程の大軍を動かすとは思いつかんが……」

「されど『宣伝』!! 甘く見ると損するぜ!! よく聞くだろ!? 『ペンは剣よりも強し』ってな!!」

 動揺するエーヌに、レスコーは得意気に応えてみせる。

 宣伝プロパガンダも情報戦の一種。情報戦には敵の情報を奪取してくるだけではない、自ら情報を発信することも含めれている。

 レスコー自身、裏社会で情報の売買を生業なりわいとしてきた身でもあるから、そのことがよく分かる。

 初戦では、このことを用いて革命を半ば成功させ、オーキデ共和国を建国するに至った。

 とはいえ、同国のコワニェ大統領の失政でその全てが水泡に帰しかけている……。

 いくら報償を貰える身であっても、このことばかりはレスコーは苦々しく思っている。

「……!?」

 思考が飽和状態にあって言葉が浮かばないエーヌ。知略に富んで戦術指揮には強いが、事が『戦術』の域を出るとめっぽう弱い。悪く言えば、頭が固い。

 彼にとって『ペンは剣よりも強し!!』という言葉なぞ、「何それ、おいしいの!?」というレベル未満。何せ、そのさえ分からないのだから――残念!!

 こんな彼を見かねたレスコーは、話を打ち切るかのように――

「まぁ……他にも事情があるだろうがな。少なくとも、パ連やソ連の同志らの顔を立てられないのだから、感情的なしこりができるぞ!絶対にだ!」と別の要素で締めくくる。

 情報の重要度がを理解できない奴と付き合えるほど、彼の心は広くない。

 エーヌはそれから十秒ほど考えた後に――

「――確かに!良く考えると、ここで我々だけで下手に攻勢に出ても損害と嫉妬を被るだけ。ここは堅実に、同志クリークと同志グルカロフの両軍団を待って攻略するのが得という訳か……」という結論を下した。

 これを見たレスコーは――

「分かってくれて、ありがたい」とため息を吐くように、述べる。

 ――説得するのも、面倒くさいしな……。と内心は安心で満ちてもいる。

 だが、そう安心する暇なぞ無い。まだやることがあるのだ。

 ここからが第二の関門。ここは突破しなくてもいい。どうせ軽い悪戯なのだから。

「――何しろ、我らの同志大統領は、お前さんを目の仇にもしてるようだからな!」

「ななっ!? 何を冗談を!!」

 レスコーの言葉に、酷く動揺しつつもそれを否定するエーヌ。

 だが、レスコーはそんな彼の隙を突くように――

「分からんぞ!賊上がりの俺より、お前さんは人民から遥かに人気があるからな。しかも同志大統領並にな!!」と情報を提供し続けてくれる。

 一つ断って頂くが、レスコーは真実を無償タダでは渡すほど、お人好しではない。

 何せ、自分たちは元馬賊で、今では反乱者。お人好しのはずがないではないか。

 少なくとも、そのような先入観は絶対に持つべき。

 何も問題は無い。レスコー自身もそう信じているから。

「俺を疑っているのか……?」

「俺は別にお前を疑っちゃいない。俺は只――お前を疑っているとすれば、それは同志大統領だという話をしただけさ」

 半ば必死のエーヌの問い対して、平然と返すレスコー。

 加えて、その時の彼の瞳には、まるで対岸の火事を見物するような「どうせ俺には関係ない」と言わんばかりの冷たさが宿っている。

「……」

 沈黙を守るエーヌ。それも図星を突かれて、認めてしまったが故の……。

 ――よくよく思えば、こいつの言うことは間違いとは思えない……。

 そして彼は、レスコーの言葉を裏付ける材料を思い出していく……。

 開戦時に、パ連やソ連側の同志達が「是非、同志エーヌをオーキデ共和国の軍総司令官に!!」と推挙してくれたことがあった。

 しかし、大統領のコワニェはそれを「最高指導者である自分が軍を率いるべき!!」として受け入れず、自らが『軍総司令官』を兼任することにしたのだ。

 彼は軍事について素人ではあるものの、国家元首であるから軍最高位の職を兼ねることについては全く異論がない。その点はエーヌやレスコーも然り。

 問題はここからである。

 最近になって、パ連やソ連側の同志達が王国の首都攻略に向けて「是非、同志エーヌを前線司令官に!!」と推挙してくれたことがあった。

 なんとコワニェは「これも自分が兼任する!!」と言い出したのだ!!

 両国の同志達はこの人事を「これ以上の軍職の兼任は、他の公職にも影響する。兼任しないほうが同志のためだ」と説き、コワニェは渋々とそれを受け入れた。

 だが、この件は両国から――

「どうやって遠く離れた中央から、隣同士に位置する二つの部隊を指揮するというのだ?

