彼と彼女の存在意義《レゾンデートル》

甘枝寒月

本編

 あるところに、少年と少女がいました。

 彼は、親が悪魔を崇めるのに没頭していたためひとりぼっちでした。

 彼女は、些細なことでいじめられひとりぼっちでした。

 そして、彼と彼女は出会い。話をし。いつしか唯一の友達となりました。

 それから、彼らはなんども会い、他愛のない会話で盛り上がり。たまにお菓子を食べたり。ふざけあって笑いあったり。とても幸せでした。


 ですが、幸せはそう長くは続きませんでした。

 ある日、彼女の前に悪魔が現れ、こう言いました。

「彼の魂をいただいた」と。

 その右手には、透明なボールにちぃちゃなちぃちゃな彼が入っていました。

 呆然とする彼女に、悪魔はこう言いました。

「彼をこのまま食べてもいいが、ある条件を満たせば解放してあげよう。

 こことは違う世界へと行き、わたしが気に入るような魂を捧げてくれたら、彼を食べずにこの世界へと戻してあげよう」

 その言葉に、彼女は飛びつきました。

 悪魔は、ニヤリと笑うと。彼女の周りに魔法陣を創りました。魔法陣に包まれ、そのまぶしさに目がくらむ中。悪魔の声が響きました。

「わたしは、欲望と悪で染まった醜い魂が大好物だ。そんな魂を捧げてくれたら、きっと彼は食べられずにすむよ」


 そして、彼女は異世界へと降り立ちました。

 近くの町で、彼女は物盗りを見つけました。そして、物盗りを悪魔に捧げようと念じると物盗りは爆発しました。ですが、悪魔は満足してくれません。

 仕方なく、彼女はそのあとも何人かを捧げますが、悪魔は納得してくれませんでした。

 もっと大きな、一番大きな町に行けば一番悪い人がいるかもと思い、彼女は王様のいる街へと行きました。

 そこで話を聞くと、王様はその権力を使って何人も無実の人を殺しているこれ以上はいない極悪人だそうです。

 これは期待できると思い、彼女は王様に会いに行きました。途中で止められましたが、そんな人たちは悪魔に捧げてしまい、すたこらさっさと歩きます。

 そして、彼女は王様のところへと行き。王様は捧げられました。

 ですが、それでも悪魔は満足しません。

 彼女は、混乱しました。一番の極悪人を捧げたのに満足してもらえなかったからです。


 そして、少女は王妃を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。次に大臣を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。護衛騎士を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。学者を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。やってきた王子を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。侍女を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。料理人を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。庭師を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。貴族を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。令息を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。令嬢を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。執事を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。街に降り、兵士を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。歩いていたカップルを捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。逃げ惑う男を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。腰を抜かす客引きを捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。呆然と立っている母親と不思議そうにする娘を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。泣きわめく少女を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。和やかそうにする老婆を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。うずくまる女性を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。女性の血を浴びる赤子を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。石を投げつける少年を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。神に祈りを捧げる神父と修道女を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。子供を乗せている御者を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。馬車に乗った子供達を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。目に付いた人を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。動いている人を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。命乞いをする人を捧げました。ですが、悪魔は満足してくれません。


 捧げて、捧げて、捧げ続け。いつしか、もう誰も捧げられる人がいなくなりました。ですが、悪魔は満足してくれません。

 そして悪魔は言いました。

「わたしは、欲望と悪で染まった醜い魂が大好物だ」

 その言葉で彼女は気がつきました。少年を救うため街を赤く染めた彼女の魂を、悪魔が求めていることに。

 そうして、彼女は自分を捧げました。ようやく、悪魔は満足そうに頷くと。少年を解放してあげました。

 

 彼は、目覚めたあとに少女に会いに行きました。

 いつも会っていた場所で、彼女を待ちます。ですが、何日経っても彼女はきません。

 いくら待っても彼女がこないことに絶望した彼は、割れたビンを喉につけ。


 ぐしゃり。


 少年の亡骸から魂が出ると。悪魔はそれを手に取り、口に入れ。

 今度こそ満足した悪魔は、ふらりと何処かに消えました。


 めでたし、めでたし。

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彼と彼女の存在意義《レゾンデートル》 甘枝寒月 @AmaeRuna

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