創作ノート
結城雪夜
第1話 リーマンもの
その日は冷たい雨が降っていた。同僚と久しぶりに飲んだ帰り道、人気のない公園で傘もささずに立ちすくむ人影があった。ボタンのとれたワイシャツにスラックス姿のサラリーマン。年の頃は20代といったところだろうか。乱れた服装から襲われたとうかがえる。白い肌に無数のうっ血が散っている。
「どうして……」
ぽつりとつぶやいたその青年の目は空をさまよい、生気がない。儚さと妖艶さとが混在し、魅入らずにはいられなかった。
目を覚ますと、見知らぬ場所だった。一瞬、囚われたのかと思ったが、聞き覚えのある声に今いる場所を把握した。
「まだ眠れ。ずっとそばにいるから」
「和泉さん、聞かないんですか?」
「無理するな。橘が話したければ聞く。無理に話す必要はない」
和泉に抱きしめられた。和泉のつけてるコロンの香りにホッとする。
「俺が甘かったんです。隙を見せた自分が悪いんです」
思い出すだけでも吐き気がする。しかし、悠希は上司である和泉に報告する義務がある。
「聴いてくれますか」
か細い声でゆっくりと話し始めた。
突然先輩の中村から取引先との接待を代わりに行って欲しいと頼み込まれた。元々中村の担当する取引であったため、悠希が引き受ける必要は全くない。しかし、断ることが出来ず、引き受けた。単に食事をし手土産持たせて帰すだけ。適当に話を合わせご機嫌とればよい。それだけのはずだった。
教えられた料亭は、悠希たちの会社が接待によく利用する料亭ではなく、先方の指定の場所だった。何かあるのではと警戒しなかったわけではない。
「君に会いたかったんだよ。それで今夜この席を設けたんだ」
先方はニヤニヤと上機嫌で話す。悠希は、信頼していた中村から嵌められたとわかり、悔しさをにじませた。
料理も出尽くした頃、突然抱きつかれた。
「離してください」
「いいのかな? 取引なくなるけど?」
脅されると大人しくする他ない。この取引は大口契約で、この契約いかんで今期の売上が決まるのだ。そのためにも、言うことを聞かざるを得なかった。
されるがままだった。ねちっこい愛撫に吐き気がした。そして、反応する自分の体にも嫌気がさした。何度も中に出された。
「いやあ、良かったよ。君のこと気に入った。また時間を設定するから楽しませてくれよ」
上機嫌で話す先方を睨みつけ、その料亭を後にした。
悠希の心を表しているかのように、冷たい雨が降り出した。どこをどう歩いてきたかわからない。いつも通り抜けるだけの公園で立ち止まると、両手で顔を覆い、泣いた。自分を責め続けた。そして、心が冷たく凍りついていくのを感じていた。
和泉もほんとうなら単なる酔っぱらいだと素通りしていたところだった。昨夜はなぜか気になって仕方がなかった。なんとも言えぬ雰囲気に、素通りできなかった。倒れ込んだ悠希を抱きかかえて自分の住まいに連れてきた。服を脱がせ、体を清めた。白い肌に残ることの爪跡に、怒りを覚えたのだった。
泣き続ける悠希の背を赤子をあやすようにポンポンとたたく。和泉の腕の中はとても心地よく、居心地のよい場所のように思えた。
悠希は和泉を見つめると抱いて欲しいと誘った。塗り替えて欲しいと、泣きながら。涙に濡れた瞳で見つめられ戸惑ったものの、それで悠希が癒されるならと肌を合わせた。強く抱いて欲しいと懇願されるまま、激しく抱いた。快感に体をしならせる。その様に一気に理性を持っていかれた。求められるまま、無我夢中で抱いた。一晩中ずっと......。
創作ノート 結城雪夜 @tukuyomi-luna
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