第5話 少女の記憶

 脳内で記憶が再生される時は、夢の中にいるような不思議な感覚になる。


 真っ先に、フユメの視界に映ったのは、闇夜の中に煌めく星々を鮮明に映しだす大きな湖畔だった。そして、その湖畔の浅瀬に、一人の少女が俯きながら佇んでいる。


 見た事の無い場所だった。それが、ようやく記憶が再生された証だとフユメが思うと、突如、少女が両手を上げた。


 そして、それが合図だったかのように、いくつもの星が水面に流れた。


 水面に反射した流れ星を確認しようと、少女は空に目を移した。


 フユメも同じようにして視線を上げると、そこには、幾重にも流れる星があった。


 思わず目を疑ってしまうような光景。それと共に、遠くから流れて来るものがある事に気が付いた。


 それは音だった。今まで聞いた事の無い不思議な七色の音。


 その音に合わせるように、少女が宙を舞った。


 その舞いは、自然と視線が吸い寄せられて、離す事のない引力を持っている。


 七色の不思議な音が、フユメの全身を駆け巡り、呼応するかのように心臓の音を加速させる。


 そして、耳に流れ込んでくる少女の声。


 言葉は聞いたことの無い言語だったが、それでも心地よくスッと、心の中に染み込んでくる。


 そこで、フユメは我に返る。


 フユメは少女に近づこうと試みるが、体が思うように動かせないことに気が付いた。


 ――こんな記憶は初めてだ。それに、あの少女は一体? 


 フユメは、呆然とただその場に佇み、少女を見つめる事しか出来ない。


 理由を考えるより先に、少女の姿がひどく懐かしく、そしてひどく儚く見えた。


 音と舞いは、少女の内面を表現している。それを補うように、湖畔や星々が少女に力を貸している。


 すると、少女はフユメの方を振り返る。遠くからでハッキリと顔立ちは見えないが、そこには笑顔が浮かんでいると、そう直感した。


 そして、少女は笑顔を浮かべたまま静かにフユメの方へ近づいてくる。


 ――優しそうな笑顔で、僕に。



■□■□



「――メ、……フユメ?」


 と、ツキミの心配した声が耳元で聞こえ、フユメはハッと我に返る。


「大丈夫?」

「あ、う、うん。大丈夫。それより今のは……?」


 フユメは先程の記憶を思い出そうと考え込む。


 何かメッセージ性のある記憶だった。しかし、不思議な音と聞いた事の無い言葉、というよりは歌声で理解不能だった。けれども、フユメの抱いた感想は、懐かしく儚く、そして何かを思い出させようとする記憶だったと感じ取っていた。


 今思うと、少女は常に悲壮感を漂わせた表情をしていたし、あの不思議な音と場所も、どこか少女の内面を表現しているように思える。


 そういった意味合いを込めてツキミの感想を聞こうとしたが、彼女はキョトンとした顔で考え込んでいたフユメを見つめていた。


「今の? 私には何も見えなかったけど。これ、壊れてるのかな」


 ツキミの言葉にフユメは驚く。


「――え、そんな馬鹿な! 湖に女の子がポツンと立ってて、女の子を中心に不思議な音が流れたじゃん!」


 フユメはあの記憶を思い出しながら、力を込めて説明をする。しかしツキミは、キョトンとした表情のまま首を傾げている。


 その反応に嘘だろと思いながらも、ハッキリと記憶が見えていたあの感覚があるので、実際に見えていた。あの夢の中にいるような感覚は『キューバー』がしっかりと再生できた証でもある。それなのに、ツキミにはその記憶が見えていなかった。


「……疲れてるのよ」


 未だに釈然としない様子のフユメを見て、ツキミは不審そうに彼を覗く。


 フユメはなおも何か言おうと口を開くが、これ以上どう説明しても理解してもらえないだろうと思い口を閉ざした。


 ツキミはもう一度確認するように『キューバー』を『キロウス』に入れるが、数秒して諦めたように首を振った。


「これ、一回しか再生されないモノなんじゃない? まぁ、さっきも私は見れなかったけど。というか、見れなくて良かったけど。……フユメには見れたの?」

「う、うんハッキリと」


 『キューバー』の中にも、二種類のタイプがある。何回でも再生できるものと、一回きりしか再生できないものだ。


 両者に違いがあるとするならば、一回きりしか再生できない『キューバー』には、比較的強烈な記憶が記録されている事が多い。


 しかし、フユメが見た少女の記憶は全く別のジャンルのモノだった。強烈ではなく、鮮烈な印象を心に残した。


「とにかく、理由はこの街を出てから調べるわ。今はそれより他のも調べないと……」


 ツキミはそういいながら顔を上げ、装飾の施されたもう二度と再生できない『キューバー』をフユメに押し付け立ち上がる。


 その姿に、仕事熱心だなとフユメは思いながら『キューバー』を手に取って、同じく作業に戻ろうと思った瞬間、先ほどの記憶が不意に蘇った。


 湖畔に佇む少女は、優しそうな笑顔を浮かべながらフユメに近づく。しかし、彼ではない誰かに向かって手を指し延ばしている。


 少女は訴えかけるような表情で、フユメではない誰かに何かを思い出させようと、音と共に言葉を話す。


 フユメはその意味を理解しようと試みるが、聞いた事のない言語で、彼にはその意味が理解できない。ただ感じるのは懐かしさと脆さ。情緒に訴えかけるような儚さだ。そこで、ふと我に返る。


 フユメは少女の記憶が記録された『キューバー』を見つめ、再度考える。


 ――もしもあの少女の記憶は、音と合わせて何かメッセージを残そうとしたものだとしたら、少し理解出来る。この記憶を見た誰かが、少女を忘れないように、少女を思い出すように、そんな事を考えて残したのかもしれない。


 ――だとしても、一回きりの再生しか出来ない『キューバー』に記録した理由がわからない。曖昧だったら、何度も見て思い返す事が必要な気もする。まぁそれでも、ある意味で強烈に印象が残ってしまったし、これは少女が望んだ事なのだろうか。


「サボってないで、早く仕事して」


 すると、ライトの光をちらつかせながら、早く働けよという意思表示をするツキミの声が聞え、思考を中断した。


「ごめん、今行く! ……あれ?」


 一瞬、手元の『キューバー』が光ったように見えた。

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