伊勢物語

花鳥風月

第1話 初冠(うひかうぶり)

 今から約千と二百年前、日の本の国、京の都に一人の男がいた。

 名を『在原業平』という。

 彼の者、稀代の女好きで、身分や年齢にとらわれず、美しきものを愛でるのが人生の楽しみであった。

 そして悪いことに、この男には女人をたらし込むだけの美貌と文才が兼ね備えられていたのであった。

 これから語られる百と二十五の話は、この男が元服してから最期を迎えるまでの華と色に満ちた波乱の生涯を綴った一代記である。


 元服の儀を終えた業平は、その足で奈良は春日の里にある所領へと鷹狩にでかけた。その里には、美人姉妹が住んでいるとの噂を聞いていたからであった。狩りもそこそこに、早速、その姉妹を探しに出かけたところ、里の外れのあばら屋に目当ての姉妹が居るとの情報を掴んだ。

(噂とは当てにならぬ、こんなあばら屋にいったいどんな女がいるというのだ)

 そう思って中を覗き見ると、そこにはうら若き女性が二人おり、その長くて黒い髪を梳いているところであった。その見事な髪の艶としぐさの優雅さに驚き、声を失った業平は、所詮田舎と馬鹿にし、こっそりと覗き見るなどという行為を行った自分を恥じ、自分の着ていた信夫摺りの狩衣の裾を破ると、そこに歌を綴って家の者に預け、その場を去った。


 歌は次のように書かれていた。

   春日野の 若むらさきの すりごろも しのぶの乱れ 限り知られず 

(春日の野に咲き乱れる紫草のように麗しいお姿に、私の心はこの信夫摺りのように大変乱れております)


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伊勢物語 花鳥風月 @fu_getu

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