第6話 黒い生物
「だいぶ、集まったね。……って、おも!」
「当然よ。ここにあった全部を回収したもの」
二人は、あれから約二時間掛けて、床に埋め込まれた『キューバー』を回収し終えた。
フユメは一杯になった袋を、回収用のソリを改造したモノに乗せ引っ張るが、あまりの重量に情けない声を出しながら、ツキミに先導されてのっしり歩く。
「ちょっとさツキミ? あの、ちょっとでいいから、これ持ってくれない?」
「……か弱い女の子にー、そんな事言うなんてー、失礼ねー」
「嘘つけ! いや!? 嘘だよっ!? 足を突っつかないで!」
大袈裟な、か弱さアピールをしたツキミの憎たらしい演技に、声を上げて抗議したフユメだったが、容赦の無い蹴りを足に食らって、半べそを掻きながら謝罪の言葉を連呼する。
ツキミは、そんなフユメを見て楽しそうに微笑んでいる。それを見た彼は、建物内にあった不気味さが彼女に憑りついたんじゃないかという恐怖と戦いながら、必死に『キューバー』を運ぶ。
「フユメ。もう少しでゴール」
「ホント? あー、よかった……」
先を歩いていたツキミから、残念そうな声が聞こえて来る。それを聞いたフユメは、嬉しそうに表情を緩めて、『キューバー』を積んだソリを引っ張ているひもを握り直す。――その直後、鋭く息を飲み込む音が、前方にいるツキミから発せられる。
「どうしたの、ツキミ?」
何事かと思い、眉値を寄せながらツキミのそばに駆け寄った。彼女は建物の外を見て、警戒体制を取ろうとしていた。その様子にフユメも、意識を切り替えながら、嫌な汗が流れている事に気が付く。
「……目の前に居るのは、何かしら?」
「他の『キューバー・ハンター』……。では、なさそうだね、明らかに」
立ち尽くすツキミの様子を伺おうとしたフユメも、目の前を見てその場に立ち尽くした。
二人の視界には全身が真っ黒い、人型をした生物が複数体映っていた。明らかに人では無いそれは、両手をだらりと下げて、二人の様子を伺っているように見える。
人ではないと判断できるのが、まずその生物の顔面には二つの口がある事だ。人間の口に当たる部分に一応口はあるが、その大きさは人間のを遥かに越えている。更には、そこから緑色の体液が絶え間なく流れている。また、目の部分にはもう一つ口があり、そこには獰猛そうで鋭利な牙が小刻みに震えている。
「は、話し通じるかな?」
フユメはソリをその場に置き、ツキミの前に悠然と立つ。しかし、その行動とは裏腹に声はか細く、震えが止まらない足は頼りない内股だ。それでも女性を庇おうと前に立つ姿にツキミは、ちょっとした信頼感を覚える。
「さ、さぁ。私には、明らかに意思疎通が出来ないように感じるわ」
驚いた口調は変わらないが、ツキミはフユメより冷静さを取り戻しており、素早くその生物の特徴や行動を分析し始める。
――目の前にいる黒い生物は、『キューバー』でも、確認したことが無い。それ以前に、誰からも報告が無い生物で、人間以外の生命体。それに、どう見ても私達を狙っているようにしか思えない。
「グルゥ……」
立ち尽くす二人にしびれを切らしたのか、そこで初めて、黒い生物がうめき声を上げ動き始めた。
その動きに二人は恐怖を覚える。明らかに、獲物を狩る前提の間合いを計る動きだ。
二人は咄嗟に顔を合わせ、慌てた様子でポケットから一つの小玉を取り出した。
黒い生物達は、その動きを攻撃意思がありと判断したのか、猛々しい獰猛を轟かせて二人に接近する。
「やばっ! ちょっと、攻撃するつもりじゃないんだけどっ!?」
「言葉は通じないわ! それより、早くそれを投げて!」
焦りを滲ませるツキミの怒号に、フユメは我に返る。すぐに、黒い生物達に向かってポケットから取り出した小玉を投擲した。
フユメから放たれた小玉を避けようと、黒い生物達は回避行動を取る。
しかし、避けた小玉から耳を劈くような爆音が放たれる。その爆音に、黒い生物たちの動きが鈍った。
更には、体に巻き付くように細長い糸が大量に放たれ、黒い生物達は叫び声を上げその場に倒れこんだ。
その様子を見て、フユメはガッツポーズを決める。彼が投げたのは、『キューバー』に記録されていた記憶をもとに作成した、大柄な成人男性を拘束するための防犯用の道具だった。
最初は興味本位で作った代物だったが、まさかこんな場所で役に立つと思ってもみなかった。しかし、今はその効果に歓声を上げるよりも先に、一目散に外へと飛び出なければならない。
そう判断したツキミは、嬉しさのあまり意味不明な言葉を連呼するフユメの手を引っ張り、急いでその場から疾走する。
その行動で、フユメは現在の状況を理解して、嬉々とした表情から血相を変えた表情でツキミの横に並んだ。
「あ、あいつら、何なのっ!?」
「知らないわ! 私が聞きたいくらいよ!」
珍しく慌てた様子のツキミの声を聞いて、フユメは戦慄する。黒い生物達は、未だに糸と苦戦しているらしく、気味の悪い雄たけびを上げて暴れ回っている。
それを二人は逃げながら見つめ、体を締め付けられるかのような恐怖を覚える。あんな危険生物に捕まっていたら二人はどうなっていたのか……。嫌な想像が頭を過る。
建物から飛び出した二人は、当初予定していた瓦礫の少ない経路へと進路を変え、必死に走る。
しばらくして、黒い生物達の叫び声が聞こえなくなった辺りで、二人は速度を緩めた。
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