夢の住人
村崎 愁
第1話 再会の連絡
大学時代からの友人である御坂から、およそ三年ぶりに連絡がきたのは夜二十二時を回ろうとしていた時だった。(三年前に連絡がきた理由は子供が無事産まれた、という嬉しい報告だった。)
宅間は丁度、会社で上司から押し付けられた雑務が終わり、終電を逃すまいと駅に向かう途中で携帯電話が鳴りだした。早足で歩きながら、腕時計を見て通話ボタンを押す。
御坂はあまり自分から連絡を寄こすタイプの人間ではない。宅間自身も一段階の出世と、子供の誕生等で御坂とは随分疎遠になっていた。
「久しぶりだな。こんな時間にどうしたんだ?」
「急にすまない。今、時間はあるか?」御坂の声は微かに緊張と憂いを帯びており、時間がない、とは返せる雰囲気ではなかった。それに、久々に御坂からの連絡がきたということは嬉しい反面、なにかが起こったと推測させるものであり、大丈夫だ、と宅間は余裕を持って答えた。御坂は大学卒業後、仕事終わりに愚痴をこぼしに二人でよく行っていた、路地裏の地下にある古いBARを指定した。
(それも御坂が大学でミスに選ばれた小林愛子と結婚するまでの短い間であったが。)
その密やかに経営する古いBARには飾り気など全く無く、当時六十を越えたマスターがおり、マスターは注文以外の話を全く聞かないか、聞いていないふりをしてくれる。話しかけても返事はこないが、いくら小さな声でも注文だけは聞こえる不思議な耳を持ったマスターだ。話をしたい、聞いてほしい一人客も、泥酔客もおらず、薄暗く、古いレコードが幾分大きな音量でかけられており、愚痴をこぼす場所としては最適であった。他の客の特徴も、決して世間的に良くないであろう職業の人間や、明らかに密会をしている男女などが多かった。まだそのBARが経営されていることには驚きだが―宅間が最後にそのBARに訪れたのは約八年程前だ―御坂は度々顔を見せていたようで、マスターは代替わりもしていないとのことだ。もう七十辺りのマスターの耳は、不思議なまま変わっていないのだろうか。
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