蒼の夏

藤沢 悠人

000 夏の色と、遠い空

——たすけて…、たすけて…。

 そんな声がずっと、僕の頭の中に反響していた。

——痛いよ…。苦しい。

——ここはどこなの?

——どうしてみんないなくなっちゃうの?

 ずっと聞こえる。けれど、ふと立ち止まって振り返っても、そこには誰もいない。すぐにそんな声も聞こえなくなる。

 木々の葉から溢れる夏の太陽が眩しい。

 耳を澄ませると騒がしいくらいのセミの声。

 短い命の、魂の讃歌。

 それはもう、耳が壊れてしまいそうなくらいに騒々しい。

——はたから見れば命なんて、きっと騒々しいだけのものだ。

 けれどそれも数分もすると慣れて、風の音や、すぐ近くを流れているせせらぎの音が聞こえてくる。滑らかで、艶やかな水の音。

 ここは僕がいつも暮らしている世界とは違う。

 匂い。

 色。

 音。

 空気。

 どれもが鮮やかだ。

 今はいつもの学校が、暗い灰色の空間にさえ思える。そして、ここは数多の命に照らされ、眩しいほどに輝いている。

「おーい、かなでぇー?」

 僕のずっと先で裕二の呼ぶ声が聞こえて、そこで僕は考えるのをやめる。

「うん、今行く」

 そう答え、たったっ、と虫かごを右手に持って森の中を駆けていく。森はコンクリートの街よりも涼しかった。日陰に入ると染みわたるような冷たい空気を肌に感じる。とても心地がよかった。

「どうかしたのか、奏?」

 裕二に追いつくなりそう問いかけられる。

「ううん。何でもないよ」

「そうか。よし、行こうぜ」

 そして右手を掴まれ、引かれていく。

 引かれて走る間、ずっと僕は空を見上げていた。

 

 夏の空は蒼かった。


 少女は、ずっと僕を見ていた。


 遠い、遠い空の上から。



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蒼の夏 藤沢 悠人 @akihito_karasumori

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