第4話 鍵

「それからは彼女から誘われるまま逢いに行った。彼女は会うたびに俺の仕事を事細かに聞いてきて、俺は結婚できるんじゃないかって有頂天になってさ、嫌らしい話だが年収まで教えたよ。結婚するなら知らなければならない事だとも思ってな。」

「それはつまり、小林愛子はお前を好きだったとかいうことか?」

「いや、違う。なんと説明すれば妥当なのかはわからないが、その、彼女はことさら寝るのが好きなんだ。」

「よせよ、そこまでの自慢話は聞きたくない。」宅間は気分が悪いと、残りの酒を一気に飲み干す。御坂は急いで訂正をした。

「違う。寝るっていうのは、睡眠のことだ。」

「睡眠?寝るのはみんな好きなことだろう?当たり前の事だし毎日とるものだ。」

 御坂はまたしばらく間を置いた。御坂本人も説明が難しいようで、浮いている言葉の端々を掴んでは離しているようだ。

「彼女は、夢を見るために寝るんだ。だから睡眠薬を飲んでまで、毎日長い時間、何度でも寝ていたかった。そのために彼女にとって俺の仕事は最適だったんだよ。」

 御坂は貿易関係の仕事で家には週に一度帰ってこれるか、それ以下かだ。

「ちょっと待てよ。簡単に言えば、小林愛子は好きなだけ寝るためだけにお前と結婚したっていうのか?」全く宅間には理解が出来ない。そのような理由で結婚する女がこの世に存在するとは思えない。宅間も今はどうあれ、昔は妻と好き合って結婚に至った。

「その通りだ。今は確信している。彼女は俺も息子も愛してはなかった。息子が産まれてからは好きに寝ることが難しくなって彼女はどんどんヒステリックになった。育児はほとんど彼女の母親がしていた。」御坂は今にも涙が零れそうで哀れな表情になる。

 宅間はもっと詳しく話を聞きたいが御坂自身が言葉に追いつかない。マスターが新聞をたたみ、御坂に視線を移した。

「御坂様の奥様は御坂様のことは気にしていらっしゃるようです。ただ、ご子息様にはもう会う事はないだろうと、うちの家内が申しておりました。」

 宅間は美しい妻を自慢げにこのBARに連れてきて、マスターの妻が来ている時にでも紹介している御坂を想像した。しかし繋がりがあるにしても妙な話に感じた。

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