第4話「決定と継承」
生徒指導室に連れて来られた夾也は椅子に座って待ちながら、手に刻まれた紋章を見ていた。
「決定を待てって言われたが……俺どうなるんだ……俺は兄貴みたいな強い騎士に……ならなきゃいけないのに」
一人で不安に押しつぶされそうになりながらも、夾也にはもう座って待つしかできることはない。
※※※
――校長室での会話
「あの子はどうしますか? 紋章が発現して次元刀を召喚できないなんて聞いたことがない」
試しの儀の担当をしていた数人の先生と教頭先生が四角い机を囲んで協議していた。
「次元刀を召喚できなかったのだから退学が適切でしょう。他の召喚できなかった生徒と同じように」
「だが彼の手には紋章が刻まれている。その意味では、彼は次元刀に選ばれた騎士だ」
「次元刀がなければなにもできないだろ。今後召喚できる確証があるわけでもないし」
「じゃあ我々の判断としては……衛上くんは退学ということで」
一人だけ協議には参加せず、窓から景色を眺めていた校長先生が閉ざしていた口を開く。
「衛上……そうか、君たち席を外したまえ、教頭先生だけは残るように。衛上夾也君のことは私たちで判断させてもらう、いいかね?」
「校長先生がそう言うのでしたら」
校長室に校長先生と教頭先生だけが残る。
「
「知らないです。衛上凍也とは誰ですか?」
「そうかそうだったね。君が赴任してくる前にいた生徒で、我が校の誇るべき卒業生の名前だよ。青騎士とは聞いたことあるかね?」
「青騎士……あの円卓の騎士にいた……まさかこの学校の卒業生なのですか。でもたしか五年ほど前に青騎士は……」
「そう、彼は死んだ。その理由は公(おおやけ)には公開されていないから君は知らないだろうが、弟を妖魔から守ったため死んだと、わたしは騎士団幹部の友から聞かされた」
「同じ衛上という珍しい苗字、じゃあ彼は……」
校長先生は机に置かれた、衛上夾也のプロフィールを見る。
「やはり、これを見て確信したよ。衛上夾也くんは、凍也くんの弟だ」
しかしなおも教頭先生の顔はしぶいままだ。
それは未だに校長先生との考えの差異を示す。
「お言葉ですが校長先生、兄がいかにすごく、そしてその兄が弟を守って死んだとしても、それが才のない弟をこの学校に留まらせる理由になるのでしょうか?」
反論する教頭先生の言葉を聞いても、校長先生はそれを意に返さないという様に落ち着いて言葉を返した。
「君は継承の儀というものを知っているか?」
「継承の儀……聞いたことはありますが、あれは実在するのですか?」
「これは騎士団の中でも極秘とされている話で知るものは少ない、私も君に話すことはないと思っていた。だが事情も事情だ、断言しよう、継承の儀は実在する」
「……単なる噂ではありませんでしたか」
「しかし条件は極めて難しい。最上級騎士レベルでないとできない上に、継承するとその騎士は次元刀の力と命を失う。しかし継承を受けたものはその力の一部を身に宿すと言われている」
「円卓の騎士……死の間際近くにいた弟……」
「そういうことだ。まああくまでその可能性があるというだけだがな」
「可能性って……校長先生はそんな不確かなものを信じるのですが」
「もう一つ、継承の儀を受けた者は、次元刀の召喚が非常に不安定になるとも言われている」
「召喚が不安定……まさか」
そこで教頭先生は気付いた。
その大きな可能性に。
もしそれが失われるのだとしたら、それがいかに大きな損失なのかすらも。
「本来その身に宿す力と他者の力両方を制御する必要があるからだ。そのかわり本来次元刀を召喚することができる唯一の機会である試しの儀以外の場面でも、次元刀が召喚されることがあると言われている」
教頭先生は諦めるように、それはまるで無理やり自分を納得させるように、最後の
「校長先生はつまり、衛上夾也くんのこのイレギュラーな状態下でも、まだ騎士としての可能性を繋ぐべきだと?」
「私はそう思うね。成瀬君、君もそう思わんかね?」
そうやって結論は出された。
※※※
生徒指導室に教頭先生が入ってきた。
夾也の心臓が激しく高鳴る。
されどそれもそのはずである。夾也の処遇は、運命は今この瞬間言い渡されるのだから。
「衛上君、待たせてすまなかったね、きみに対する決定が出た。結論から言えば君はこの学校に残ることができる、これはその紋章だけでも発現できたことに対する処置だ」
夾也は机の下で小さく拳を握り締め、胸をなでおろす。
「ありがとうございます」
教頭先生は継承の儀のことはあえて教えなかった。そして話を続ける。
「しかしこれは期限付きの残留である、きみがこの1年以内、つまり来年の試しの儀が終わるまでに次元刀を召喚できなければ退学とする。肝に銘じておくように。悔いのないようにがんばりたまえ」
