ストレス

 リズが「了解!!」と応えたことをきっかけに、ハンは何かを思いついた。

 そこから彼は間をおかずに、彼女に――

「それと、敵の機甲部隊は!? さっきから、敵のMG《モビルギア》部隊が動いていないのが気になるが……」といてみることにする。

 ちなみに、この世界のみならず、ハンらの母界(元いた世界)では、MG《モビルギア》部隊というものは、主隊となるMG《モビルギア》部隊だけではなく、戦車部隊や歩兵部隊と組んで陸戦を遂行することが主流である。それによって、お互いの欠点を補うわけだ。

 ハンの発言にあった『MG《モビルギア》部隊』も、それらを一括してのこと。

「今のところ、それと接触したといった情報はありません!! ですが、これまでの傾向から、不気味でないと言い切れません!! 引き続き警戒を続けさせます!!」

 リズの返答に、同じく不気味に感じながらも、ハンは眉一つ動かさずに――

「そうしてくれ!!」と彼女に返すことにする。

 確かに不気味である。敵のMG《モビルギア》部隊は開戦以降、その圧倒的な戦闘力で王国軍を蹂躙じゅりんしてきた。しかも反乱軍である共和国軍の先陣を切って……。

 それが今までと違い、共和国軍に先陣を切らせているのだから、無理もない。

 増援がいなければ、敵は師団規模のMG《モビルギア》部隊を保有しているはず。

 此方こちらも一世代上のMG《モビルギア》を、敵と同じくらい揃えているとはいえ、油断するわけにはいかない。

――補給が追い付いていないか、それとも別の奇策があるのか……?と考え込んでしまうハン。表情も少しばかりとはいえ、厳しいものとなっていく。

 そこをリズが気を利かせたでもしたのだろうか――

「やはり、出てきますか!?」といてくる。

「ああ……、あいつらは必ず出てくる!! 」

 ハンは自信満々に答えてみせる。

――とはいえ、標的ターゲットは違うかもしれない……。と、しかしながら彼の心境は、未だ確信を抱くことができていなかった。


 オーキデ共和国 最前線(王国首都最終防衛線) オーキデ狙撃軍団司令部

 話を少し遡って、ハンが追撃部隊ストーカーを罠にかけている頃のこと。

 オーキデ騎兵軍団長であるレスコーが自身の幕僚らを伴って、オーキデ狙撃軍団司令部を訪れていた。

「同志軍団長!!同志騎兵軍団長らがお見えになっています!!『同志狙撃軍団長と話がしたい』とのことです!!」

「何だと!?とにかく通んだ!!」

 自身の副官から話を聞いたエーヌは、直ちに彼らとの会合に臨むことにする。

――わざわざ、向こうからくるとは……。何を考えている!?と疑問を抱きながらも……。

 先のオーキデ共和国狙撃軍団と同騎兵軍団の首脳会議では、両軍団長のそれぞれの案が対立した。

 一つはエーヌ案。彼が総指揮が執り、彼が率いる狙撃軍団が先陣を切って敵の防衛線に穴をあける。そこを彼のタイミングの下、レスコー率いる騎兵軍団が突撃して首都に攻め入るというものだ。

 もう一つはレスコー案。両軍団長が、並立且つ連携して指揮を執り、エーヌの狙撃軍団が敵を引きつける。その間に、彼が率いる騎兵軍団が迂回するというものだ。

 どちらの案が成功しても、一番手柄を上げるのは、それぞれの案の発案者ということになる。戦後の待遇のことを考えると、ここが一番譲れない場面を状況である。

「同志レスコー!!わざわざ狙撃軍団こちらに来てもらって早々だが、時間がない!!一体、『話』とは何だ!?」

 レスコーらと顔を合わせた直後の、エーヌの第一声。作戦までに『時間がない』ことは確かだが、口調が同格と話すものと感じられないのは気のせいか。

 それにもちろんのこと、この時の彼に前者の案を譲る気持ちは全くない。

 もしも、レスコーが後者の案を採ることを促そうものなら、その時点で適当な理由をでっち上げて、会合を打ち切るつもりだった。

 しかし、レスコーの口からは――

「では早速言わせてもらおう!!この前線における指揮権を同志に譲ろうと思う!!」という驚くべき返答が返ってきたのだ!!

「何!? それは本当か……!?」

 信じられずに、訊き返してしまうエーヌ。何せ、主導権を譲ろうとする者なぞ見たことが無い。少なくとも彼の人生上は……。

 流石は馬賊だけあって、騎兵の運用が巧みなレスコー。敵の隙だけでなく、味方の虚を突くことも得意なようだ。

 そんな彼が、険悪な関係を築いているエーヌに――

「今は冗談を言う時間が無いはずだろ、同志!! それと、俺はこんな時に冗談を言うほどお喋りじゃない!!」と、まるで友人に話しかけるように、答えている。

「……!?」

 ただし、その『友人』が悪友の方だから、エーヌの不快感はぬぐえない。

「『信じられない!!』と顔に書いてあるな。まぁ、そう疑うな!!『指揮権は譲る!!』――このことは本当だ!!」

「逆を言えば、それだけだろう……!! 条件は何だ!!」

 なおも話し続けるレスコーに、エーヌは今にも噛みつきそうに口調を荒げる。

 この事ばかりには、レスコーの幕僚達にも緊張が走る。しかし、当のレスコーは全くと言っていいほど、態度を崩していない。悪く言うと、全く緊張していない。完全に、真面目な生徒に話しかける不真面目な生徒に見える。