 非効率極まりない!」という失笑を買ってしまう事態となった。

 無論、共和国側からも異論が出たが、その異論を口にしたものは皆粛清ころされてしまった。

 そこへ追い打ちをかけるように、この件の数日後に両国の同志達が「是非、同志エーヌを先任の軍団長に!!」と推挙してくれた際には、ろくな根拠も持たずに、「その必要はない!!」と返してしまったのだ。

 この時のエーヌは度重なる勝利と進撃に興奮して、全くそのことを意識していなかった。

 しかし今となって意識してみると、明らかにおかしい。コワニェ大統領がエーヌを信用していないのは、誰の目にも明らかであった。

 それに事はこればかりに留まらない。

 三度目の推挙に対するおざなりな返事に、両国の同志達も頭に『カチンッ!』と来てしまったのだろう。

 これを境に共和国への支援が細るようになってきたのだ。その中でも、弾薬や食糧等の補給支援が細ったのが痛かった。

 結果、共和国内では食料等の没収が断行されたため、国内のは極貧に喘ぎ苦しむ羽目になった。

 彼らの誰もが“同志大統領”に疑いの心を持ち始めている。

 もう軍内でも不満がくすぶっている。

 そして今――エーヌも彼らの仲間入りを果たした。

 ――同志大統領はあえて前線司令官を置かないことで、俺とレスコーを同格にして、お互いを争わせる気か……!?

 さらに大正解にも辿り着いてしまうエーヌ。

 ――まさかとは思うが、俺がレスコーを蹴落としたところを――!!

 既に彼の目は死刑執行に怯える死刑囚の目。「死にたくない」と物語っている。

 今の彼の心には、その一言のみで占められていると言っても過言ではない。

 そんな彼の心を見透かしてか、レスコーはとっておきの切り札を言い放つ。

「いいか、同志エーヌ!! お前さんはこんな言葉を知らないようだな!! 『狡兎死して走狗煮らる』!!」

「どういう意味だ、それは……?」

「こういうことさ!! 兎を捕まえるための犬ってのは、兎がいなくなったら用無しになって、煮て食われるもんなんだよ!! つまり――不要になった道具は、すぐに捨てられるのさ!!」

「そんな馬鹿な!! 同志大統領が私を――!!」

 言葉とは焦りに焦るエーヌ。確実に自身の発言とは真逆のことを考えている。

「同志大統領は、猜疑心が強いからな。お前さんが大統領の椅子を狙っているとでも思ってるんだろうよ!!」

「……」

 続くレスコーの発言に、押し黙ってしまうエーヌ。

 実際、コワニェは自身の性格のおかげで、共和国内の数多の地方文官を、彼らの思想問わず粛清ころしている。もちろんこれも、今の共和国の失政の最たるものの一つ。

「心配するな、同志!! そもそも、能ある猟師は獲物を狩りつくしたりしない。

 そうしてしまえば――結局は己が餓死するだけだからな!!」

 意図的にエーヌに心配を煽っておいて、何故かその心配を拭うとするレスコー。傍目から見ればそう見える。

 だが彼は、自らが煽った心配を無駄にする男ではない。

 そう、彼は心配を拭おうとはしていない。

 その逆――これはエーヌに対する止めの発言である。

「――!!」

 その証拠にエーヌの真顔が動揺のあまり石像のように。他にも彼の手に至っては、小刻みに震えている。声も出ていない。

 ――同志大統領あいつに、『能』はねええええぇぇぇぇぇっ!!と、外に出ていない分の動揺ツッコミが、彼の内心に限って野放しになっている。

 そう――エーヌが思っている通り、コワニェは『能ある猟師』ではない。

 その理由はもう記すまでもない。あらゆる意味で――非常に危険!!

 そして、こんなにも動揺しているエーヌを見ることができたレスコー。

 ――いい気味で、面白いもんだ……。と、内心では失笑を抑えきれない。

 ――しかし、いつまでも動揺しても困る……。と、レスコーはエーヌに本題を切り出すことにする。

「話が逸れたな。最後に作戦について、お前さんにもう一つだけ要望があるんだが……」

「……!! 一体……何だ……?」

 レスコーの声に反応したエーヌ。しかし、すぐには動揺から抜け出せないようだ。

「二つの策がある。俺に『どちらの策を執るか』とう判断をさせてほしい!」

「……その『二つの策』を訊かせてくれ!」

「先ず一つが『一撃離脱戦法ヒットアンドアウェイ』ってやつだ!」とレスコーはそう口を開くと、テーブル上の地図に六つの駒を置いていく。

 その内、四つの駒は王国側の青い色。更にその内の二つが歩兵軍団、一つが騎兵軍団、あとの一つは“城”を模した駒。この“城”が王国の首都を表している。

 そして、残り二つの駒は自軍の赤い色。その内の一つがエーヌ率いる狙撃軍団、もう一つがレスコー率いる騎兵軍団である。

「同志らが王国軍と交戦している間に、騎兵軍団われわれが首都を急襲して、急いで離脱する!!」と、レスコーは自身の説明と共に駒々を動かしていく。

 赤い狙撃軍団と青い三つの軍団をぶつけて――交戦。

 そして、赤い騎兵軍団が青い“城”を「コツンッ」とつついた――かと思えば、すぐに元の位置にも出っていく。

「そして、もう一つは騎兵軍団われわれが首都の方へ向うと思わせて、騎兵軍団われわれに突破された王国軍の奴らを狙撃軍団そちらに追い込んで、挟撃!!

 いや、包囲殲滅体勢を築く!!」と、レスコーはある駒をもう一度動かす。

 自身が率いる赤い騎兵軍団である。その駒が青い“城”に向かうように弧を描いたかと思えば――交戦中の三つの青い駒の後ろに跳びこんできた。

 これで二つの赤い駒が、三つの青い駒を挟む場面かたちができる。

 しかも、先の赤い騎兵軍団「バンッ!!」と勢いよく叩きつけられるように飛び込んできたのだから、ちょうどいい具合に三つの青い駒が全て――「パタンッ」と倒れてしまった。

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