光明一筋

「ォォン!」

「なにをしておるか、阿修羅よ――なに? 腹が減っただと? 主は自分で餌をとれるであろうに」

「ウゥ……」

「ふはは、なに、もう少しで雪月風花に着く。もうすこし我慢せよ」


 あれから一か月が経っていた。

 東の森でフォレストウルフを手なずけたわたしは、なぜか攻略組から変な目で見られるようになってしまった。

 そのせいで安心して歩ける街中のはずなのであるが、このウルフのせいで深夜に、しかも人目に着かぬ場所を通らなければわたしたちのギルド――雪月風花にたどり着くことが出来ぬようになっていた。

 蜜柑や蛍殿、清明殿はわたしを質問攻めにするが、ただただこの阿修羅が着いてきただけだと答えると、なんとも疲れたような表情をして座り込んでしまったりもした。

 それより気がかりなのは、桜殿と雪崩殿のことである。

 この一か月、わたしは独りで行動することにしていた。また、あのわたしでも手を焼くような敵に出会うとも限らないからだ。

 その中で、色々なプレイヤーと話をする機会があったが、未だ桜殿と雪崩殿の噂はない。

 だが、今日一つだけ収穫があった。


「お帰り~刹那っち。今日は何か進展あった? こっちはやっとゴブリンキングと戦うのに戦力が整ってきたところなんだけどさ」

「刹那……よかった、無事で」

「……お帰り」


 美女たちに迎えられ、なんともいえぬ気分になる。

 そうだ、浮かれても居られぬ。重大な報告があるのだ。


「東の森の先に墓標を見つけた。今までで百人近くのプレイヤーが死んだであろう? そのプレイヤーたちの名前がそこに刻まれておったわ」

「――え?」

「東の森に、先があったの!?」

「うむ。馬鹿にでかい墓標の先は崖になっておってな、底が見えぬ程暗い崖であったわ。おそらくあれがこの世界の東の端であろう」

「ちょっとまって刹那っち。墓標に、死んだプレイヤーの名前が書いてあったって言った?」

「うむ。安心せよ、桜殿と雪崩殿のプレイヤーネームは書かれていなかった故」


 そこで、蛍殿と清明殿、蜜柑までもが明るい顔になる。

 それもそのはずだ――もはや死んでしまったのかとあきらめ始めていたのであるからな。


「じゃあ、まだ生きてるんだね、桜っちと雪崩っちは――よかった……! 本当によかった!」


 蛍殿が涙ながらにそういうと、他の二人も目に涙を浮かべていた。

 今は――というところであるが、朗報には違いない。だが、余裕がないのも事実。

 早めに桜殿と雪崩殿と合流しなければ。


「ああ、間違いない。しかし、東の森は深すぎであろう。全て探索し終えるのに丸一か月かかってしまうとは……あとは北の街道付近と西の森であるな」

「……そう、西の森だけど、今日ミカンと見に行ったけれど……」

「そうそう、刹那! 西の森の先は街道のゴブリンを素通りして、次の街に行けそうなんだよね

「なんだと? そうであれば、そちらを桜殿と雪崩殿が通った可能性もある、ということか?」

「そうだね……雪崩っちの実力と、桜っちのセンスがあれば、あんな森くらい抜けられるかも。次の町で静かに暮らしてるっていう可能性も考えられるね」

「その情報、他の者には?」

「言ってないよ。でも西の森は結構強い敵が居るからね。あたしたちだって【騎士団】の力を借りないとあそこは踏破できないかも。重装備の前衛二人いないと普通の人じゃ厳しいよ。桜っちみたいに弓とかで遠隔で敵をばったばったやれれば良いかもしれないけどね。そもそも弓が不人気武器すぎて、誰も使いたがらないのが悪いんだよ……そういうあたしも使いたくないんだけどさ」


 騎士団、というのは攻略組が集まってできたギルドの集合体のことだ。

 わたしは独りで東の森へと踏み入った為、騎士団の連中とは会ったことが無い。

 いや、会う機会は何度かあったのだが、私が断った。

 わたしの能力は傍から見るとどうにも良いイメージではないらしく、質問攻めにあうか、憎まれるかどちらかだ、というのが蛍殿の見解である。

 ――というわけで、わたしは単独行動を余儀なくされていたのだが。


「ふむ……弓の話しはともかくとしても、西の森については初心者プレイヤーは近づかないのだな。レベル上げに使える程度の森、という認識なのであるか」

「そうだね」


 蛍殿曰く、初心者プレイヤーは西には近づかず、入ったとしても奥まで入るなと騎士団が警告しているとのこと。

 ――で、あれば。


「わたしに提案がある」

「刹那の言いたいこと、分かる気がするけど――大丈夫なの?」

「……? 何のこと?」


 蜜柑がわたしが言わんとしていることを察したらしい。

 清明殿と蛍殿は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「大丈夫だ。今まででもひとりであったし、阿修羅がいるからな。それに、皆、わたしと共に探索に出る方が危険かもしれぬとなれば、そうするしかないであろう」

「――あ、もしかして刹那っち……」

「気付かれたか、蛍殿。そう、キングゴブリンの討伐には蜜柑と蛍殿、清明殿が雪月風花の名を広めるために出て欲しい。わたしは桜殿と雪崩殿を探しに西の森を抜けてみようと思う」

「……一番効率的だけれど、刹那さんは……」

「ははは、清明殿、わたしを甘く見るでない。大丈夫だ。それに、桜殿と雪崩殿が生きていると分かった今だからこそ、こうするべきなのだ」


 わたしはそれ以上会話をする気はなかった。

 やることは決まった。森で雪月花の切れ味も試した。武器の持ち替えもスムーズに行うことができるようになった。

 で、あれば、だ。

 この一分一秒がもったいない、と思う訳である。


「それでは、わたしはこれから西の森を突破しに行く。近々、キングゴブリンの討伐に行くのであろう? 向こうの街で、また会おうぞ」


 雪月風花の仮ギルドホームの扉をあけようと、わたしが扉に手をかけた瞬間、誰かに後ろから抱きつかれた。

 背中にあたる二つのふくらみ――蜜柑か。


「絶対、死んじゃダメだからね」

「わかっている」

「ォォン!」


 今まで部屋の片隅で黙々と飯を喰らっていた阿修羅が、元気よく吠える。

 それを皮切りに、蜜柑はわたしからゆっくりと離れ、わたしは外へと歩き出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪月風花、ばーちゃるせかいを征く酔狂な青年 蒼凍 柊一 @Aoiumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