第9話 少年を追う者

 地下都市を出たヒカゲとソラノのチームは、山岳地帯にある街の『キューバー』を探しているところだった。


 ある日、二人は大雨により引き起こされた土砂災害に巻き込まれてしまう。一命は取りとめたものの、行動不能な大怪我を負ってしまった。

 

 絶望にも近い状況の中、二人は死を覚悟した。しかしその時、二人の目の前に一人の人物が現れる。それは、幼い顔立ちをした、少年だった。


 名前を『ボク』と名乗る少年は、二人を助け出し、現在アジトにしているこの建物に運び込み、『キューバー』から得た知識で治療を施した。


 その後、二人は彼の事についていろいろと聞く事が出来た。


 まず彼は、地下都市に『キューバー』と『キロウス』をもたらした少年だという事。これは二人とも薄々感づいていた。こんなに幼い少年が、危険な外をほっつき歩いてるなんて、余程の理由が無ければ納得が出来ない。


 そして、ある目的のために、地下都市を出て旅をしている事についても教えてくれた。彼は、少女の願いを実現するために旅をしていると語った。


 だが、肝心の少女の願いが何なのかを少年は決して口にはしなかった。二人はその事について言及したが、少年は頑なにその事だけを言わず、二人は途方に暮れた。理由はわからないが、何やら事情がありそうなのは明白だった。


 しかし、真実を聞くより先に、二人が動けるまで回復した頃、少年は忽然と姿を消してしまった。


■□■□


「・・・・・・不思議な人だね。そのボクって人」


 そう言ったのはフユメだ。何だか雲を掴む様な少年の正体に疑問を浮かべながら、ヒカゲの話を聞いていた。


「本当に不思議だったよ。年齢も言わなかったし、何より彼からは得体のしれない何かを感じ取ったんだ」


 あの時の事を思い返しているのだろうか、ヒカゲはソラノと顔を合わせて、不気味そうな表情を浮かべている。


「結局、その少年って何なの? 話を聞いてる限りじゃ、わけわかんない感じだけど」


 不服そうにツキミは言い、その言葉にヒカゲは頭を掻きながら、そうだねと返事をした。


「正直な話し、僕らもわかっていない、ただ――」

「ただ?」


 そこでヒカゲは言葉を区切り、どうやって説明しようか悩んでいるようだった。すると、今まで黙って話を聞いていたソラノが手を挙げ、続きの説明は俺がするという意思表示をした。


「まぁ、ぶっちゃけると、あの少年は、俺と同じ人間じゃねぇな」

「へー、人間じゃないんですか……え? 人間じゃない?」


 ソラノは淡々と喋るもんだから、人間じゃないという単語を危うく聞き流すところだった。


 フユメは、冗談でしょと言いたげな表情でソラノを見つめたが、彼の表情は冗談を言っている様には見えない。


「あぁ、考えてもみろ。少年が『キューバー』と『キロウス』を持ってきたのは、俺が赤ん坊の頃だった話だ。俺は今、三十二歳だが、おかしいだろ?」


 確かに、少年が地下都市に『キューバー』と『キロウス』を持ってきたのが、約三十年前の出来事だった。そう考えると、ヒカゲとソラノが会った少年の年齢が不釣り合いなのは、おかしな話である。


「……若作りしてるとか?」


 フユメはわかっていながらも、未だに信じられない様子でポツリと呟いた。それを聞いたソラノは数秒ポカンとし、面白そうに笑い声を上げた。


「面白い事言うな! 嫌いじゃないぜ、そういうの」

「アホフユメ。そんな訳ないじゃない」


 ツキミにまでそう言われたフユメは、さすがに恥ずかしさを覚えて、顔を伏せながら彼女に抗議をする。


「い、いやだって! ありえなくない?」

「人間じゃないって言ったでしょ?」

「そ、そうだけどさ」


 ヒカゲはそんな二人の会話を聞いて、優しそうな眼差しを向けた。


 自分がいなくなってから八年。弟の事が気がかりじゃないと言えば嘘になる。フユメの事だから、何とかやっているだろうと信頼はしていたが、やはり不安だった。


 しかし、ヒカゲが考えていたよりも大丈夫そうで、信頼できる仲間が出来たんだなと、感慨深そうに見守っていた。もう大丈夫だろうと、これから先に何が待っていたとしても、乗り越えて行ってくれる強さが今のフユメにはある、そんな気がした。


「若作りしてる割には、体が華奢だったな。フユメよりちいせぇんだぜ? ってことは、人間じゃない。他の生命体ってことよ」

「そんな事って……」


 ヒカゲの胸中は知らず、ソラノの言葉に驚きを隠せない。そう思いながらも、そういえば『星降りの街』で、人間では無い生物と遭遇したのを思い出した。それに同じようにしてツキミも思い出し、ポツリとその生物の事を呟く。


「……黒い生物」

「お、いいところに気が付いたな。そうだ、お前さん達を襲った黒い生物だ」


 その言葉に、ソラノは指を鳴らし、正解だと言わんばかりに豪快な笑顔を浮かべた。


「おじさん、知ってるの?」

「おじさんじゃない。お兄さんだ」

「……ヒカゲはともかく、ソラノはそう見えない」


 ポツリと呟いたツキミの言葉が聞えなかったのか、聞こえないふりをしたのか、ソラノはヒカゲの方を向いて、二人にしかわからないアイコンタクトを交わす。ヒカゲはソラノの意図を察し、「ちょっと待ってて」といって、居間を出て行ってしまった。


「あれ? 兄さんは何しに行ったの?」

「次の話しで必要になるものを取りに行った。話しを戻そう。お前さん達を襲ったのは、ご先祖様が作った生物兵器とかなんとかの失敗作らしくてな。ああやって、特殊な『キューバー』を持った人間を襲ってるんだ」


 ソラノが言うには、先程『星降りの街』で、フユメとツキミを襲った黒い生物には名前があり、正式名称を『形ある者』というらしい。名前の由来などはハッキリと知らないらしいが、ソラノ達が拾った『キューバー』に、それらに関する記憶が記録されていたのだ。


 その『キューバー』によると、黒い生物達は、特殊な『キューバー』を破壊するために生まれた生物兵器で、恐ろしい程の戦闘力を持っているという。しかし、行動を起こす前に人類が滅んだ事で使命を全うできず、失敗作となったようだ。


「特殊な『キューバー』っていうのは?」

「一回きりしか再生されない『キューバー』の中でも、特定の人物にしか記憶が再生されないものの事さ。あと、変な装飾がされてるってのが特徴」


 あの『キューバー』の事だ。フユメは心の中で、あの街で見つけた『キューバー』の事を思い出す。


 どこかの湖畔で、少女が音と共に何かを伝えようと訴えかけた記憶。曖昧すぎて、何を伝えようとしているのか理解できなかったが、深く印象に残り、こうして鮮明に思い出すことの出来る記憶。


「フユメ。持ってるんだろ、それ?」


 その様子を不審そうに見ていたソラノに指摘され、フユメは腰に掛けていたポーチから例の『キューバー』を取り出した。

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