*終わりに始まり
辺りをほのかに照らしていた光は消え、すでに夕暮れどきらしく薄暗がりの空が広がっていた。
「終わった。のか?」
あまりにもの静かな時間に、人々は呆然と立ち尽くす。
オークやコボルドたちはネルサが倒れて直ぐに逃げ出したため、戦いの音はすでになく。荒野をねめつける風の音だけが響いていた。
「終わったんだ」
「勝ったんだよな」
「勝ったんだ!」
ようやく実感した勝利に、人々は一斉に歓声を上げて互いに喜び合う。
そして、暗闇に支配されつつある空に浮かぶ上弦の月を仰ぐシレアに、ユラウスが歩み寄る。
「まずは、運命を変えられた事を讃えようではないか」
シレアに剣を手渡す。
「そうだな」
応えてそれを受け取ると、
ヴァラオムから受け取った剣は上品な造りではあったが、このようなものはなかったはずだ。
[奴も、そなたと共に旅がしたいのだろう]
ヴァラオムの言葉に、はめこまれた石をじっと見つめた。
「そうか」
暖かなものを感じる宝石は、まさしくネルサの想いの結晶──素直にそう思える。
ほんの少しの意識で、未来は変わっていたかもしれない。
そうであったなら、どれほど良かったか。
「やったね!」
「さすがに疲れました」
ヤオーツェとアレサが笑顔で駆け寄り、その後ろをモルシャが追う。
「お疲れさあん」
マノサクスが降り立ち、安堵したように明るく笑う。
「シレア! やったな」
「エンドルフ」
互いに
そうしてシレアは周囲を見回し、抱き合って喜び合う者たちを視界全体で捉えた。
「これが目的だったのかもしれない」
「え?」
「なるほど。大いなる意志か」
ユラウスはつぶやき、星々が輝き始める空に目を移す。
誰かが思ったのかは解らない、計画すらされたのかも疑わしい。それでもたったいま、ここにはいがみ合いもなく一つとなっている。
「これが続くといいね」
「そうね」
多くの種族がまとまった姿をこの先、見ることはないかもしれない。モルシャたちは記憶に焼き付けるように、その風景をしばらく無言で眺めていた。
──それぞれの種族は魔導師たちにより元の場所に帰っていく。
「また、会えるかな」
ひとときを過ごし、共に闘った仲間たちも自分たちの場所に戻る時がきた。
「うむ、また会おう」
「貴方たちに出会えたこと。感謝します」
「たまには遊びに来てよね」
「なんだかんだで楽しかった。空まで来るのは難しいだろうけど、機会があったら歓迎するよ」
「それじゃあ」
手を振り、ポータルに吸い込まれていく。残されたユラウスとシレアは互いに見合う。
「ぬしはこれからどうする」
「旅を続けようと思う。お前は?」
「わしは、あの森に戻る事にした」
それに少し眉を寄せたシレアに笑みを見せ、
「心配はいらぬよ。今度は森の奥ではなく、入り口に居を構えるつもりじゃ」
「そうか」
ユラウスは、笑みを返したシレアに微笑み、表情を険しくした。
「彼らには話さぬつもりか」
「会えばいつかは気がつく」
ドラゴンの力に目覚めたシレアは、すでに人としての存在ではなくなっていた。そうでなければネルサには勝てなかっただろう。
しかし、これが代償なのかとユラウスにはどこか悔しさが残る。
「古き友が蘇ったと思えばわしは嬉しくあるが。おぬしはそれで良かったのか」
「悪くはないな」
なんともあっけらかんと答えられ、ユラウスは唖然とする。
シレアは強大なるパワーと、永遠とも言える命を得た。それはまさに「ドラゴン」と呼ぶに相応しい存在となったという事に他ならない。
人にはとても大きい、大きすぎる責任を負うものだ。
「まったく、おぬしという奴は」
相変わらずのシレアに呆れて肩をすくめた。
「おぬしはそれでよい」
出会ったときと、まったく変わらずそこにいる。それでこそシレアだ。
そのとき、聞き慣れた鳴き声がシレアの耳に届いた。
「ソーズワース」
嬉しそうに駆けてくる旅の友に両手を広げた。魔導師たちが気を利かせてシレアのカルクカンを連れてきてくれたのだ。
それに礼を言うように頭を軽く下げ、ソーズワースの顔を撫でる。それを見たユラウスは目を丸くした。
動物にとっては今のシレアはまったく違った存在であるはずなのに、ヴァラオムとの付き合いでソーズワースにはどうでもいい事柄になっているのかもしれない。
最後まで不思議なやつだと、改めてシレアを見つめた。
「おぬしの旅は、これからが本番だ」
覆っていたしがらみから解放され、たったいまこれからが、本当のシレア自身の旅となる。
「何かあれば、いつでも尋ねてくるとよいぞ」
「ありがとう」
手を振って
空で旋回を続けていたヴァラオムにも手を振り、静かになった荒れ地を見渡す。今までのことを思い起こし、ロシュリウスの最期の姿に強く目を閉じた。
犠牲が無ければ今がなかったのだとすれば、彼はその生け贄となったのだろうか。多くの命が断たれ、生き残った者たちはそれを決して忘れてはならない。
そうでなければ命を賭け、死んでいった仲間たちに顔向け出来ない。しかし、ここから続く未来に、人間がこの出来事をしっかりと伝え続けていけるという確証は無い。
人間は大まかに
それ故に、未来はあやふやでおぼつかない。エルフたちのように成熟した種族となり得るのかは、今後のふるまいにかかっている。
シレアは自分の手を見下ろし、自身の変化に目を細める。見た目は変わらずとも、感覚は明らかに以前と異なっていた。
私がこの力と体を得たのには、他にも理由があるのだろうか。
考えても解らないことなのだから、今は考えないでおこう。
「さて、どうしたものかな」
目的のない旅だが、これからどうするかを思案した。
「そうだな」
あの双子は元気だろうか。
シレアは、月の輝く夜空を仰いでソーズワースを走らせた──
END
穢れなき獣の涙 河野 る宇 @ruukouno
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