第2話 旧知の店へ
急ぎ妻に「御坂に何かあったらしいので遅くなる。」とメールを送りタクシーを捕まえ乗り込んだ。宅間の妻はなかなかの恐妻で「何かが」起こりでもしない限り勝手な行動は許さない。
出会ったばかりの頃などは弱弱しく、想像もしなかったことだが、女は結婚、出産、とあらゆるどこかの過程で変わることがわかった。今では物音一つでも怒られる始末だ。
とはいえ、我が子は可愛いし、独り身の長かった宅間にとっては、帰宅し、電気がついており、料理が出来ているだけでも満足のいくものだった。それでもやはり、仕事や家庭での不満は溜まる。今日という日は気晴らしに全く丁度良い日だった。
疲れをため息に変えているうちにタクシーは早々とBARの近くに止まった。
料金を払い、タクシーを降り階段を下りていく。何も変わっていない。古びたレンガの壁の落書きも、下りた先の重厚なドアも。ゆっくりとドアを開けると、やはり変わらぬドアの鐘がチリンと音をあげた。薄暗い店内のカウンターの一番奥の席に御坂が座っていた。
御坂はもう先に飲んでいるようで、それも昔から御坂が好んで頼んでいたスコッチのミストがカウンターの上に置いてあった。宅間に気が付いた御坂は立ち上がり宅間の背中を何度か叩いた。
「悪かったな。急に。最近はどうだ?」
「御坂、変わってないな。俺は会社からも妻からも叩かれる毎日だよ。それよりお前はどうだ?」そう言うと御坂は先に席に腰をおろした。やはり店内にはやや大きめの音量でレコードがかかっており、幾分か歳老いたマスターが立っていた。
宅間はまっすぐに御坂を見ながらレコードよりも小さな声で、「今日はそうだな、マッカランの十八年をロックのダブルで。」と囁いた。マスターは穏やかな表情のまま注文どうりに酒を出し、「お久しぶりです、宅間様。」と言った後に「こちらはサービスです。」と昔宅間が好んでいたカシューナッツを出した。試されているとわかっての行動だ。よく聞くと、レコードも入った時の曲と変わり、昔いつも流れていたものだった。客によってレコードも変えていた、試すなどとしてしまったが感服だ。宅間が思っていたよりもマスターは素晴らしく耳がよく、素晴らしく記憶力がある、まさにプロだった。
引き換え宅間はロックを頼んだが、特にこだわりがあるわけではなく、ただ会話が途切れた時や手持ち無沙汰になった時に指で氷を回す、という行動がとれる、というだけの理由で外で呑むときはいつもロックを頼む。
御坂と乾杯をした後、御坂の顔をじっくり見ると少し痩せたように感じた。「お前、少し痩せたんじゃないか?大丈夫か?」聞いても御坂は自分の話は今はいい、という風に笑った。
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