第2話 少年少女
「フユメ、なに独り言、言ってるの」
と、彼――フユメと呼ばれた少年が、優雅に手振り身振りで壮大な物語を語り終えるのと同時に、酷く冷めた声音で呼ぶ者がいた。
「わ、わぁ!?」
その声に驚いたフユメは、驚きのあまり上ずった声を上げ慌てて後ろを振り返る。
そこには、探索に行くための装備の点検を終えた、一人の少女が立っていた。仏頂面で佇む少女は、フユメのパートナーでもあるツキミだ。油が混じったタンクトップ着で、女性らしい服装とはかけ離れていた。
そんなパートナーの態度に、思わず恥ずかしさが去来し頬が赤くなるのを感じてしまい、ツキミの瞳を見つめることが出来ずにそっぽを向く。
「な、なんでも! そそそ、それより、装備の点検は?」
「見ての通り終わったわ」
ツキミは手に持っていた装備をフユメに向かって投げ捨てる。明らかに機嫌が悪そうな口調と態度で、フユメは思わず冷や汗が流れる。
ツキミの機嫌が悪いのはおそらく、点検を手伝わずに、廃墟にあった椅子に座って足をぶらぶらさせながら独白めいたものをしていたからだ。ようやく、そこまで考えが辿りついたフユメは自業自得じゃないかと、反省の色を覗かせ、即座に謝罪の姿勢を取る。
「ご、ごめんて! じゃ、じゃあ行こうか」
こういう時は何もしないのが一番だという事を、フユメは長年の付き合いから知っている。なので、話しをぶった切りながら、少しでも機嫌が直るキッカケになればいいと思い、ツキミが点検してくれた装備を全て抱えた。それと、謝罪の言葉を連呼しながら、何か文句を言おうとしていた彼女の口が開くのを阻止するのも忘れない。
案の定、ツキミは何か言いたそうにフユメを見つめているが、そんな彼の様子を見てため息をついた。いつもの情けない対応に呆れ顔を浮かべるパートナーの気持ちに気づかず、荷物を背負い直し、地下都市からだいぶ離れたキャンプをしていた廃墟の扉を押し開けた。
「うっ――まぶしい」
フユメが全身を使って錆びた重い扉を開くと、彼らの両目を襲うようにして太陽の光が廃墟の部屋に差し込む。あまりの明るさに、先頭にいたフユメは数秒その場に佇んでしまった。しかしそれも僅か、「早くしろ」と言いたげなツキミのため息が聞こえて来たので、彼は慌てて歩みを進めた。
フユメが一歩踏み出すと、乾いた土の感触が音を鳴らした。彼らが寝床にしていた廃墟の周りは、緑豊かな木々が生い茂っており、昨日降っていた雨が水滴となって、葉っぱから零れ落ちている。
朝日を浴びながら、二人は廃墟から出て、全身を使って新鮮な空気を吸い込んだ。スッと、肺に入ってくる空気は清らかで、地下都市で感じていた息苦しさとは違う空気の質感を全身で味わう。
地上の世界では無く、地下の世界で暮らさなければならなくなったのも、千年前に起こった人類間戦争が原因だ。その結果、大地は腐り果て、フユメ達の祖先は地下での生活を余儀なくされた。
人類が長い間、地下にいたことで、腐り果てた大地も自らの治癒力で復活し、こうして自由を勝ち取ることが出来たかのように雄大な自然を形成している。
「今日は、一日中天気がよさそうだねー」
「そうね。早めに用事を済ませて、汚れたこの服、洗濯するわ」
燦々と照らす朝日を薄眼で眺めるフユメに、油まみれのタンクトップを摘んで少し嫌そうな顔をしながらツキミは呟いた。
それを見たフユメは、流石に年頃の女の子だから気にはするのかと、失礼な事を思いながら、同じようにして自身の服装を見つめる。
ツキミと大差はない格好だが、動きやすさを意識した服装で、年相応なファッションセンスをしているとフユメは自負している。しかし、そういった服装の感覚も、彼らが知ったのはつい先日の様なものなのだが。
「替えの服に着替えないの? もう一着くらい持ってなかった?」
「あの服は相当な値段が張ったから、家に置いて来たわ」
「そうだっけ? いつもと一緒な感じしたけど」
「あーあ、これだからお子ちゃまのセンスはダメなのよ」
そうだったけっか? と思いながら、フユメは地下都市で購入していた、あの服を想像していた。そんな服装に関する想像も、『キューバー』が無ければ出来なかった。
深呼吸を終えたフユメ達は、目的地でもある『星降りの街』へと、他愛の無い会話をしながら歩みを進めた。
フユメとツキミは、過去に残された記憶を記録してある『キューバー』を探索する『キューバーハンター』と呼ばれる職についており、今はその仕事をしている最中である。
『キューバーハンター』は、基本的に数週間から数カ月、更には一年以上を掛けて、世界に散らばっている『キューバー』を探すことを生業としている。
『キューバー』には、今は亡き過去の技術に関する記憶が記録されており、数年前まで地下暮らしを余儀なくされていた彼らにとっての救世主だ。
『キューバー』の中にはもちろん、人々の私生活に関するどうでもいいような内容もある。だが、考古学者達からは貴重な資料として重宝されているため、そういった『キューバー』は高値で取引されている。
多種多様な『キューバー』は、かつて待と呼ばれた集落のようなものにたくさん眠っている。
そん中、フユメ達が向かっている『星降りの街』は、彼らが暮らしていた地下の街から数百キロメートル離れている、未だ誰も捜索していない場所だ。未開拓の土地という事もあり、それなりの収入も期待できる。
しかし、未開拓という事もあるため、様々なリスクが考えられる。ところが、『キューバー』から得た情報がこういった場合に役に立つ。それなりの準備をすれば決して越えられない壁ではない。
「フユメ早く」
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