第3話 夢の入り口

「どうだ?最近は、お前のところは娘だよな。」

「あぁ。娘は可哀想に俺に似てしまって余計に可愛いよ。」

 宅間は決して器量が良い顔とは言えない。それはもう昔からわかっていることだし、自覚もある。反して御坂は綺麗に整った顔立ちをしており、四十前にしても良い歳のとり方をしている。御坂が握ったグラスのミストが少し溶け、シャリシャリと小さな音を立てた。それだけで何かのCMになってしまいそうなフレームだ。

 マスターは椅子に腰をかけ、新聞を広げ葉巻を吸いだした。その仕草も何も変わっていない。宅間はしばらくその空間に身を委ねた。葉巻の香りも古いレコードも酒の味も、このように心地が良いものと感じられるなら、歳を重ねるのも悪いことばかりではない。

「御坂様、同じ物でよろしいでしょうか?」マスターの問いに御坂が頷くと手早く同じスコッチのミストが出された。宅間の酒はアイスが溶け、小さくなっていたので新たに大きな丸氷が投入された。

「御坂、お前のところのは息子だったな。可愛いだろう。何しろお前と、あの小林愛子の子供だ。」宅間は二人の息子の顔を想像する。息子ならば母親に似ているかもしれない。

「実は彼女、今家にいないんだ。息子は俺の実家で親に見てもらっている。」御坂は一気に言い切ると表情を曇らせた。

「なんだ、喧嘩でもしたのか?」宅間は今日は美味い酒が飲めそうだ、と底意地の悪いことを思う。御坂は確かに端正な顔立ちはしているが、小林愛子とは釣り合いが取れていない。小林愛子はいずれ金持ちの旦那を見つけて派手に生きていくのだろうと、大学の誰もが勝手なイメージをしていた。卒業してしばらく経ち、いきなり結婚式の知らせが届き、結婚式では「何して落としたんだ。」「お前宝くじでも当たったんじゃないか。」などと冷やかされた。


「何から話していいのかわからないが、お前に愛子と付き合ったとかの話もしていなかったよな。」宅間は頷く。「どっちからなんだ?」

「彼女から。同窓会が卒業して一年後にあっただろう。その時に連絡先を聞かれた。」

「へえ。意外だな。てっきりお前が土下座でもして口説き落としたかと思っていたよ。」

「そこまで格差を見せられると俺に失礼だろ。」と御坂は少しだけ笑い、また酒を見つめた。

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