「1年以内……はい……分かりました」
夾也は生徒指導室からクラスに戻る途中、教頭先生の言った言葉の意味を考えていた。なぜなら教頭先生が1年以内と言った意味が正直よくわからなかったからだ。本来次元刀は、試しの儀以外の場面で召喚することは不可能と聞いていた。それならば1年以内という言葉を使うより、来年の試しの儀で召喚できなければ、という言葉を使うはずである。ここで1年以内という言葉を使った意味は……。
「……もしかしたら」
もしかすると、試しの儀以外で次元刀を召喚できるかのではないか。
しかしいくら考えても結局夾也の中に答えは出ない。
なにも知らされていないのだから。
下位クラスに戻ろうと、上位クラスの前を通った時急に呼び止められた。振り向くと、振り向いた先の少女は険しい顔をしていて。
「夾也、あんた……退学になったの?」
そこにいたのは
五年ぶりであるに関わらず、昔と同じように夾也と呼ぶ声は、震えている。
「――棗」
棗と呼ぶ自分の声の響き、夾也はすごく懐かしい気がした。
「俺は……退学にならなかったよ」
棗の顔がぱっと明るくなる。
「ほんとに!? 私はてっきり……だったから、へぇー、そうなんだ!!」
「でも期限付きなんだけどな……来年の試しの儀までに次元刀を召喚できなかったら、退学になるらしい……」
「あんたはいつも……ほんといつも……中途半端なんだから、でも私信じてるから!!」
棗は昔から夾也の応援をよくしてくれた。そして夾也はいつも棗の「信じてる」という言葉に元気をもらっていた。そして今回も。
「ああ! 俺はそのためにこの学校に来たんだ」
「そうですかー。とにかく、私を心配させたんだから、今度なにか奢らせるから」
「いいぜ! 棗アイス好きだったろ? 奢ってやるよ。駅前で今日見つけたんだ、オープンは2週間後みたいだけどな」
「へぇー、結構楽しみかも」
棗は夾也に聞こえないくらいの声で一言ぼそっと呟く。
「え、なんだって?」
「とにかく絶対だからね! ってこんな時間じゃん、じゃあ私クラス委員で仕事あるから行くね」
「おう、またな」
棗は上位クラスに戻っていく。
夾也は下位クラスに戻ると、二人の人物が駆け寄ってくる。
「夾也、お前次元刀の召喚に失敗したのか? でも紋章は発現してるようだし、どうなってんだ……まさか退学とかじゃないよな?」
「そうだよ夾君、まさかいなくなったりしないよね?」
二人とも真剣に夾也のことを心配していたのだ。
「俺もよく自分で自分の状況が分かってないんだ……でも今は、一年ぐらいは」
夾也は自分の手にある紋章を見る。
「これのおかげで退学になることはないらしい」
義朝と由良は声を合わせて
「よかったな」
「よかったあー」
「心配させんなよー」
「そうだよー」
と言った。
「お前ら……義朝、由良、ありがとう」
夾也は二人を抱きしめた。
二人が自分のことを心から心配してくれていたことが嬉しかったのだ。
「やめろよ、夾也、恥ずかしいだろ」
「そうだよー恥ずかしいよ」
夾也は二人を腕の中から開放した。
「ところで、けっこう減ったな……」
「ああ、正式な数はわからないが10人くらいはもう、荷物持って帰っていったよ」
「10人か、俺も危なかったな、今も危ないことに変わりはないが」
夾也は苦笑いを見せる。
ちなみに後から夾也は知ったことだが、この時退学になった生徒は同経営の他の普通の高校の普通科に編入していたようだ。
「笑い事じゃないよー」
「笑わせてくれ。でもほんとに俺、ここに残れて良かった」
義朝と由良は「良かった」という時の夾也の顔が、ほんとに嬉しそうで、少し見蕩れてしまっていた。
担任が入ってきて夾也達を含む下位クラスのみんなが席に着く。
「下位クラスの諸君、改めて言わせてもらおう、入学おめでとう。これから3年間騎士としての道を学び、騎士団に入れるよう努力したまえ」
担任の激励を受け、背筋をピンと伸ばす下位クラスの生徒たち。
「そして最後に、知ってる者もいるかもしれないがこのクラスにいる衛上夾也君の特例について話しておく、同じクラスの仲間として知っておくほうがいいと判断してのことだ。彼は次元刀の召喚には失敗したものの、騎士の証である紋章は発現したため、来年の試しの儀で次元刀を召喚できる可能性が強いと判断され、残ることとなった。このことで冷やかすことはないように。以上だ」
話はそれで締めくくられた。
担任が教室を出ていき、冷やかすことはないようにと言われたにも関わらず、下位クラスのみんながひそひそ話し始める。
次元刀を召喚失敗した生徒が、退学にもならず下位クラスにいるという噂が広まるのに、そう時間はかからなかった。
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