「察しが早くて助かる。何、難しいことは言わない。同志狙撃軍団長の案を一部修正してもらいたいだけだ!!」

「……修整とはなんだ!?」

「第一に、先陣を騎兵軍団われわれに譲っていただきたい!!」

 このレスコーの条件を聴いた時のエーヌは、“驚愕”という感情を覚えたが、“拒否”という選択肢を覚えなかった。

――狙撃軍団われわれに背を預けるというのか!? だが、これはこれでありがたい!!と、内心でほくそ笑んでもいる。

 その目も一瞬だけだが、“いざ”という時はる気の目と化していた。

「……そのことに反対する理由はない。しかしそれでは、同志らの長所を殺すようなものではないのか……!? 分かっていると思うが、奴らの防衛体制には隙が無いんだぞ!!」

「その点は心配ない。我々には王国軍のものと同等以上の火力を誇れる、精鋭の砲兵連隊が四個もあるじゃないか!!」

 エーヌの問いに、自信満々に答えるレスコー。彼の言うとおり、両軍団にはそれぞれ同四個連隊計四百門の野砲が配備されている。その砲の質も、王国軍のものに劣らない。

「それらを使った砲撃で、無理やりこじ開けてから、突破するというのか……!?」

「まぁ、そんなことだ」

 エーヌの解釈に若干の相違があるものの、あっさりとそれを肯定するレスコー。

 本来なら“こじ開ける”というよりは“く”という表現が相応しいが、説明するのも面倒。そこへ時間があまりないことが相まって、肯定に至った。

 それに場の空気も悪くないのに、わざわざ掻き乱す必要もない。

 何せ、ここからが第一の関門なのだから。ここは絶対に突破しなければならない。

「――だが圧倒的なものでないと意味がない。そこで、お前さんの方の砲兵部隊を全てを借りたい!!」

 ここでレスコーは、思い切って本音をエーヌにぶつける!!

 両軍団を合わせれば、野砲の数は八百に上る。この数なら、例え一時的なものであっても圧倒できることは確実。彼にとってはその『一時的なもの』で十分なのだ。

 もちろん、王国側も両軍団を上回る野砲を用意していると確実視した方がいい。しかし、それらは各々の軍団ごとに分散配置されている。それらを用いた反撃による被害も、比較的軽いものになることだろう。

 問題はエーヌが自分の火力を又貸すかにあるが、当の本人の口から――

「火力の集中か……。いいだろう!! 貸してはやらないが、照準はお前が指示して構わん!!」と、事実上「又貸す」に等しい答えが発せられた。

 結果――第一の関門の突破に成功した。

――別に欲を張ることもない。これでも胸を張れる成果か……。

「それで構わない」

 レスコーの方も、結果に満足したので快諾してみせる。

 すると、エーヌは自身の口調を――

「次は!? 他にもあるんだろう……!!」と、今にも噛みつきそうなものに戻してしまう。

 どうやら彼は『これはこれ!!』、『それはそれ!!』と割り切れる頭の持主のようだ。

 しかし、レスコーはそれに怯むことなく、淡々と――

「第二に、首都の占領は諦めて欲しい」と続ける。

「何だと!?」

 エーヌは思わず自分の口から驚きの声を上げた。本来は拒否反応をしたかったが、することを忘れてしまった。何せ彼の内心は、半分が『驚愕』と残り半分が『怒り』で分けられている。怒りの比率が今少し足りなかった。

 とはいえ、怒りの感情を持っていることを証明するかのように、彼の拳は固く握られている。一分もしない内に殴りかかってきても、おかしくない。

 それらを瞬時に把握してしまったレスコーは、平静を保ちながらもエーヌを諭すことに努めていく。

「良く考えるんだ同志。我々が先に首都を占領して、パ連やソ連の同志らはどう思う!?」

「我々を絶賛してくれるのではないのか!?」

 レスコーの問いに、ドヤ顔で答えてみせるエーヌ。だが、その答えは希望的観測の域を出ない。何しろ、「両国の同志達はオーキデの革命戦士達を救うために、この世界に来てくれたのだ!!」と本気で考えている。どこまで“能天気”なことか。

 それ故に、その『ドヤ顔』も短時間の運命にある。

「少なくとも、本心では絶対に良い顔はしないな!!」

 レスコーは、そんなエーヌに呆れそうになりながらも、断言してみせる。平静を保っているというよりは、どこか冷め切っている態度だ。良く言えば、達観している。

「何故だ!? 彼らとは同志のはずではないか!?」

 エーヌは自身の内心の『驚愕』の比率を、一割程度上げる。今も『ドヤ顔』は保っているが、その顔にはどこか陰りが見え始めている。

 また一瞬だが、彼の目が少し狂っているように見えた。きっと溜まっているストレスがあふれかけているのかもしれない。

 既に周知の方もいるかもしれないが、将軍とか提督とかいう『軍事指揮官』という職業は、どの世界でもストレスが溜まる職業の最たるものに部類されるのだから……。

「この際はっきり言おう、同志エーヌ!! この世界はな――同志あいつらにとっては、どうでもいい世界とこなんだよ!!

 それを同志あいつらは“宣伝”と“情報収集”のために、自分の重い腰を上げて、当世界ここに来て下さったんだ!! 用が済めば、この世界とは早々におさらばしたいんだよ!! だが……今のところは、“宣伝”の材料になる“戦果”がないから帰れないだけだ!!」

 レスコーは、エーヌが狂わないかどうか心配するも、彼に事実を突き付ける!!

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