第5話 夢の世界

「ここに愛子が来たのか!?」御坂は目を見開きカウンターテーブルを叩いた。御坂が小林愛子をここに連れてきたことなどなかったのだ。

「私は妻から話を聞いただけでございます。妻があちらの世界に行ってもう二十年になります。最近御坂様の奥様があちらの世界に入り、妻とも仲良くさせていただいているようで。」

「あちらの世界って、マスター、それは死んだってことなのか?」御坂の顔がどんどんと歪んでいく。握り締めている拳が震えている。宅間は二人を交互に見ることしかできない。

「死んではおりません。死の世界も近いのかもしれませんが、生と死の間に夢の世界、というものがございます。私は妻が夢の世界に行ってしまったためにこの店を作りました。夢の世界と繋げ、妻と会うためだけに作りました。」言い切るとマスターは静かに酒棚に飾ってある妻の写真に目線を移した。

「馬鹿馬鹿しい。そんな世界なんかあるわけがない。馬鹿にするのも大概にしてくれ!」御坂は声を荒げた。だが、唯一鍵を握っているかもしれないこの店から離れられない。御坂はもう八方を尽くし、愛子を見つけることができなかったのだ。

「お気を悪くさせてしまいましたね。忘れてください。」マスターは静かに微笑んだ。宅間は続きが知りたくて仕方が無い。それは御坂も同じように見えた。

「この店に、マスターの奥さんが来ることはあるのかい?」宅間は御坂の気をこれ以上立てないよう、優しく尋ねる。

「ございます。しかしもうあちらの人間になりきっているために、他のお客様には見えません。」と、きっぱりと言いきった。背中にぞくりと寒気が襲う。老人の戯言とは到底思えない。

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夢の住人 村崎 愁 @pirot1

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