第12話 旅はいつか終わる

 アルテミと無事合流できたあたし達は、新たな仲間――もとい買収した英雄ハクリを連れて、アンリエットの後を追っていた。

 ハクリが操る馬車の乗り心地はわりと快適だ。

何より、強い人が一緒にいるというのが、それだけで旅の安心感に繋がる。


「くそ……なんだってオレがこんな目に」


 時折聞こえるハクリの愚痴をよそに、あたし達は今後の計画について話すのだ。


「で、次はアンリエットを買収するのよね?」


 確認するように尋ねるリコリスにあたしは首を縦に振った。


「ああ。魔王討伐の為にはあいつの力も必要だと思う。それに、単身で魔王の軍勢に攻め込もうなんて、危なっかしくて見てらんねーしな」


「チーノさん、アンリエットさんのことが心配なんですね」


 なんて言って笑うアルテミに、あたしは「どうしてそうなるんだよ」と返した。


「でも、あのアンリエットを買収するのに私達の戦力は足りてるのかしら?」


「それは大丈夫だろ。あたし達に必要なのは勝利じゃなく相手を買収するための隙だ。ハクリだって十分強いしアンリエットの足止めは期待できると思う。それに、いざとなったらあたし達にはアルテミもいる。アンリエットさえ買収できれば、後はハクリの部下を数人引き入れて一騎当千の遊撃隊の完成さ」


 と、今後の理想を語るあたしを、リコリスは「大丈夫かしら?」と心配そうに見つめる。

 そんなリコリスに、あたしはなだめるように声をかけた。


「不安なのはわかるけどよ、今一番大事なのはアンリエットと魔王軍が交戦する前にアンリエットを買収することだろ? あいつらが戦闘になってる時に出くわすのが厄介なのはリコリスだってわかってる筈だ。過不足なく必要最低限の戦力で、これ以上もたもたしてらんねぇだろ?」


 すると、リコリスは「そうね」と言って頷いた。

 けど、その顔はまだどこか不安げだ……しかし――


「大丈夫ですよ」


 ――ふいに、アルテミが口を開く。


「何かあっても、お二人は私が必ず守りますから」


 そう言って、彼女が天使のように微笑むとリコリスの顔には笑顔が戻った。


「そっか……なら、安心かな」


 と、その時、ゴトゴトとご機嫌に進んでいた馬車がガタリと音を立てて止まった。


「ハクリ? どうかしたのか?」


 あたし達はハクリの方を向き訊ねる、すると、彼女は首を傾げ訝しそうに言った。


「ああ、前に女の子が倒れてる」

「女の子?」


 ハクリの視線の先、地面へと目線を移すと……確かに女の子が倒れていた。

 ボロ布をまとい、長い髪を汚れるのを気にする様子もなく地面に垂らしている。

 しかし、あたしはすぐにその女の子に違和感を覚えた。


「なあ、ハクリ……あの子、ただの女の子じゃないかもよ?」

「なんだって?」


 その女の子の頭上には「買収不可」の文字が表示されていた。





 あたし達はハクリを先頭に女の子に駆け寄った。

 彼女はか細い呼吸を今際の際のように繰り返していて、どうやら生きてはいるみたいだ。


「たぶんこの子、人間に化けてるモンスターだ」


 あたしがそういうと、リコリスとハクリは驚いたように声をあげ、アルテミは納得したように頷いた。

 その後、アルテミはあたし達の顔を見ると――


「あの、皆さん……もしかしたら、私この子を知ってるかもしれません。人間の姿をしていますが……顔立ちにモンスターの時の面影があります」


 ――そう言って、彼女はあたし達を驚かせた。


「知ってるって――そりゃアルテミもモンスターなんだし顔なじみくらいいても驚かないけどよ。なんだってアルテミの知り合いがこんなところにいるんだよ?」


「それは、私にもわかりませんが……あ、でももしかしたら」


 心当たりがあるのか、アルテミは申し訳なさそうにも、くすぐったそうにも見える表情を見せた。


「……人間の世界に来て、音信不通になった私を、探しに来てくれたのかもしれません」


「とりあえず、ボロボロ見たいだしできる限りの手当てをしてあげない?」


 そんなリコリスの言葉に、アルテミは「そうでした!」と、慌てて積荷へと薬を取りに行く。


「なんにせよ、そのヒューマンモンスター。捨ててく気がないなら馬車に乗せなよ。オレ達は急ぐんだろ?」


 あたし達はハクリに促され、アルテミの知り合いらしい、女の子の姿をしたモンスターを馬車に乗せた。





 その後、女の子は荷馬車に揺られながらせき込んで目覚めた。


「こ、ここはっ?」


 彼女は揺れ移ろう見慣れぬ馬車からの景色……あるいは見知らぬあたし達のような人間に対して驚きの声をあげる。

 しかし、その直後アルテミの姿を見るなり瞳に涙を溜め、彼女に抱き着いた。


「アルテミッ! バカッ! 探したんだぞっ!」

「やっぱり、ネラルゥだったんだね……」


 アルテミは声を出して泣くネラルゥと呼んだ女の子を抱きしめ、背中をぽんぽんとさすった。





「それで、あんたはどうしてあんな道端に倒れてたんだよ」


 アルテミに介抱されながら、ごくごくと水を喉に流し込むネラルゥ。

 彼女に訊ねると、ネラルゥはキッとキツイ視線をあたしに向けた。


「ふんっ。誰が人間なんかに教えるものか」


 助けてもらっておいてなんて言い草だろう。

 気ままなハーピィを一層不機嫌にしたような態度だった。

 しかし。


「ネラルゥ……」


 それも、アルテミの前では形無しのようだった。


「この人たちは私を助けてくれたの。大丈夫だよ、信じて良い」


 すると、先程までかたくなだったネラルゥが渋々といった感じで口を開いていく。


「……不本意ながら、ネラルゥは敗走中だったのだ」

「敗走?」


 訊ねるとネラルゥはふんっと高飛車に鼻を鳴らしてから答えた。


「そうだ。ある日、小柄な人間……いや、ミックスモンスター、あるいは合成獣とでも呼ぶべき女がネラルゥの前に現れたんだ。奴は、たった一人でネラルゥの軍を壊滅させたのだ」


 その言葉を聞いた瞬間、アンリエットのことが思い浮かんだ。

 それはアルテミとリコリスも同様なようで、あたし達は顔を見合わせることになる。

 そんな中、アンリエットの件とは別にあたしは一つ引っかかりをおぼえた。

 この目の前の女の子、アルテミの友達らしいモンスターの正体である。

 さっき、彼女は自分の『軍』を壊滅させられたと言った。

 それはつまり、十中八九彼女がアンリエットと交戦したと言うことであり……そして――


「まさか……あんた、魔王か?」


 ――それは彼女の正体を暗示するものでもあった。

 ネラルゥは、ふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「別に、自分からそう名乗った訳ではない。しかし、人間が勝手にネラルゥのことを『魔王』と呼んでいたことは知っていたぞ。つまり、いかにもネラルゥがお前の言う魔王であるぞ」


 と、彼女は尊大そうに言うのだだった。

 しかし、そんな高漫な態度とは裏腹に、彼女はなんとも残念な状況である。

 そして、その彼女の状況はあたし達の旅……その目的を喪失したことを物語っていた。


 だって、彼女――魔王は既に一人の幼女の手によって討伐されていたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そしてあたしは『英雄』を買う 奈名瀬 @nanase-tomoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