第8話 懐かしき人物
「いやぁ、まさか『星降りの街』に、人がいるなんて思わなくてビックリしたぞ?」
フユメとツキミを助けた男性――名前を、ソラノというが、名前に反してダンディな佇まいをしている――に助けられ、命からがら、謎の黒い生物達から逃げきることに成功した。
「ホント、ありがとうございます! めっちゃ危なくて、死んじゃうかと思いましたよ……」
揺れる車内で一呼吸を置き、助手席に座るソラノに感謝の言葉を述べた。
「感謝するなら、運転手のコイツに言えよ? 運転中に、逃げてるお前さん達を見つけたんだからな。ちなみに、そん時俺は爆睡していた。ダハハ!」
ソラノは豪快に笑いながら、いかつい車を運転する細身の男性を指さす。細身の男性は、軽く左手を上げてそれに応える。
「そうだったんですか? ホント、ありがとうございますよ!」
「何、礼には及ばないよ」
すると男性は、減速しながら、身に着けていたカンカン帽とサングラスを取り、後ろを振り返った。
「え?」
その顔を見た瞬間、フユメは信じられない様子で固まった。
「おいおい。久しぶりの再会だってのに、その顔はないだろ?」
少しやつれた顔立ちだったが、優しく微笑む表情は今も変わってはいない。
「に、兄さん……」
車を運転していたのは、フユメの兄――ヒカゲだった。
フユメは、声を濡らして嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「……お兄さん?」
すると、怪我の手当てをして、少し横になっていたツキミが驚いた様子で起き上がった。
「初めましてだね。フユメの兄の、ヒカゲって言うんだ。よろしくね、ツキミちゃん」
「は、はい。こちらこそよろしくどうぞ……。なんで、私の名前知ってるの?」
「昔、君の両親と一緒に働いた事があったね。それより、疲れたでしょ? 今は、ゆっくり休んでて」
ヒカゲの言葉に、フユメとツキミは確かに疲れがたまっている事を今更ながら気がついた。いろいろと聞きたい事だらけだったが、今は彼の言葉に甘えて静かに目を閉じた。
ヒカゲ達のアジトには、日が暮れる頃に着いた。フユメとツキミは車が停車しても起きず、苦笑いを浮かべたヒカゲに起こされるまで眠っていた。
アジトは山奥の少し開けた場所にあり、夕方になってから吹き始めた風に心地よさを感じる。眠気覚ましにはちょうどいいと、思いながらフユメは車を降りた。
「とりあえず、シャワー浴びな? 少年はともかく、少女は浴びとかねーとな?」
ソラノは車内にある荷物を降ろし、二人の格好を見ながらそう言うと、ツキミに向かってウィンクをする。ソラノの男らしい気づかいに、おおと心の中で感激し、今度参考にしようとフユメが頷いた。
「じゃ入る」
しかし、ソラノの気遣いなど全く感じ取らなかった口調でツキミは答え、それを聞いたフユメはやれやれと言った感じで首を振った。
二人はヒカゲの案内の元、彼らのアジトに入る。アジトと行っても、古さを感じる一軒家だった。木造建ての家屋で、木材で出来た屋内は自然の良い香りがする。
地下都市では、しょうもない掘っ立て小屋を建てて生活をしていたから、フユメとツキミには超高級ホテルへ来たかのような錯覚を覚えて、その存在感に居住まいを正す程だったが。
「さて、ツキミちゃんがシャワーを浴びている間に、簡単だけどこれまでの事を話そうか」
居間に案内されたフユメは、案内されるがまま木製の椅子に座り、いつの間にかお茶を用意していたソラノに礼を言って着席した。
「何でも聞いてくれ、フユメ。答えられることは答えるよ」
「じゃあまず……。兄さんは、どうして帰ってこなかったの?」
フユメは少し逡巡し、やはり一番気にかかっていた質問をヒカゲに投げかける。やはり来たかと、そんな表情をしながらヒカゲは顎に手を当てる。
ヒカゲが行方不明になったのは、フユメが七歳の頃だ。『キューバー』を探しに行ったまま行方がわからず、約八年間も兄の生存がわからなかった。
他の人々からも、ヒカゲの生存は絶望的と言われ、生きていると信じていたフユメには辛い時間だった。しかし、こうして再会が出来た事は、その時間さえ些細なものに感じられる。
「んー。ちょっと答えにくいけど、その時は、そこのソラノさんと一緒に、ある街に『キューバー』を探しに行ってたんだ」
ヒカゲに名前を呼ばれたソラノは、懐かしいなーと答えながら、煙草をふかしていた。それを見たヒカゲは嫌な顔をしてため息をつく。
「ソラノさん、室内禁煙ですよ?」
「まぁまぁ。たまにはいいだろ、な?」
「んー……仕方ないですね。ただし、ツキミちゃんが戻る前にはやめてくださいね?」
「わかってるー」
生返事でソラノは答える。その態度に再びため息をつくヒカゲ。ちなみに、煙草はあまり好きではないと、ここで言うべきか迷っていたフユメは、何故か聞いてもらえず諦めて話の続きを促した。
「道中で事故に遭ってね。僕らは大けがを負ってしまったんだ」
そういって、ヒカゲは上着を右手で捲くり、わき腹にある大きな傷を指さした。かなり古い傷というのが見た瞬間判断出来るが、大きな傷跡は当時の生々しさを連想させ、あまり気分の良いものでは無い。
「うわぁ……それ、大丈夫なの?」
「大丈夫さ。傷跡が大袈裟なだけで、大したことは無い。まぁ、傷を負った時は大惨事だったけどね。それで、僕らはそこで命を落とすんだと思ってた」
「あがったー……。いい体」
すると、ヒカゲの背後からシャワーを浴びたツキミが新品の服――明らかに男性用のシャツとズボン――に着替え、タオルで頭を拭きながら登場した。そして、服を捲くって傷を見せていたヒカゲの背中を見て感服していた。
「どう? 湯加減はちょうどだった?」
「うん。久しぶりのお湯を堪能できた」
「そう、それは良かった」
「ちょ、ちょっと?」
少し嬉しさを滲ませるツキミの表情を見て、ヒカゲは満足そうに頷く。それに気が付いたソラノは、慌てた様子で煙草を片付け、ツキミの分のお茶を用意する。話しを中断されたフユメは、僕の扱い酷くない? といった目線をヒカゲに向けていた。
「あぁ、ごめんごめん。じゃあ、ちょうどツキミちゃんも揃ったし、最初から話をしようか」
ツキミが着席したのを確認し、ソラノが煙草を吸っていないのを確認したヒカゲは、今までの事を話し始めた。
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