ノスタルジア

甘枝寒月

本編

 ミーンミンミンミー、ミーンミンミンミー。

「トモくん、起きて」

「んー、もう少し……」

「そんなところで寝てたら具合悪くしちゃうよ、起きて」

「うー」

 なんども揺り起こされ、俺は目を覚ました。

「大丈夫? 顔真っ赤だよ」

 霞む視界に、女の子の顔が映る。この女の子は。

「咲姉、だよね?」

 そう。この子は、幼馴染の中尾咲子。幼馴染といっても、ばあちゃんたちの家が隣なだけで、年に23回会うくらいの関係だ。

 ちなみに、俺は牧智大。小5。今回は、お盆に家族でばあちゃん家に泊まりに来た。

「だよね、って。昨日も会ったじゃない。もう」

 咲姉が笑いかけてくる。

「そうだよな。悪い」

「……ホントに大丈夫? 頭おかしくなった?」

「なってねーよ!?」

「ふふ、ごめん。トモくんが謝る姿久しぶりだったから」

「謝るべき時は謝るって」

「そう? でも、自転車で突っ込んで垣根をぐしゃぐしゃにした時も、木登りで降りられなくなってハシゴで助けてもらった時も、それから……」

「何年前の話だよ!」

「去年か一昨年くらいだよね?」

「うぐぐ……」

「それより、宿題やっちゃお? いつも帰る前日くらいに私に泣きつくんだから」

「はいはい」

「はい、は1回」

「へい」

「へい、は2回」

「へいはいいんだ!?」

「冗談」

 わかりづらい冗談だなぁ。


「よし、宿題終了!」

「お疲れー」

 咲姉がパチパチと拍手してくれる。

「でも、今年は私に全然聞いてくれなかったじゃない」

「俺も年々成長してるんだぜ?」

 実際、勉強した覚えもないのにすらすら解けた。きっとこれは俺の隠された能力が目覚めたに違いない!

「そう。トモくんは成長したんだ。寂しいなぁ」

「へへん。いつか身長も追い抜くからな!」

 まだ10cm以上あるけど、牛乳飲んでぐーんと成長してやる! 夢は2m、いや3mだ!

「ふふ。きっとすぐだよ」

 咲姉もそう言ってるし。よし、頑張るぞ!


 その日から3日間、俺たちは遊びまくった。早起きして昆虫採集したり。2人きりでラジオ体操したり。川遊びで転んでびしょびしょになったり。夜、ライターと花火をくすねて花火大会したり。スイカを食べたり。木陰で昼寝したり。

 そして、あっという間に帰る日になってしまった。

「トモくん。じゃあ、またね」

「ああ。咲姉も元気で」

「うん。今年は、トモくんの成長がたくさん見れて楽しかった」

 成長。その言葉を、咲姉はよく使った。昆虫採集の蜜を作る時とか。ライターで火をつける時とか。……あれ? 俺はそれをいつ出来るようになったんだ?

 頭の中がぐるぐるする。出口を求めて、考えが彷徨う。

「トモくん?」

 咲姉が声をかけてきた。反射的にそちらを向くと、咲姉の後ろに立ち上る入道雲が見えた。

 お盆。咲姉。入道雲ーー雨。

「思い……出した!」


 俺は小5なんて時代はとうに過ぎた、大学の3回生だ。

 なんとなく大学まで進んだものの、将来なんか見えず。夏休みにただうだうだと家で寝っ転がってたら、お袋にバイトを提案された。『もうお盆も中頃なんだし、ばあちゃんたちのお墓を掃除してきな』と。

 そう、もうばあちゃんは死んでいる。そしてーー咲姉も。

 小5のあの日。俺たちが帰った日の夜に、大雨がこの地域に降り注ぎ。緩んだ地盤のせいで土砂崩れが起きて、それで。


「咲姉!」

 気づけば、俺は叫んでいた。

「一緒に帰ろう、咲姉! ここにいたら!」

 必死に叫ぶ俺に、咲姉は優しく笑いかけるだけで。

「……思い出しちゃったんだね」

「……思い出すって、まさか」

「うん。私たちが死んじゃってること」


 気がつけば、俺の体は大学生の体に戻っており。子供のままの咲姉との違いを嫌でも意識させられる。周りも、庭先なのは変わっていなくても何の音もしない、気配もない不思議な場所になっている。

「咲姉……?」

「なあに?」

「咲姉、なんだよな?」

「そうだよ」

「なんで、咲姉は」

「会いに来ちゃ悪い?」

「そうじゃなくて!」

「冗談。でも、ごめんね。私にもなんでだかはわからないの」

「そうか」

「でも、トモくんが成長したのがわかって嬉しかった」

「成長なんてしてない。ただ、漫然と年を食っただけだよ」

「それでも、成長したよ。この3日間ずっと一緒にいて、何回もそう思ったもん」

「そう、か。成長したのかな」

「したした!」

 咲姉に褒められる。3日間の間に何度もあったはずなのに、10年ぶりにも思える。

「咲姉。実は俺」

「だめ」

「え?」

「トモくんは、今を生きる人なんだよ? 死んだ私をいつまでも抱え込んじゃだめ」

「でも! 今、目の前に咲姉はいるじゃないか!」

「だめだよ。私は、もうすぐかえらなきゃいけないの。トモくんとは、もうお別れ」

「そんな! 嫌だ! 嫌だ!」

「大丈夫だよ、トモくん。トモくんは、私の初恋の人なんだから」

 咲姉が、笑い。次の瞬間、ふっ。と掻き消える。その様が、あまりにも唐突で。

 俺は、その場に膝をつき。

「はは。ずるいよ咲姉。俺には告白させないで、自分だけして行って」

 涙が溢れる。地面に斑点が幾つもでき、すぐに蒸発する。

「咲姉。さきねぇぇえええ!」


 目が覚めた時、俺は墓に置いてある大きな石に腰掛けていた。そういえば、墓掃除の後に休憩でこの石に腰掛けたんだっけ。

 それにしても、不思議な夢を見た。咲姉ともう一度会う夢。

「咲姉。あれは、ただの夢だったのかな?」

 言いながら、咲姉のいる墓を見る。

「……あれ?」

 お盆のために置いた、キュウリとナス。確かに置いたのに、ナスが忽然と消えていた。

「さき、ねえ?」

 風が、俺の額を撫でる。子供の頃と同じ蝉の声が、風に乗って聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ノスタルジア 甘枝寒月 @AmaeRuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る