第4話 逃亡の果てに

 ――う、嘘でしょ? 冗談じゃない! 


 フユメは心の中で叫び、死にそうな思いで悪路を突っ走る。


 迫りくる隕石を見ながら、どうも街の名前に引っ掛かりを覚えると思っていた。確かに『星降りの街』とは呼ばれているが、まさか空から隕石が降ってくるなんて想像もしていなかった。


 キャンプをしていた場所で見つけた『キューバー』に、『星降りの街』についての記憶が記録されていたがそこには、『夜空を彩る天体観測地!』という、星を見るためのスポットらしき場所に人々がいっぱい居たものだった。


 フユメは不謹慎ながらも、ここらへんで死ぬのだろうと絶望する一歩手前だった。しかし、その一歩手前で瞬時に現実へと戻る。横目に、保存状態のよい建物が飛び込んできたのだ。


「ツ、ツキミ! あそこ! あそこに逃げ込もう!」


 旋回するようにして、フユメの手を握っているツキミの右手を、今度は逆に引っ張る。


「ちょ、ちょっと!」


 急に後ろから引っ張られ、驚いた声を上げながらツキミはバランスを崩し、フユメの方へと背中から倒れこんでしまう。


「あ、危ない!」


 フユメは、慌てて両手を差し出して、ツキミの背中を抱えるようにして支えた。荷物で顔が押しつぶされながらも、悪路に倒れこむ事を阻止ししたフユメは、ホッと一息を付く。


「だ、大丈夫?」

「――ッ! は、離して!」

「わわわ!? ご、ごめん!?」


 フユメは、感謝の言葉がまず飛んでくるのだろうと期待をしていたが、その期待に反した耳を劈くような悲鳴が聞こえ、驚いて両手を離した。バランスを崩しながらも、距離を置くようにしてツキミから離れる。


 内心では、突然の大声にビックリして思わず手を離してしまったフユメだったが、今はツキミを連れて一刻も早くこの場から立ち去らなければならない。


「ツキミ! 急ぐよ!」


 フユメは、若干の決め顔を浮かべながら、かっこよくツキミの手を取ろうとした。しかし、ツキミはその手を華麗に避けて左手が空を切る。空気を掴む感触しか得られなかった左手を見つめ、いつの間にか建物へ向かって逃げているツキミの後ろ姿を捉え、慌てて後を追いかける。


 息も絶え絶えながら、フユメが建物に入った瞬間、凄まじい轟音が辺りを響き渡り、僅かにこの建物も揺れる。咄嗟に、物陰に隠れようとしたが、多少揺れるだけであって、隕石がこの建物を突き破る事はないようだ。また、天井から物が落ちてくる事もなく、一安心といった感じで額の汗を拭った。


 ――危なかった。ツキミが隕石に気が付いてなかったら、もしかしたら下敷きになっていたかもしれない。


 フユメは少し恐怖を覚えながら、揺れの収まった建物内を見渡す。どこか、受付の様な場所に二人は立っており、その奥の方は廊下になっている。更にその奥は大きな空間が広がっているようだが、外の光が全く届いていないため、こっからでは視認できない。


「……ツキミ。ここって、拾った『キューバー』に記されていた場所じゃないよね?」

「……そのようね。場所も反対側に合ったし、何より小さすぎる」


 ツキミは端末を確認しながら、当初目的としていた場所では無く、その途中の建物内にいる事をフユメに告げた。


「おかしいなぁ……。外から見た時は、こんな建物なかったよう気がしたんだけど……。ちょっと、不気味だよね」


 フユメは少し冷や汗を浮かべながら、右手を壁に当てる。壁はひんやりとしており、その感触が若干の不気味さを更に生み出した。


「フユメはここら辺調べてて。私は先、行ってるから」


 フユメが辺りを捜索していると、ツキミは単独で建物の奥へ奥へと足を進めて行ってしまった。彼女の悪い癖だった。興味があると勝手に先へと行ってしまう。その悪い癖で、何回か嫌な思いをしたことがあるフユメは、すぐに後を追いかける。


「ツキミー、何かあったのー?」


 ツキミにそう問いかけるが、内心、そんなこと言うまでも無く、この建物に何かがあるのかは明白だった。そう思えるのも、まずはこの綺麗さだ。


 彼らが今まで見てきた建物は、よくて半壊レベルか原型を留めるのに精いっぱいなものが多数だった。しかし、この建物は違う。原型を留めるのに精いっぱいのようには見えず、千年もの長い間、何一つ変わらずここに存在し続けていたかのような、そんな印象を受けていた。


 なによりも、建物内を漂う雰囲気が、謎の不気味さと異様さを生んでいるように感じられ、薄気味悪い。


「……フユメ、こっちきて」


 すると、ツキミから返事があった。薄暗い中、ライトの明かりを頼りに、急いで彼女の声がした場所に向かう。


 すると、広い空間に出た。


「な、なにここ……」


 フユメは驚いた声を漏らした。その声が広い空間を木霊し、ライトで暗闇を照らしても奥の方まで光が届かない事に唖然とする。


 ツキミは謎の空間の中心に立ち、この広い空間の全容を確認するため、ライトを四方に投げた。床にライトが転がる音が室内を反響し、何とも言えぬ不気味を倍増させていく。


 手持ちのライトを全部投げると、何とか目視できる光量に達した。ようやく目視できるようになり、今まで見たこともないような異様さが、実感となって二人を襲う。 


 フユメは寒気を覚える。そして、恐る恐るツキミの所へ向かう。怖いから一緒に居ようという訳では無く、ライトを投げ終わったツキミが、しゃがみながら何かを探しているのが気になったからだ。


「ど、どうしたの?」

「……これ、みて」

「え、これ全部、キューバー?」


 ツキミがライトを照らす床を見ると、直径五センチくらいの箱がびっしりと埋まっていた。


「間違いない。『キロウス』が、そう反応を示している」


 フユメの問いかけに、ツキミは右手に持っていたキロウスを掲げた。『キロウス』は、箱が『キューバー』かどうか、判断する機能も備わっている。


 それがそうだというのなら、この床に埋め込まれたモノはすべてキューバーだ。この場所は、地図でも、外にいるときにも確認したが、一つも『キューバー』の反応が無かったし、そもそも候補に入れてなかった。


「う、嘘でしょ? ここに埋まってるの全部そうなの?」

「……そういう事になるわね」


 立ち上がり、ライトで床を照らすと、そこにはおびただしい数の『キューバー』が埋まっていた。数え切れないほど埋まっている。数千個では済まされない、数万個は埋まっているだろう。まるでここは、『キューバー』の保管庫の様な場所であると、フユメはふと思った。


「……これだけ、妙な装飾がされてる」


 ツキミの言葉に、呆然としていたフユメは我に返る。


 ツキミがしゃがんで見ていた場所に、妙な装飾がされた『キューバー』があった。妙な装飾と言っても、側面に何かの模様が刻まれているだけだが、そういったのは初めて見た。それを床から取り出し『キロウス』に入れる。


 二人はその場に座り込み、記憶が再生されるのを待った。しかし、数秒待っても何も反応を示さず、故障か? と思い始めた瞬間、それは不意に脳内を彩った。

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