第二章
第二章1
「それで、あたしの可愛いリィトはミュリヤと仲良くなって、あの子たちとの共同生活を好調に滑り出した、ってことで良いのかしら?」
つまらなそうな声色に“天使”の表情をちらりと窺えば、やはり退屈そうな表情があった。「はい」と答えれば、わざとらしく大きな溜息を吐かれる。
二回目の報告会だ。
前回の謁見からきっちり七日を過ごした後、俺はまた遙々ヴァンケットまで来た。
前回を踏まえて、俺はこうしてありのままを報告したのだが。
「まぁね、あたしの可愛いリィトはあたしだけの物ではないのだし、あの子たちとどんな交流をしようとも、それはリィトの勝手よね」
「はい……」
「そもそもがあたしの命令なのだし。あたしが文句を言えた義理じゃないことくらい弁えているつもりよ。えぇ、もちろんですとも」
“天使”は要領の得ない言葉を続ける。
今はいつもの傲慢さも、理不尽さも成りを潜めているが。
「でもね、あたしは別にあなたとミュリヤの初々しいやり取りを聞きたいわけじゃないの。そんなのはミュリヤから散々聞かされているの。もうお腹がいっぱいなのよ。わかる? あたしの可愛いリィト。この報告会は、あたしとリィトの時間なの」
“天使”はベッドの縁から立ち上がる。
軽やかな足取りで俺に近付き、その絹糸のように滑らかな身体を俺にもたれる。
俺は直立不動でベッドのレースを凝視し、お姫様の身体の感触も、吐息も、意味ありげな視線も全て無視するよう努める。
「ねぇ、どうしてミュリヤには心を開くのに、あたしにはいつまでも余所余所しいのかしら。可愛いリィト、あたしの
今まで聞いたこともないしおらしげな声色でそう言い、“天使”は更に俺に密着する。豊満な胸が押しつけられて形を歪める。か細い吐息が俺の耳をくすぐり、ちらりと盗み見た“天使”の瞳は、あのとき置き去りにされた幼子のように潤んでいる。
「はい、いいえ。私のような下賤な平民が、ミコト殿を評価するなどおこがましい愚行だと存じています。それでも敢えて言わせて頂けるのなら、ミコト殿はこの国で、いえ、この大陸で一番の美貌をお持ちであることは明白だと存じます」
「あっそう。じゃあこれだけは覚えておきなさい、あたしの可愛い朴念仁。そういうこころにも無い世辞を吐くときは、感情くらい乗せて相手を喜ばせるつもりくらいは見せるべきだってことをね」
“天使”はそう吐き捨て、俺から離れる。その際に俺の革靴を、真っ白な裸足で踏みつける。痛くも痒くもないので、何も思わずに済んだが。
そうしてぶつくさと文句を言いながら自分のベッドに戻っていく“天使”。
「まぁ、ミュリヤはそういう子よね。あの子なら生真面目過ぎるリィトに付け入ることくらいやってのけるわね」
――でも。
そう区切り、“天使”は蠱惑的に表情を歪める。
「目下一番の問題はリナリスよね。あの気高くも美しい孤独なお姫様を、リィトは手込めにできるのかしら? 時間は有限で、どれだけあっても足りないものよね。人間の一生は短いし、あたしたち“天使”だってそれは変わらない」
――まぁ。
「あの子たちのそれは寿命じゃなくて、もっと切実なものなのだけれど」
それでお仕舞いと言うように、天使は俺に背を向ける。
俺には“天使”の言葉が何一つ理解できない。
俺はリナリスを手込めにするつもりなどないし、お姫様は目の前の“天使”だ。
それに有限の時間とは何か? 疑問を投げかけても無意味だとわかっているのに、俺は愚かにもそれをくちにしてしまう。
「寿命よりも切実なものとは、一体なんなのでしょうか」
「さぁ。言ったはずよね。あたしが答えてあげるとは限らないって」
振り返った横顔。意味ありげな視線が俺を捉え、“天使”はくすくすと笑う。
報告会は今回も徒労に終わる。
こんなことやり取りをするためだけにヴァンケットに戻り、俺はまた六時間も掛けてフリューゲスに帰るのだ。
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